第21話 触発

文字数 4,165文字

「 ユキ!」
 悠吏の目がギラついた。と同時に悠吏の傍らに跪いた八島(やしま)ユキが現れる。ユキは刀の鞘を持ち悠吏は柄を左手に握りしめ2人同時にこれを勢いよく引き抜くと、抜き放たれた青白い刀身は斜め上にヒュンと音を立て振り上がる。
 トーマの銃を構えた右腕が跳ね上げられた。
「 なッ 」( この女 どっから現れた それに男の手にある長い武器はなんだ どっから出てきた )
 トーマは振り上げられた銃を構え直そうとする。が軽い、見ると銃身部分が無くなっている。咄嗟に握られた銃だった物のグリップを投げ捨て背中から刃渡り30㎝ほどの軽量ナイフを手に取る。( 今 剣を振り上げたコイツは体が開ききった状態だ コイツは長物 切り返しに時間がかかる その間に懐に入りさえすれば )
 ナイフによる近接戦をトーマが仕掛けようとした瞬間、悠吏は振り上げた刀を切り返さずに柄の底部を最短で振り下ろし踏み込んだトーマの側頭を殴りつける。
「 ぐぅわッ 」
 そのまま横に殴り飛ばされそうになるのをなんとかこらえ体勢を立て直そうとするが、間髪入れずに刀を構えたままの悠吏が身体ごと突っ込んでくる。( おいおい 剣技を使えよ 刀持ったヤツは剣技を繰り出してくンじゃねェのかよ これじゃあただの刃のついた鉄の棒を持ったヤツとの肉弾戦じゃねェかよ )
 刀の刃をナイフで受けるが悠吏の肩からの体当たりは躱し切れない、そのまま背後のコンテナにガコンと背中から叩きつけられる。( まずい 後ろが無くなった )
 横に逃れようとするトーマに対し悠吏の切っ先が真横にヒュンと払われる、これを常人には不可能な反射速度でギリギリに躱す が後が無い。体が開ききった、いや、開かされてしまった。( クそッ )

 タン。タン。
 乾いた発砲音がコンテナ置き場に響き渡る。
「 そこまでよ 」
 アサルトスーツの女性 ありさが上空に向け2発の銃弾を発射して悠吏に銃を向ける。とコンテナの影から7人の自動小銃を手にした、ありさ同様の黒のアサルトスーツ姿の兵士が現れた。
 トーマは頭こそ良くないが戦闘に置いてはスペシャリストである、そのトーマが何もさせて貰えずに終始圧倒されたのだ。あと1秒あれば確実に殺されていただろう。
「 一般人女性2人にここまでする必要も無いと思ったけど ちゃんと兵を配置しておいてよかったわ 備えあれば憂いなしネ おばあちゃんが教えてくれた日本語よ 感謝しなきゃネ で あんた何者なの 」

「 大丈夫か 小夜さんはケガをしてるみたいだが 」
 銃を構えた金髪の女性を完全に無視して悠吏が私たちの方に歩み寄る。ユキは直後から私たちの側で悠吏の戦況を見守っていた。
「 大丈夫だ 」
 小夜が悠吏に答える。
「 店長 これはいったい 」
「 話しはあとだ とりあえず店に行っていてくれ はいこれ鍵 僕たちは此奴らを片付けてから行くから 3階に上がっといて 」
「 ツクさん これ持って行ってもらっていい 」
 ユキは既に抜刀しており、2本の刀の鞘を手渡された。
「 それ結構高いのよ 無くさないでね 」

