第19話 混沌の世界

文字数 4,190文字

 いつからだろうか、もうずっと前からこの状態のままでいるような気もするし、ほんの今さっき目覚めたばかりにも思える。白い部屋、白い天井、白いベッド、これではまるで病室みたいだ。
 私は何をやっていたんだろう、私は誰なんだろう、どうしてこんな病室のような場所のベッドに横たわっているんだろう、身体からは沢山のチューブがベッド脇の機械へと伸びている。
 何もわからないし何も思い出せない、何もいらないし何もしたくない、このままでいいしこのままがいい。




 閑散とした新宿通りを20台ほどの軍用車両が激しいエンジン音を立てながら煙を吐き出し進行する。目指すは旧東京都庁である。

「 現在 新宿方面から進行中 もうじき1㎞圏内に到達します 」
「 迎え撃つ 警戒態勢から戦闘準備に移行 各自所定の位置に着き戦闘態勢をとれ 非戦闘員は地下に退避 射程ラインに入り次第 展望塔第2班により対戦車誘導弾で攻撃開始 蜂の巣にしろ 私は遊撃隊として出撃する その後は各班の判断で臨機応変に対処しろ 死ぬなよ 紅音古(あかねこ)こちらは頼みます 」
「 はい岬様 どうかご無事で 」
「 団長 射程ラインに入ります 号令を 」

 街頭に設置されてあるスピーカーがピィーッとハウリング音を上げる。
 ” あらがいの旗の下に集いし同士達よ これより戦闘行動を開始する さあ 我等 あらがいの団ホーネットの羽音を今響かせる時だ ッウテェッ! ”

「 撃てッ 」
 反政府組織 あらがいの団ホーネット団長である岬七星(みさきななせ)の号令を地上202mにあるガラスの外された旧都庁45階展望室で指揮官の男が復唱する、強風に備えハーネスで体を固定して窓枠ギリギリに身を乗り出していた17人の射手達が下方の射程に捉えた装甲車隊へ向け号令と共に一斉に対戦車誘導弾を発射する。発射されたミサイルは目標に向け一直線に降下していく。

「 上方よりミサイル攻撃を確認 対戦車砲と見られます 着弾します 」
「 退避 退避 退避 車両を離れろ 」
 進行していた軍用車両の一団から蜘蛛の子を散らすように兵士達が胡散する、と同時に誘導弾が激しい金属音を立て着弾し爆発する。

「 あぁあ 見てらんねぇな ナン億円無駄にしてんだよ 税金の無駄使いにもほどがあるぜ 何にもしてないぜ 進行して上から狙い撃ちされてドカンだ ごっこ遊びかよ 」
「 戦争なんて所詮ごっこ遊びよ 人命と大金をかけたネ どこも似たようなもんだわ それより来るわよ 」
 近くの建物の屋上より この戦況を見つめる1組の男女がいた。2人とも黒のアサルトスーツに身を包み特殊部隊のような出で立ちをしている。
「 来た来た あれがホーネットの岬七星か 」
 男がスコープで捉えたのは旧都庁から出て来た一団である、5台の車両とそれを先導する7台のバイクによる小隊だ。
「 バイク隊の先頭にいるのが岬七星よ トーマ 」
「 指揮官自ら最前線に立つのかよ 鏡を通り越して単なる戦闘狂だな で あの女がロボットって本当なのかよリサ 」
「 ロボットなのか人をベースに強化したアンドロイドなのかは不明よ ただ2年前から噂のあるイエローピンクと同型と推測されるわ 」
「 はぁ イエローピンクって都市伝説じゃんか 黄色のレインコートにピンクのボディースーツの少女型野良ロボットだろ 刀で闘うって聞いたぜ ジャパニメーションかよ 」
「 単なる都市伝説じゃないのよ 私達の政府も存在は確認しているわ 天才道ノ端教授の遺した原子力ロボットよ 岬七星は一時期道ノ端教授の惑星探査ユニットのプロジェクトに参加しているわ 彼女もまた天才なのよ 」
「 へいへい さいですか じゃあ岬七星を確保すりゃ一石二鳥だな 」
「 それがそうもいかないの 岬七星はあらがいの団のヘッドよ 彼らにはもっとこの国を引っ掻き回してもらわないとね いずれ接触するわよ 今日はよく見ておきなさい 始まるわ 」
「 なんだよ 見るだけかよ 」
「 必要ならホーネットを援護する 準備はしときなさい 」
「 よっしゃキタ 」

