第10話 開錠

文字数 4,924文字

 まだ肌寒い3月の空は 晴れているのに白く靄がかかっている状態だ、大陸側からのPM2.5やスギ花粉やらの面倒臭い季節の前触れであろうか。

「 道あってるんスかねェ 」
 運転席から海乃大洋(うみのたいよう)が問いかける。
「 そのはずだ しかし山しか無いな しばらく道路以外の人工物を見てない気がするぞ 」
 助手席の三刀小夜(みとうさや)が答える。

 私達3人は関東近郊の山道をひた走っていた、メンバーはオカルト誌百目奇譚(ひゃくめきたん)編集部のいつもの顔触れである。
 目的の場所は祖父鳥迫秀一(とりさこひでいち)が遺したある物が保管されている関東近郊の山間部に位置する祖父の私有地だ。祖父から相続して、今では私鳥迫月夜(とりさこつくよ)の名義になっているのだが。
 現在、私達はナビを使用してはいない、祖父の話の内容をどの程度信用してよいのやら疑問ではあるが、すべて事実と仮定した場合 細心の注意を払うべきであると言う三刀小夜の判断から、この件に関して すべてのネット接続を禁じてあるのだ。
「 いつものナビ付きの運転に慣れ過ぎてるせいか不安で仕方ないっスよ 」
「 まあ親切過ぎな社会の抱える現代病の一つだな そんなではいざという時 ものを自己判断出来なくなるぞ 」
「 その いざっていう時がそもそも想像出来ないっていっスよ 」
 小夜の言葉に海乃が返す。私も海乃の意見に同意する、私の場合、カーナビは苦手で切って道に迷ってしまう事があるのだが、と言うか車の運転自体が苦手で極力避けているので問題外なのではあるのだが、それでも、いざと言われてもわからない。
「 海乃 お前タブレット無しで記事が書けるか 」
「 ムリっスね 変換機能ありきっス そもそも紙に字を書いた記憶が最近ありません ちゃんとした文章どころか字を書ける自信がないっス 」
「 私も学校卒業してから自分の名前以外ほとんど書かないですよ この前 おじいちゃんの件で色々と書類を作成したんですけど 簡単な漢字でもなんか自信がなくっていちいちスマホで変換してたら車田さんに怒られちゃいました 」
 ちなみに車田さんとは鳥迫家に長年支える祖父の個人秘書で鳥迫家の事は彼に任せっきりなのだ。
「 お前ら相当重症だな 海乃の場合 タブレットを取り上げたらもはや雑誌記者じゃ無くなる ツクの場合 車田に見捨てられたら鳥迫家が消滅する それがお前らにとってのいざという時だ 」
「 班長 取り上げないでくださいよ 」
「 車田さんはそんな薄情なおじさんじゃないです 訂正して下さい 」
「 あのなぁ お前らもう少し危機感を持てよ これからも頼る気満々じゃないか 半人前過ぎるぞ 海乃はタブレットと合わせてやっと一人前と言われたんだぞ 記者として悔しくはないのか 」
「 そんな事言われても事実っスもん 」
「 そうですよ 海さんの場合 記者成分は海さん2に対しタブレット8くらいなんだし 」
「 あのぅツクヨちゃん それはさすがに……
「 あっ 森の中に突如謎の近代的な施設が 」
 ずっと木しか見えなかった道路の片側が突然開けて近代的な建造物が私達の目に飛び込んだ。
「 私 前から思ってたんですけど 新幹線とか高速道路とか乗ってると時々こういう風に見た目からして妖しい謎の近代的建造物が突然山の中に現れません あれ誰が何の為に造ってるんですか 」
「 わかるわかる こんなとこに誰が通えるんだよみたいな場所に変な工場あったりするよね 不穏な空気しか感じないもん 俺高速降りて確認しに行ったことあるっスもん 」
「 で どうだったんです 」
「 それが辿り着けないんスよ あれ絶対怪しいっスよ 」
「 その場で当てずっぽうな行動を起こすからだ海乃 そんな時は2回目に通る時にナビなりマップなりで位置情報をしっかり確認してから行動しろ 何年この仕事をやってるんだ そもそも人目に触れている時点で不穏でも何でも無いだろう 」
