第27話 八島奇譚 其の弐 迷い剣

文字数 4,616文字

 ウリンバラユウリと男は名乗った、歳は20代半ばくらいだろうか、背は結構ある、ぱっと見スリムだが筋肉質に見て取れる、黒のカーゴパンツに黒のTシャツに濃い緑のフィールドジャケットを羽織った出立ちは何と無くよれっとしている、無造作な黒のロン毛も更によれっと感を醸し出す。顔は精悍ではあるがどことなく優しげにも見えユキ的には どストライクなのだが、飄々とした態度が気に入らない。

「 八島流次期当主として私が相手するわ 」
「 ほぉお 別にセクシャルハラスメントもエイジハラスメントもするつもりはないが 女剣士は苦手でね 昔し姉貴に七ヶ所骨折させられたトラウマがあるんだ 遠慮しとくよ 」
「 黙りなさい 看板に泥を塗られて見過ごす訳にはいかないわ 構えなさい 」
「 へいへい 君は剣道の構えだね 綺麗な構えだ だが僕はスポーツマンシップなんて持ち合わせてないよ 」
「 うるさい その長い太刀を見ればわかるわ 」
男の手にする木剣は通常の物より15センチ以上長く異様に見える。
「 うちは代々これなんでね 」
「 さっさと構えなさい 」
「 もう構えてるよ 」
 たまにこういうバカがいる、自然体な構え、剣の道を舐めるな。今まで木剣で本気で人を打った事など無い、そんなことしたら本当に骨折してしまうだろう、でもコイツなら構わない。
 
 ユキは中段から上段に構えタンッと踏み込む、垂直に打ち据える、剣道の面である。

 どうでる

 男は剣を両手で掴みブンと弧を描くようにユキの一刀を打ち払う、カンと乾いた木の音が道場に響く。

 やはり剣道とは違うか、躱せば下手をすると肩口に入り鎖骨を砕かれてしまう、受ければ後手に回らざるを得ない、払えばドローだ。相手はサウスポー、やり辛い、試合で何回か当たったことはあるが対戦経験が少なすぎる。ならば

 ユキはすっと八相に構えた、八相とは高く構えたバッティングホームみたいな感じだ。そしてそのまま

「 うりゃァァァァ! 」

 斜め袈裟にフルスイングだ。

 ガン 受けた。

 タンタン ユキが間合いをイッキに詰める。
 メンメンコテコテメンドウメン、ユキが乱れ打つ。相手に反撃のいとまなど与えない、男は防戦一方で辛うじて受けきる。さらに間合いを詰める。

「 鍔迫り合いはするな 受ける鍔も籠手もない 指ごと削ぎ落とされるぞ 」
「 うッるッさァいィィィィ!」

 そんな言葉などお構いなしに踏み込む。

 ドン 至近距離、剣を合わせたまま男が肩から突っ込んできた、ユキは思わず後ろにバランスを崩す。まずい、と思った刹那 ヒュン 切っ先が斜め下から対角に空を切る。ユキの顔の1センチほど手前を掠めた。体制を立て直さなければと思う間も無く男の突きがユキの右頬を掠める。髪の毛が舞い散る。なんとか男の左に躱すが男は逃さない、次が来る、が反応しきれない。

 カキン

 ユキは時間を静止させた。

 そうか、こうやって使えばいいんだ。

 辛うじて視界の端に男を捉えていた。今にも真横にその長すぎる刀身を払おうとする刹那だ、これは避けきれない、ユキは真横から直撃を食らい腕あるいは肋骨が砕かれるだろう。しかし男の攻撃と軌道さえわかっていれば話は別だ、最短で躱して男が開ききったところに上段から振り下ろしてやる。下手をすると頭蓋が砕けてしまうが知った事じゃない、お前が悪いんだ。

