第52話 左の左原

文字数 3,381文字

「 さすが隠密の家系鳥追いの名を継ぐ者 よう動けとる やが剣に関しては素人や いくら鳥殺しで跳ね上げても身体能力だけやと限界があるで 」
「 そのわりに攻め手に欠いてますよ 国神 」
「 その形状変化する武器やめてくれへんか ずっこいぞ 間合いが掴めへんのや 」
「 女の子ですよ ハンディくらいくださいよ 」
 鳥迫月夜の持つ武器は目まぐるし形を変える、今は両の手に2本の出刃庖丁のような物を逆手に構えてある。
「 包丁持った女に追いかけられたらトラウマになるやろ なんで見た目怖い武器ばっか出すねん 」
「 いいから早く死んでください 」
 国神の言う通り剣技に関しては素人である鳥迫月夜は子供の頃から教わった体術を主体とする古武術の動きで太刀を手にする国神と渡り合う、近接の時は両手に収まるコンパクトな刃物で柔らかくしなやかな体術による攻防を行い、距離が開けば長尺の得物で追撃を行う、国神は少し短めの太刀をスピーディーに軽やかに振り乱す剃刀のような鋭い剣である。2人とも常人の動きは超えている。
「 リン そっちはどないや 」
「 話し掛けないで下さい わかっていてもこうも瞬間移動を繰り返されるとなかなか捉えきれません が ヤられることはまず無いでしょう 相手はコンマのミスも許されない状況 必ず綻びが生じます ただそれを待つだけです 」
 右鈴原に対する八嶋ユキは時間停止による瞬間移動を小刻みに使用して右鈴原を翻弄する、が、右鈴原への死角からの斬撃はことごとく弾かれてしまう、彼の言う通り追撃を躱すタイミングを僅かでも誤れば即ゲームエンドとなる状況に精神がチリチリとすり減っていく。
「 どうした女 もう限界か 」
「 まだまだ 」
「 せいぜい足掻いて見せろサハラの弟子よ 」
「 そっか時間遅延やったなあ 使こうてみるか 」
 そう言うと国神が時間を制止させる。すると鳥迫月夜と目が合った。
「 何をしているんです 」
「 げっ お前も見えるんかい 」
 慌てて国神が時間制止を解除する。が、生じた時間の狭間を月夜の振り下ろした斬撃が捉えた。
 国神の右腕が肩から吹き飛ぶ。
「 司令 」
「 よそ見するな 」
 八嶋ユキが右鈴原を背後から貫いた。


「 残念やったな 」
 血溜まりの中に横たわる鳥迫月夜と八嶋ユキを国神が見下ろす。
「 卑怯やが最期の刹那は幻術に嵌めさせて貰ったで ここはウチの結界の中や 隙が出来たらまず疑わなあかんのや まあお前らに経験不足っち言うのも酷な話やけどな 悪思わんといてな 」
「 司令 そろそろ時間です 結晶体が出ます その前に鳥殺しの御首を 」
「 そやな 」
 国神が横たわる月夜の首に太刀をあてがったその時。
 ガコン、と強烈な音をたてクレーンの1機がひん曲がった。その瞬間、洞穴内部から爆炎が吹き上がる。と同時に複数の人影が炎の中から現れた。
「 ありさ ツクとユキを頼む 」
 抱き抱えていた女性を優しく降ろし 男は国神と右鈴原に突進する。
「 サハラか 」
「 やっぱ這い出て来たんかユウリ 」
 悠吏の斬撃が2人に獰猛に襲いかかる。


「 スナ丸達はユキの手当てを まだ息があるわ 」
 ありさが砂叉丸とチギルとキリカに指示を出す。抱き起こした月夜の白い胸部は縦にバックリとザクロのように深く切り開かれていた。
 人間である月夜は本来死んでいたはずだ、心臓は停止していた。鳥迫月夜だったものを動かしていたのは月夜と融合していた鳥殺しと呼ばれる未知の金属体であるはずだ。それならこの月夜の死体は誰の死体だ、ありさは考える、人としての月夜の死体か、或いは鳥殺しと呼ばれる神の死体か、どの道、死体であることには変わりは無いのだけれど。
「 月夜 本当にこれで終わりなの 」