「 じゃあ班長は正体を知ってるんス 」
「 要は裏側から見た図なのだよ 」
「 裏側ってなんの裏側なんです 」
 小夜の言う裏側の意味がわからず聞いてみる。
「 生活圏の裏側だよ 新幹線や高速道路は騒音や排気ガスの問題から生活圏側からはギリギリの裏側に隠されて造られている事が多いからな 高速道路なんて乗ってると見える景色は木ばっかりでもの凄い山奥を走り続けているような気になるが実はそうでもないんだよ 木々を隔てた少し向こう側には普通に街並みが広がってたりする じゃないと不便だろう 」
「 なんかわかるっス 山奥のインター降りたはずなのにいきなり市街地になっててビックリすることありますもん 」
「だから新幹線や高速道路側から見たら何でこんな所にと思える場所でも生活圏側から見ればそれほど突拍子もなく不便な場所と言うわけでは無いのだよ 要は生活圏の1番外側にある物を更に後ろ側から見てるだけなんだ 」
「 でも ここは本当の山奥ですよ 」
「 ああ さっきのはホーネットの施設だな 雀蜂のマークが見えた 」
 小夜の言うホーネットとはホーネット医薬研という医療関係の企業である。私の祖父が起業し会長職を務めていたトリオイ製薬は医薬品メインの企業だがホーネット医薬研は医薬品から健康器具、ハイテク医療機器なども手広く扱う総合メーカーだ、どちらかと言うと技術力を売りにしている。ホーネットの研究チームのチームリーダーである岬七星(みさきななせ)という女性とは少しばかり面識があるのだ。
「 ホーネット こんな山奥に工場造ってたんス 怪しいっスね 」
「 工場と言うより研究施設だろうな ちなみにこれよりも奥にトリオイの施設もあるぞ 製薬会社なんてどこも怪しいもんだ 人の事は言えんよ 」
「 マジっスか 」
「 それでも山道を通って都心から3時間かけて来た私達には不便に見えても近くの町からだと30分もかからんはずだぞ さすがに車が無いと通えんだろうがな 」
「 あっ 地図だとそろそろ私有地のゲートが見えるはずですけど 左側です 」
 それは黒い鉄製のゲートだった。現代の一般的なゲートではなくゴシック様式と言うんだろうか、昔のヨーロッパの物語なんかに出て来そうな黒い鉄柵で造られた物だ。おそらく祖父の話から考えて昭和中期に造られたんだろう。
 ゲートは鉄柵なのだから当然内側は丸見えだ、しかし、ゲートの内側と言っても周りの景色と何ら変わりのない木々が生い茂った林だか森だかだ。ゲートから一本の舗装されてない荒れた道の様な物が木々の中に伸びているだけである。
 ゲートには( 私有地につき立ち入りを禁ず )と書かれた腐蝕した看板が針金で括られている。ゲートの両サイドはゲートの造りと同じ黒い鉄柵が続いている。
「 これ 私有地全部囲ってるんスかねぇ そうとう広いですよ 」
 車から降りて、黒のつなぎ姿の海乃が言う。
「 立ち入りを禁じてる以上そうだろうな まあ乗り越えようと思えば簡単なんだがな ただ周りが山だらけのこの場所で柵を乗り越えてまで山に入っていく物好きもおらんだろう 外から見る限り 中にたいした物があるようには思えんからな 」
 同じくカーキ色のつなぎ姿の三刀小夜が海乃に答えた。海乃曰く つなぎは百目奇譚三刀班の公式ユニホームらしい、私もからし色のつなぎを海乃から誕生日にプレゼントされたのだが家で一度着てみただけである。小夜は私が知っている時からずっとこの格好なので 単に海乃が真似してるだけなのだが。
「 えぇぇと ゲートの鍵はと 」
 そう言いながら海乃が黒い大きな昔し風の鍵を取り出して鍵穴に刺す。
「 開くのか ここ最近人が立ち入った様子は無いぞ まあ乗り越えればいいんだが車が使えんのは痛いからな 」