 さあ始めよう。

 ユキが静止を解く瞬間。ギロリ。視界の端で男の目が妖しく光った。

 パリンッ 時間がほどけた瞬間、ギュィィンと真横に払われるはずの男の剣が強引に真上に振り上げられた。「 何!」そして上段から一刀。咄嗟に受けたユキの剣は鈍い音を立てて弾け飛ぶ、男の剣はそのまま真下にユキのセーラー服のスカートと畳を切り裂いた。
 オォォォ 2人の対戦を見守っていた外国人門下生たちが声を上げる、その声はユキの前開きになったスカートを見てなのか切り裂かれた畳を見てなのかは定かではない。

「 ごちそうさまでした 」

 男は剣を袋にしまい礼をして立ち去って行った。ユキはしばらく放心してその場にスカートの前を押さえて座り込んでしまっていた。ふと手元に何かが落ちているのに気がつく、ボールペンだった。セブンスマートと書かれてあった。





 それから、私は稽古に明け暮れた。毛嫌いしていた剣術も父に教えを乞うた、別にあの男にリベンジする為ではない、知ってしまったのだ、刹那の時間を。命を交わしたあの一瞬を 私は時を止めれば永遠の時間を費やす事が出来る、でもそれでは届かない、あの一瞬には、あそここそが本当の私の居場所なのだ。

 まだ夜も明けきらぬ早朝に 私は最近の日課となったランニングと基礎トレーニングを終えて家からは少し距離のある無人の公園で木剣を振っていた。
 ガシャン と突然、大きな音がした。どうやら公園の裏手にある工事現場からのようだ、何やら人の話し声も微かに聞こえる。私は気になり工事現場を囲ったシャッターの隙間から覗き見ると、そこには2人の男性と地面に尻をついた1人の女性の姿があった。
「 おら 手間かけさせてんじゃねぇぞ 」
「 お前が余計なことしようとするからだろ 」
「 んなこと言ったってどうせやるんだろ その前に楽しんだっていいじゃんか 俺の憧れの女なんだぜ ジャンヌダルクに突っ込んだまま逝かせてぇんだよ 」
「 クズが 」
「 ハぁ いつまで英雄気取りだ 今のお前はただの死にかけのメスなんだよ 革命の鎧と一緒に全部引っ剥がしてやるよ 単なる女として死なしてやろうってんだ ありがたく思えよ 」
「 やめろ とっとと片付けるぞ 」