「 また間に合わなかったなユウ 鳥殺しは死んだぞ 何回失敗を繰り返すつもりだ 何度繰り返しても結果は同じだ もう諦めろ 貴様は誰も守れん 」
「 リンよ おまえは何もわかっちゃいないな 僕が守りたいのは鈴音だけだ 」
「 何を言っている まがちの毒に狂ったか 」
 刃を合わせた右鈴原を蹴り飛ばした。
「 ユウリ こん前から気づいちょったが背中怪我しちょるやろ 反応がコンマ遅れちょる それでウチら2人相手に勝てへん事くらい知っとるはずや 弟子の技や ええかげん死にぃや 」
「 わかっちゃいないんだよ国神 」
 突然ユキの瞬間移動で背後に現れた国神が背中から悠吏を貫いた。悠吏は御構い無しに真横の剣で国神を吹き飛ばす。が、伸びた左腕を瞬時に踏み込んだ右鈴原が下から斬り上げる、堕ち星の太刀を手にした左々原悠吏の左手が地に落ちた。
「 終わりだヒダリノサハラユウリ 」
 右鈴原が剣を上段に構える。
 ガンッ。と突然飛び込んで来た二つの影に右鈴原が弾き飛ばされた。
「 酷い有り様ねユウリ君 」
「 約束しました 私はユウリの力になりたいと 」
「 七星 それにサクラなのか 」
「 はい バージョンアップ完了しました 」
 そこには黒と黄色のボディスーツに身を包み両腕に三日月型のブレードを装備したホーネット岬七星と 同じくピンクのボディスーツに黄色のレインコートをマントのように羽織った青い髪に桜の花びらが瞳に舞う原子力少女サクラがいた。サクラの手には以前悠吏から譲り受けた奇刀桜瞑刀(サクラメント)が握られている。
「 ユウリ君 早く止血しなさい それから国神最高司令とやらはあの醤油顔かしら 」
 砂叉丸が駆け寄り肘から切断された悠吏の左腕を止血する。
「 これはこれは ホーネットの岬七星さんでっか 散々邪魔してくれはりましたなぁ あんたがおらへんかったらもうちょいスムーズに運んだんやで で何しに来たんや 今更トップ同士で話し合いっちゅうわけやないやろう 」
「 殲滅しに来たに決まってるでしょ 神様 」
「 七星 サクラ おまえらでは相性が悪い相手だ 国神は時間も緩急がつけられる 瞬間移動だ 」
「 瞬間移動だろうが何だろうが物質である以上対応可能よ 科学を舐めないで それでもオカルト的な存在である以上ユウリ君の言うように相性は悪いわね で どうして欲しいの 」
「 時間を稼いで欲しい 」
「 お安い御用よ サクラ 行くわよ 」
「 はい ナナセハカセ 」


 七星とサクラが隙の無い高速の連係で国神と右鈴原を撹乱する、これにはさすがの2人も防戦一方である。
「 ユキは大丈夫か 」
 砂叉丸に肩を借り悠吏がユキのもとへ行く。
「 はい 致命傷ではありません 」
「 すまんユキ 不甲斐ないマスターで苦労掛けるな 」
 目を閉じたユキの頬をそっと撫でる。そして月夜のもとへと。
「 ユウリ 動かないで さっき刺されたでしょ 心臓は免れても肺に血が溜まってる筈よ 手当てをするから横になって 」
「 いいんだよありさ それよりツクは 」
「 聞いてユウリ ツクヨはもう死んでたの 死んで此処へ来たの 皆んなを守る為に たぶんそれがツクヨの覚悟よ 死ななければ守れない それでも届かなかった 」
「 ごめんツク 僕はこの結末を望んでいたんだと思う 僕の罪を許してくれ そして僕を怨んでくれ 」
「 何を言ってるのユウリ 」
「 ありさ ごめん 」
 そう言うと悠吏は自身の口に右手を肘の辺りまで深く突っ込みそれを力一杯引き摺り出した。それはドクドクと脈打つ心臓だった。繋がった血管をブチブチと引き千切ると軟体動物の触手のように腕に絡みつく、まるで離れたくないともがくように。そして開かれた月夜の胸にねじ込んだ。
「 姉貴 後は任せた 」




 
「 愚弟が世話を掛けました 後はお任せを 」
 一人の女性が立っていた。

「 そんなはずは 」
 右鈴原の顔が感情に歪む。

「 なんでやねん 」
 国神の目付きが変わる。

「 鈴音なのか 」

「 最高剣士 ヒダリノサハラスズネか 」

「 国神様 リン 御覚悟 」
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