第50話 混沌の王様

文字数 4,534文字

「 国神様 これは 」
「 おお 気いついたかアキラちゃん 」
 玖津和あきらは洞穴の中心部にワイヤーで吊るされてある状態で意識を取り戻した。
「 私はいったい 」
「 何や覚えてへんのか 月夜の首斬りに失敗して両手落とされたんや 」
「 月夜さんの首斬り 何を言ってるんですか どうして私が月夜さんを こんなにも愛しているのに それより私の腕は……
「 おまえにはまがち神と同化してもらうんや 今から神様になるんや おまえの言う美しい世界とやらを創造する神様にな どや 嬉しいやろ 」
「 はっ 何言ってんだ国神 まがちと同化 なんで俺があんな穢らわしい毒蟲と 私と一つになっていいのは美しい月夜さんだけだ 月夜はどこだ 私の前では死んだ目をしていたくせにあの男が現れた途端にあんな喜んだ女の目をしやがって 売女が 毒だ 私を捨てた母さんや明穂と同じようにあの女も私の毒で犯してやる 国神 貴様もだ 俺の毒で満たした美しい世界に何もかも沈めてやる 死ね死ね死ね死ね死ねハハハハハ……
「 ええ仕上がり具合やな 玖津和あきら なんか悲しなってくるわ ほな さいなら 」
 穴の縁に立つ国神がヒュンと真横に手刀を払う。
 玖津和あきらの首が嗤いながらポトリと落ちた。と、その瞬間、洞穴内から10本程の黒く細く鋭い針状の結晶が伸びて来て落下する玖津和あきらの頭部を貫いた。
「 身体もくれてやれ 」
 国神の指示に吊るされていたワイヤーも切り離されて首を無くした身体が落下する、これも頭部同様に瞬時に結晶針に無数に貫かれた。
 洞穴上部の中空に貫かれ止まった玖津和あきらの頭部と身体がバラバラになった操り人形の様にゆっくりと活動を開始する。
「 ク 二 ガ ミ ワタシ ヲ コンナ メ 二 アワセテ オ ボ エ テ イロ カナラズ コウカイ サ セ テ ヤル 」
「 そら おおきに 期待しとるでアキラちゃん 」
「 ヒ ヒ ヒ ヒ ヒ ヒッ 」
 玖津和あきらだったものは小刻みに痙攣しながらゆっくりと結晶針に貫かれたまま洞穴内部に沈んで行った。


「 どや クレーンの方は 」
「 依然巻き上げ不能です モーターの出力を限界まで上げてみますか 」
 国神の言葉に作業員が答える。
「 いや モーターが焼き切れたら話にならへん 今はまだ焦ることあらへん 必ず動き出すはずや 」
「 了解しました 現在の出力のまま巻き上げ作業を継続します 」
「 司令 ホーネットが関東をほぼ制圧した模様です 間宮の離反により関東方面は統制が崩れもはや政府としては機能してない模様です 間宮の後を追う者も続出しています 」
 軍服姿の右鈴原が現れ国神に報告する。
「 あのオッサン意外に人望あるさかいな やりおるわ してやられたな かまへん 残存兵力で関東を包囲 前線を築き進軍しろ 日本海域艦隊も使える火力はすべて関東に叩き込め 総力戦や ホーネットを関東に釘付けにしろ 決して毒蜂を羽ばたかせるな 」
「 了解しました 持てる火力を集中します 」




