第8話 がんばれ新生活③

文字数 1,352文字

 710号室に帰ると、慎平はベッドに突っ伏した。階段での運動が効いたらしい。

「風呂に入った意味がない…」

 慎平はひとり、しくしくと泣いていた。俺は気にせず勉強机を物色した。すると、気持ちが落ち着いたのか、慎平が突然、静かな声で話しかけてきた。

「なあ、優貴」
「なんだ」
「俺と血が繋がってること、いつから知ってた?」
「お前が知る1週間前」
「1週間前!?」

 慎平はガバッと起き上がり、俺の肩をつかんだ。心臓に悪い。

「なんだよ、大きな声だして」
「なーんだ、はじめから知ってたわけじゃないんだな」
「重要か?それ」
「俺にとっては大事なの!」

 慎平はなにやら嬉しそうだ。でも理由がわからない。

「なんで上機嫌なんだ?」
「だって、外部から転校してきたやつで、友達なの優貴だけだから」

 どうやら道風学園のことをいっているらしい。私立校のため、幼稚舎からの内部生が多い。俺は高校から入学した外部生だ。
 そのことの、なにがそんなに重要なのか。まだわからなかった。

「それで?」
「内部生は俺のこと創設者の血縁者としてみてるだろ?」
「うん」
「昔からコネとか裏口入学とか言われてきたわけ。でも、優貴は俺のことそんなふうには言わなかったじゃん」
「まあ、血縁者って知らなかったし」

 実は俺は魔術高校に入る予定だった。それを爺さんに止められて、直前で道風学園に入学することになった。授業料は爺さんが全部払ってくれるというので、たいして学校について調べなかった。

「入学式の日、俺に話しかけてきたの覚えてる?」
「俺が?」
「覚えてないのかよ。道風って珍しい苗字なのに学校名と同じとか、偶然ってすごいなって言ってきたんだぞ」
「俺、バカじゃん」
「最初は煽ってるのかと思った」

 うっすらと記憶がよみがえってきた。入学式の日、俺は鼻炎にかかっていた。ティッシュを持っていないか聞きたくて、隣の席の慎平に話しかけた。そのとき、そんなことを言ったのかもしれない。

「そのあと、血縁者って知っても態度が変わらなかったろ?」
「変わりようがないだろ」
「世の中そんなに甘くないんだよなー。コロコロ態度を変えるのが普通なんだぜ」

 まあ、立場によって態度を変えるやつの心当たりはある。俺の場合、大人が多かったが。子供でもそれは変わらないらしい。

 なんだか部屋に妙な雰囲気が流れた。慎平は耐えられなかったのか、壁にポスターを貼りはじめた。

「ポスター何かわざわざ持ってきてたのか…」
「あたりまえだろ、俺の生きる糧だぞ」
「じゃあ、俺とゆゆまる、どっちのほうが大事?」
「ゆゆまる」

 俺は精一杯のギャグを真顔で切り返された。

「え、この流れは俺だろ」
「さすがに無理。ゆゆまるだわ」
「ひどいわ~、しんちゃんったら」

 俺が慎平の母親のマネをすると、さすがに怒られた。しんちゃん呼びはあまり好きではないらしい。
 まあ、知っていてわざとやったけど。

「明日の準備終わったのか?ポスター貼ってる暇ないだろ」
「はいはーい、わかってるよ、お母さん」
「俺は本気で心配してんだぞ」
「だって教科書、優貴に見せてもらえばいいし」

 本当に楽観的なやつ。こいつの脳内メーカーはゆゆまるしか入ってないのだろう。

 とにかく、いろいろあったが、明日は初登校日。俺は消えた魔王の手がかりをみつけるべく、気合い入れていくぞ。
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