 小夜の言う通り、ゲートの鉄柵にはツタ植物がびっしり絡み付いており何年間も開閉された様子がないことがわかる。
「 大丈夫です開きました 」
 海乃がバキバキと絡み付いたツタ植物を引きちぎりながらゲートを押し開けた。
 車をゲートの中に入れ。
「 どうします 鍵かけて行くっス 」
「 そうだな 人に入って来られたら困るしな 」
 海乃と小夜がそうやり取りして海乃が内側から鍵をかけて私達は出発した。
 かろうじて道とわかる鬱蒼とした林の中をしばらく進むと木々が拓けた場所に出る。
「 結構デカいな 」
 車を降りた私達の前には、赤い煉瓦造りの3棟の倉庫が建ち並んでいた。一つの大きさは学校の体育館ほどだろうか。倉庫の前面にはトラックが通れるくらいの巨大なシャッターが付けられている。
「 1番左の棟です ドアとシャッターがありますけどどうするっスか 」
「 電気は来てないのだろう 」
「 裏にある古い自家発電機を動かせばいいらしいんスけど もし動かなかったら骨折り損っスね シャッターは手動で開くらしいっス 」
「 ならシャッターを開けよう 外からの光は欲しいしな 」
 シャッターの鍵を開けて、3人でしゃがみこんで いっせいのせいで持ち上げた。ガラガラと軋んだ音を上げシャッターが持ち上がる、が、50㎝ほどで動かなくなってしまった。
「 ダメっスね これ以上ムリみたいっス 」
「 仕方ない くぐるか 」
 小夜に従い、私達3人はシャッターの隙間を潜って倉庫内に入った。倉庫内はシャッターの隙間からの明かりだけでは薄暗くよく見えないが がらんとした何も無い空間のようだ、下は乾いた地面のままである。しかし、目が慣れてくると前方に大きな物体が浮かび上がってきた、それは10m四方ほどの立方体で剥き出しのコンクリートで造られている。
「 海乃 ライトを持って来てくれ 」
 小夜に言われ 海乃が車から3つのライトを持って来て倉庫内を照らした。
「 なんだこれは 」
 その立方体の前面には観音開きの蔵の扉の様な物があり、その扉を建物ごと大小の鎖でぐるぐると縛り付けてある、鎖には様々な錠がかけられていた。建物のいたるところにはお札の様な物がびっしり貼り付けられていた。
 海乃は興奮した様子で建物の周りをぐるぐると写真を撮っている。
「 想像以上だな 車田から鍵を沢山渡された時は嫌がらせかと思ったが まさか本当に必要だとはな 海乃 写真が終わったら開けるぞ 」
「 はい 班長 」
 それから私達は鎖にかけられた錠の開錠に取り掛かかった。
「 小夜さん 鍵穴の部分にお札みたいので封がしてますけど これ突き刺していいんです 」
「 本来なら開封して開けたいとこだがそれだと準備して出直す事になる これを見てしまった以上このまま放置してこの場を立ち去るのはまずい気がしてならん 今日 すべて終わらせよう 」
「 はい 私もそうしたいです 」
 そうなのだ、もう終わりにしたい、こんな意味のわからない状況は。
 錠は見慣れた南京錠から時代劇に出てくるような大型の錠前、見たこともない異国のものまで大小様々だ。渡された鍵は108つあるらしい、私達は大きなものから順にあたりをつけて外していった。
 1時間ほどかけて 最後の錠を外すと、ジャラジャラと音を立てて鎖が(ほど)け落ちた。
 海乃とは逆の扉に別れて私と小夜の2人がかりで重たい扉を軋ませながら引き開いた。
 扉の内側から流れ出た乾いた異臭が鼻を突く。暗闇の中の何かがいっせいに身動(みじろ)ぎする。
「 すまんツク 甘く見ていた 正直 葛籠(つづら)の中の(いたち)だかなんだかの動物の骨を然るべく供養すれば終わらせる事の出来るミッションだと高を括っていた が これは私達の手に負えるものじゃなかった なにせ死体が5つも出て来たんだからな 」
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