 東京都内では、至る所から黒煙が立ち昇っていた。
「 うへぇぇ 車田さん これまずくないっスか 政府軍は都民の安全を完全に無視してますよ 」
「 もはや政府軍では無い この国は無政府状態に突入したのだろう 完全な二つの武力勢力による内乱状態だ 一般市民の安全など確保されるわけが無い 自分の身は自分で守れという事だ 海乃 」
「 まじっスか で どうします 」
 ここは都内の都心部からは少し外れた場所にあるトリオイ製薬の研究施設である、話しているのは鳥迫家に長年使える車田とオカルト誌百目奇譚編集部の記者兼カメラマンの海乃大洋である。
「 どうするもこうするも我々に出来る事など無いだろう ホーネットの前線に加勢した所で戦力にすらならん 三刀らと連絡が取れればいいんだが 」
「 ユキちゃんから連絡があってもう1日以上経つっスもんね ちゃんと島に渡れたのかなぁ 」
「 とにかくお嬢様は心配だが彼等を信じるしかあるまい 」
「 ふぅぅ 海乃君 コーヒーちょうだい 」
 1人のストレートのロングヘアで切れ長の目をした和風美人が海乃の隣に腰を下ろした。
「 ゆうらぎ ブラックだっけ 」
「 三蜂 どんな具合だ 」
 三蜂夕良宜(みつばちゆうらぎ)、トリオイ製薬で研究チームを組む若きチームリーダーである。彼女は解体されたマリリオン製薬の創始者御霊由良(みたまゆら)の末子でもあり海乃の高校時代の同級生でもある。マリリオン製薬の関与するある事件をきっかけにトリオイ製薬に籍を置く事となったのだ。
「 岬七星さんは本物の天才ですね 私達の50年は先を行ってます 理解しながら着いて行くのがやっとですよ 」
「 でもビックリっスよ 岬七星が2人いるんスから 」
「 正確には岬七星の記憶を持つ二つ目のロボットなんだろう 」
「 どうかしら あれをロボットと定義するのは簡単じゃ無いですよ AIにより演算処理された思考ではなく人間であった七星さんの思考が再現されてますからね 彼女が言うように肉体を機械に変えただけと考えた方が納得できるかな 病気や欠損で身体の一部を機器類で代用するでしょ それの究極版よ 」
「 全部取り替えて代用と言うのか 」
「 考え方次第ですよ車田さん 自我を魂と捉えるか 単なる生体機能の一部と捉えるかです 」
「 科学者の思考は理解出来んな 」
「 ハイ コーヒー で どんな具合 」
 海乃が夕良宜にコーヒーを手渡しながら問う。
「 生体パーツは組み上げたわ これから最終段階よ 」
 七星が悠吏に頼まれた道ノ端教授の遺作である原子力ロボットサクラの修理をここトリオイ製薬の研究施設で行っているのだ。ここに現れた岬七星は海乃らが新宿旧都庁ビルで会った岬七星と異なり肘から先は精密作業に特化した複雑なロボットアームとなっており、一目で人間では無いことが伺える。ホーネット医薬研の主要施設は政府軍によりほぼ押さえられ現在使用出来ない故である。機材を持ち込み、岬七星を中心とするホーネット医薬研チームにトリオイ製薬の精鋭である三蜂夕良宜も加わり急ピッチで進められているのだ、ロボットと言ってもボディに使用されるパーツは自己修復能力を持つ生体ロボットで、何方かと言うと生命科学に近い発想が用いられている。この生体ロボットとナノハイセラミックファイバーを螺旋状に編み上げる事により 人の筋組織と神経組織に近いものを構築していく。
 人間や動物は熱いとか痛いとか感じた時に司令系統である脳を経由せずに各神経組織で独自に反応してこれを瞬時に回避する事が出来る。道ノ端理論により組み上げられた生体パーツはこの神経組織を模したニューロンシステムを持つことにより動物らしい滑らかな動きを現実のものとするのである。
「 でも あれ 本当にロボットなんスか ゆうらぎ 」
「 小型炉心によりエネルギーを生成する 人の生み出した新しい命の雛形と言っても過言では無いわね 人類史の新章の幕開けなのかも知れないわ 」
「 その前にこの国が幕引きしそうだがな 」
「 怖いこと言わないでくださいよ 車田さん ツクヨちゃんがいるから絶対大丈夫っスよ 」
「 もちろん国神とやらはお嬢様がどうにかしてくれると信じてるさ だがな その後この国は国連によって解体される可能性が非常に高いぞ 国連介入前に新政府樹立が必須だ その為にホーネットと間宮には頑張って貰わなければな 」
「 間宮長官の離反って車田さんが説得したんでしょ どういう関係なんっス 」
「 なんだ 知らんのか海乃 間宮は若い頃 前会長の秘書をやってたんだぞ 私の同期の元同僚だ 会長の後押しで今の地位まで上り詰めたんだぞ 」
「 マジっスか 世界って意外に狭いんスね 」
「 世界が狭いんじゃなくってトリオイが広いんだよ 今尚 月夜お嬢様がさらに押し広げておられる 」
「 侍に超能力者にスパイにロボットに神様っスもんね もうツクヨちゃんをこの国の王様にした方がよくないっスか 」
「 男の子的なお話の最中悪いんだけど 私そろそろ戻るわね 」
「 ゆうらぎはロマンが無いっスね 」
「 海乃 私らもホーネットの後方支援に戻るぞ 本部に情報が入っているやも知れんしな 」
「 了解っス んじゃ ゆうらぎ 完成したら連絡を 」
「 わかったわ 」





 身体が焼けるように熱い、焼き切れるように、熱せられた金属が身体の中に流し込まれ神経組織を再構築していく、細胞壁を貫きDNAの螺旋が解けて書き換えられていく、脳の記憶領域が強制的にデフラグ処理されてパフォーマンスが向上していく、バージョンアップされる私は私じゃ無くなってしまうのだろうか。私はモヤモヤとして理路整然としない自身の思考が好きだった、断片化された記憶の倉庫を行ったり戻ったりしながら非効率に混乱した思考を重ねて意味を成さない答えを導き出すことに生きる喜びを感じていた、不完全である事こそが私である証明であった、くだらない人生に憧れていた。
 以前、岬七星は眠る事と死ぬ事は同意だと言った、人は毎日 眠りという死を迎え 目覚めという誕生を繰り返すのだと、記憶というものだけを引き継いだ新しい命の誕生、肉体は単なる入れ物に過ぎず そんな物に何の意味も無い、別の入れ物に移し替えたところで何一つ変わることはない、記憶こそが個を識別する為の記号である、鳥迫月夜の記憶という記号が私のすべてで、この記号を失ったら私は個という物を喪失する。記号を無くし個を喪失した私は何になるのだろうか。『 一にして全 全にして一 』確かラヴクラフトのクトゥルフ神話の邪神の呼び名だったか、混沌の王の名前だったか。『 すべてのものは空である 』これは確か仏教の教えである。この世界を いや宇宙を全とするならば鳥迫月夜という記号を持つ一なる存在の私は その記号を失えば全へと帰するのだろうか、そして全とは空である、空とは無である、無とはゼロである、記号を失えばゼロになる、この世界も、この宇宙も、すべてがゼロになる、鳥迫月夜という記号が形作る世界、鳥迫月夜という記号が形作る宇宙、その記号が失われればすべてがゼロになる。
 ゼロ、空間も時間も存在しない世界、いや世界すら存在しない世界、それこそが真理なのだろうか。だが私は真理なぞ求めていない、ならばもう少しだけ、一なる者として、この甘美な夢に身を任せようではないか、痛みと苦しみと快楽と悲しみと悦びに満ち溢れた混沌の世界に、なぜならば、私こそが混沌の王様なのだから。

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