「 あなたたち そこで何をしているの 」
 只事ではない光景を目の当たりにして 私は工事現場のシャッターを潜り中に浸入した、女性が男2人に乱暴されようとしているのだろうか、どう見ても痴話喧嘩というレベルでは無い。
「 あァァッ なんで人がいんだよ 」
「 お前がデカイ音出してデカイ声で喋るからだろ どうすんだよこれ 」
「 てか超絶カワイくねぇ 連れて帰ろうぜ 」
「 バカ言うな これ以上話しデカくしてどうすんだ 俺らが処分されんだろうが 」
「 大丈夫ですか 」
 私は地に伏した女性に駆け寄り彼女の体に手をかけた。じっとりと冷たい感触が手のひらに伝わる、衣服が濡れているようだ、嫌な感触だ、まだ辺りは薄暗く はっきりとした色は識別出来ないが手のひらを見ると黒く濡れている、確認するまでも無い、これは彼女が流した血だ。地面も濡れているようだ、かなりの出血量である。
「 貴様ら 」
 私は木剣を手に立ち上がった。
「 オイオイ 悲鳴上げて逃げ出してくれよ 最悪だぜ まったく 悪い事は言わん この事は忘れて平和な日常を送れ 俺らは裏の世界の人間だ その女もだ その女はルールを破った だから処分される 自業自得なんだよ 俺らも命令に従ってるだけだ 普通の人生が送りたいなら知っちゃダメな事がある これはその類いの話しだ とっとと帰ってヌイグルミでも抱いてろよ お嬢ちゃん 」
「 黙れ 」
「 ありゃりゃ 」
「 チョーウケる 」
「 仕方ないな ヤレ 」
「あいよ 」
 剣を構える。
「 なんだそりゃ 」
 タン と踏み込み上段から剣を振り下ろす。
「 ぐぅわぁッ 」
「 バカ 油断しすぎだ こんな早朝に普通の女の子が木刀持って彷徨いてんわけないだろ 」
 振り下ろした剣は男の肩口にヒットする、が入りが甘い。
「 ッち 痛ってぇなぁ でも 今躊躇ったよな 甘いぜ 今ので鎖骨砕かなかった事を後悔しな 嬢ちゃん 」
「 ありがとう もういいわ 下がって 」
 背にした女性が脇腹を押さえながら立ち上がって言った。
 女性がスッと片手を伸ばすと地面から指先程のいくつかの小石がフワリと浮かび上がる、そのまま 空中に停止すると その場で猛烈な回転を始めた。
「 ナニ こいつ まだ力が使えるのか 」
「 ヤベェぞ クソが 」
 女性が手のひらを返すと浮遊して回転する小石たちが男ら目がけて一斉に発射される。
 ドドドドドォッ と轟音を立てて土煙りが舞い上がった。
「 逃げるわよ 」
 女性が振り向き手をかざすと工事現場のシャッターが弾け飛ぶ。
 私は足元のおぼつかない女性に肩を貸し急ぎその場を後にする。
「 今のは何 」
「 サイコキネシス 念動力と呼ばれるものよ 」
「 あなた 超能力者なの 」
「 私たちはガーディアンズ サイキッカーの集団よ 」
「 さっきの奴らは やったの 」
「 いえ 奴らもガーディアンズよ あの2人はテレポテーション 瞬間移動を使うわ 2人1組で磁石のように反発したり引き寄せたりするの 2人が互いの手のひらを合わせるのが能力発動の合図よ 2人一緒にいる以上やれないわ 」
 辺りが少し明るくなって来てようやく女性の顔が伺えた、女性の顔半分は大きな古い傷跡に覆われているのだが目を背けたくなるようなものではなく不思議とその傷も含めた上で美しい女性の顔に見える。どこか見覚えのあるような。
「 よく聞いて あなたは警察に行きなさい そして変な2人組に追い掛けられたとだけ説明しなさい 余計な事さえ言わなければ奴らもそうそう手は出さないはずよ 警察内部にも奴らの仲間はいるわ 注意するのよ それでも身に危険を感じたら二つ先の街にセブンスマートってコンビニがあるの そこにユウリ君って変なヤツがいるから彼を頼りなさい ソラに紹介されたって言えば力になってくれるはずよ 」
 聞いたことのあるような名前が出て来て一瞬どきりとする、が 今はそれどころでは無い。
「 あなたはどうするの 」
「 私は自分でどうにかする 」
「 ムリよ そのケガじゃ 」
 彼女の脇腹の傷口からは今だに血が流れている。振り返るとアスファルトには血の跡が続いていた。奴らが無事なら逃げ切れるはずは無い。
「 これは罰なのよ 沢山の仲間を死なせてしまった私への罰なの ようやくその時が訪れる 贖罪の時が 私の罪 あらがいへの代償なのよ 」
「 何を言っているの 」
「 あなたの名前を聞かせて頂戴 」
「 八島ユキ 」
「 素敵な名前ね 私の名前は瑞浪空 離れなさい 」
 突然彼女に突き飛ばされる、と同時に彼女の両脇に男たちが現れた。その手には50㎝ほどの奇妙に畝った形状をした刃物があり両側から彼女に突き立てられていた。そして一瞬に3人はかき消える。始めからそこには誰もいなかったように。

「 今日見たことを誰かに話せば殺す 」
「 今日知ったことを誰かに話せば殺す 」
「 もちろん聞いた人間も1人残らず殺す 」
「 我々はガーディアンズ 甘くみるな 」
「 お前のことは監視している 」
「 ずっとだ 」
 左右の耳元で低くくぐもった声がステレオに話しかけてくる。それは今までで聞いた1番恐ろしい声だった。
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