 新宿通りで 政府軍鎮圧部隊とあらがいの団ホーネット遊撃隊が交戦に突入しようとしていた。





 突然、バタンと扉が押し開かれた。
「 ツク 意識が戻ったのか 大丈夫か 私がわかるか 」
 開かれた扉から勢いよく倒れ込むように入って来た女性がベッド脇で私の手を取る。
「 …… サ …… ヤさん 」
「 ツク ……
 女性は泣き出してしまった。
「 私 …… どうして
「 倒れたんだ 覚えてないか 編集室で 」
 そう言われるとなんとなく記憶がある、編集室で作業をしていて突然、そうだ、私は鳥迫月夜(とりさこつくよ)だったんだ。
「 ここは 」
「 トリオイの医療施設だ お前も子供の時から何回か来たことあるだろう とにかくまだ何も考えなくていい これから先生が診察してくれる 私もずっといるから何も心配するな 」
「 はい サヤさん 」
 それから医師による診断を受けて身体に取り付けられたチューブ類を取り外す施術を受けた。それから様々な細かな検査に時間を費やし気付けば夜になっていた。とは言っても小夜が来たのがいつの事なのかわからないのだけれど。
「 疲れただろう ゆっくり休め 」
「 あのぅ サヤさん 私……
「 まだ考えるなと言ったろう 今はのんびり療養すればいい 」
「 逆に気持ち悪いですよ わかんないまんまっていうのは 」
 小夜は少し考え込む様な仕草をした。
「 そうか それもそうだな じゃあ簡単に説明する その代わり疲れたり負担に感じたら言うんだぞ 約束してくれ 」
「 はい 約束します 」
「 まず お前は編集室で突然叫びながら倒れた その後救急車で都内の病院に運び込まれ意識不明に陥いる 原因は一切不明だ 病院で治療法が無いと診断されてからここに移した それが約半年前のことだ 」
「 半年って 私 半年も意識不明だったんですか 」
「 ああ そうだ 普通半年も意識不明の寝たきりだと筋力が低下してほとんど動けないらしいんだが さっき先生と話して来たら ツクの場合 ほとんど筋力は落ちてないらしい 少しのリハビリでまともに動けるようになるだろうと言っていたぞ 」
「 なんか 女の子なのにあんましタフなのもどうかとも思うんすけど 」
「 いいじゃないか 体あってこそだ それがお前の身に起きたことだ 」
「 それで 私以外で起きたことは 」
「 病みあがりのくせに 相変わらず感だけは鋭いな 単刀直入に言う ここはもう日本じゃない 」
「 日本じゃないってどういうことですか 」
「 日本政府は解散した 今は新大日本帝国だ 」
 意味がわからない、小夜は冗談を言ってるのだろうか、TV番組の続編じゃないんだから新大日本帝国は流石に冗談でもセンスを疑う。
「 やはり順を追って説明しないとダメだな まず お前が倒れたその日に北米大陸の西岸部一帯に巨大津波が到達したんだ 行方不明者も合わせて数百万人が犠牲になったと言われている 人類史最悪の超巨大災害だ これを引き金に世界恐慌が訪れる そのどさくさに紛れて大日本帝国政府が樹立されたんだ 国連から離脱してこれまで日本政府が交わした条約や協定をすべて一方的に無効にしたんだよ もちろん国際的な非難が集中する 国際社会に対する卑劣な反逆行為だとな しかしこの日本の凶行が更なる混乱の呼び水となり均衡は一気に崩壊した これまでに使用された核兵器は5 いや先日北方領土での使用が認められたから6発か この内 国家が関与したものが2つ あとはテロ組織とされているが定かではない 今 世界は混乱の極みだ これを我々人類は第1期混沌世界 ファーストケイオスワールドと名付けた 」
「 えっとぉ 全部本当の話なんですよね 」
「 無理もない 実体験している私達でさえわけがわからんのだからな 意識不明だったツクにとって信じられんのはよくわかる 」
「 で この国は大丈夫なんですか 」
「 いや 当初は国連軍により征圧される可能性が大きかったんだが世界がそれどころじゃなくなってしまったからな この国の場合 放置しても外側にさほど害はないと判断されて 今の所後回しにされてるだけだ その代わり国内は滅茶苦茶だぞ 未だに戒厳令が発令されている 政府に反発した国民の一部が反政府活動をやっていて その最右翼が あらがいの団ホーネットという組織だ 今日の午後にも政府軍と新宿で大きな軍事衝突があったと聞く ホーネットの圧勝だったらしい 」
「 ホーネットって 」
「 そうだ 母体はホーネット医薬研だ お前もよく知る岬七星が最前線に立っている 」
「 七星さんが 」
 岬七星はホーネット医薬研の研究チームのチームリーダーをしている女性だ、以前、偶然知り合い その後、トリオイ製薬とホーネット医薬研が技術協力した際に何度か会っている、特別親しくはないが悪い印象を持ったことはない女性である。
「 なんか理解がついていけないです 」
「 だろうな ただこの国は今 内乱状態だ それだけは覚えておけ 」
「 わかりました それから……
「 ユウリ店長の行方は今わからない 」
「 えっ 」
「 お前が倒れて連絡はしたんだがしばらくは面会謝絶だったんだ 容態が落ち着いてから一度会ってもらおうと迎えに行ったんだがな その時 店は営業されてなかった しばらくの間閉店します と手書きの張り紙があるだけだ 海乃にちょくちょく見に行ってもらってるんだが変化はない すまんツク 私がもう少し気が回ればよかったんだが 」
「 別にサヤさんは悪くないですよ 私と世界をほったらかしにして相変わらずのん気な人ですね 」
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