「 あなたたち本気なの 」
 金髪の女性が呆れたような仕草をする。悠吏にやられた男性も既に立て直し黒のジャージの上を脱いでいる、男性の上半身にはホルダーに収められた複数の武器が剥き出しになっていて、もの凄い顔でこちらを と言うか店長を睨み付けていた。
「 僕のGOの合図で走りだせ 」
 悠吏が相手から視線を逸らさずに言う。
「 わかりました 」
「 店長 斬っていいのよね 」
「 いんや なるべく殺すな でも必要なら斬り捨てろ 」
「 了解 斬り捨てます 」
 ユキと悠吏が物騒な会話を交わす。
 それからしばらく両者の間でヒリヒリした睨み合いが続いた後に。
「 GOォォォォッ!」
 悠吏の声と同時に私たちは前後に駆け出す。ユキと悠吏は剣を構えて前方に、小夜と私は退路を求めて後方へと。タタタタタン、と背後から複数の自動小銃の銃撃音が断続的に聞こえてくる。ガコン、というもの凄い金属音が響いた。いったい後方では何が起きているのか、もの凄く気になる。
「 ツク あの女の子 お前の友達だよな 」
「 はい 八島ユキちゃんです お店のバイト仲間の もう意味がわかりません 」
「 ここから店まではどの位なんだ 」
「 こんなとこ来たことないんでよくわかりません ただ位置的に20分くらいの場所だと思います 」
「 とりあえず人目に付く場所まで出よう 」
「 はい 」
 コンテナ置き場の出口が目に入ったと同時に2人の兵士も視界に飛び込む。自動小銃は持ってないようだ。
「 ちッ 伏兵か 」
「 どうしますサヤさん このユキちゃんに預かった棒で闘いますか なんかいけそうな気がしますよ 」
「 おう 今更引けんしな 」
 私たちはユキに預かった刀の鞘をそれぞれ手にし速度を緩めることなく兵士に突撃をかける。
 キュルルルルッ。突然、コンテナ置き場のゲートを突き破り一台の黒のボックスワゴンが進入して来た。と、そのまま2人の兵士を跳ね飛ばす。
「 三刀 お嬢様 」
 鳥迫家の運転手で亡き祖父の個人秘書でもある( 今は私の個人秘書となるのであろうか その辺は聞いた事が無いので定かでは無い )車田だ。
「 車田 どうして 」
「 前角悠吏から連絡があってゲート前で待機していた 早く乗れ 」
 車田の言う前角(まえずみ)とは悠吏の苗字なのだが、どうも本当の名では無いようだ。
「 何処に向かえばいい 」
 車を発進させてから車田が聞いてくる。跳ね飛ばした2人は動いているので死んでは無いようだ。
「 ニコニコマートだ 」
「 セブンスマートですサヤさん 」
「 あいつら何者だ 政府軍じゃ無いな 」
「 この国の奴らじゃ無い スパイが雇ったアジア系の傭兵と言ったところだろう 」
「 やはりあの国が動いたか 目的はお嬢様か 」
「 ああ やはりほっといちゃくれんらしい 」
 車田と小夜の会話がなんか引っかかる。
「 あのぅ 車田さんとサヤさんは何か知ってるんですか 」
「 ツク お前が倒れた日に津波が起きた じいさんの話を覚えてるか 葛籠の当初の目的は敵国に送り出し契約を果たすこと その契約は ” 敵国を討ち亡ぼす力となれ ” だ お前の意識不明と葛籠と津波が無関係じゃないことは考慮していた あくまでも信じ難い可能性の1つとしてだがな 」
「 あの国が私有地の一件に関与していたことは確認していました しかしお嬢様が回復されたタイミングで動いて来るとは 迂闊でした で三刀 なんで前角が出て来る あの男 信用していいのか 」
「 ああ 実際 助けてもらった やはり表側の人間では無いようだが敵では無いだろう お前のところにどう連絡があったんだ 」
「 40分ほど前にお嬢様が危険な状況にあるから大至急指定の場所に来て欲しいと屋敷に私宛の連絡があった 」
「 私らがコンテナ置き場に着いたタイミングだな まあトリオイでこういう時 1番役に立ちそうなお前に連絡するのは適切な判断だろう 」
 そんな会話をしてるうちにセブンスマートに到着した。
「 車田 お前はどうする 」
「 コンテナ置き場を確認しに行く お嬢様は頼んだぞ三刀 なんかあったらすぐ連絡しろ 」
「 わかった 」
 そう言って、車田は今来た道を引き返して行った。
「 3階と言っていたな 」
「 はい 私も3階には上がったことないんですけど 確か使用してない何も無いスペースになってるって言ってた気が とりあえず上がりましょう 」
 しくじった、今の言い方だと2階の悠吏の居住スペースには上がった事があると暴露してしまったことになる、まあ もうバレてるんだからいいんだが やはり恥ずかしい。
 店の脇にある扉の鍵を開けるとコンクリートの階段がある、かなり古く壁にはひび割れが目立っており、確か昭和中期に建てられたビルだと言っていたと思う。明かりとりの窓が設けられてはいるがそれでも薄暗い。私たちは急な階段を上っていく、到着した3階には黒く大きな両開きの鉄の扉があった。鍵を開け扉を開く。
 そこは剥き出しのコンクリートの仕切りも柱も無いビルと同じ広さのスペースになっていた。ただその空間にはあるはずのないものが存在する。

 それは黒い鳥居を構える黒き小さな社だった。

 色こそ違うが私はその(やしろ)を知っている。社の下のコンクリートと天井には何やら赤く大きな陣のようなものが描かれていた。
「 雨倭頭巳神社か 」
「 うわずみ神社 」
「 ツクはユウリ店長から貰った御守りを持ってるだろ 」
「 あれ うわずみって読むんですか でもこの社は 」
「 そうだ お前らが2年以上前に行った鎮守の杜の焼け落ちた社だ あれが雨倭頭巳神社なのだよ 御神体をここに移していたのか 」
「 じゃあこの社には 」
「 ああ 雨倭頭巳姫こと水神ウワバミノヒメが祀られているのだろう 」
「 ヒメちゃんがここに 」

 そして、その社の前にはこれもまたあるはずのないボロボロに成り果てた葛籠が置かれていた。

「 葛籠か あの女スパイの言う事が本当なら葛籠は津波に飲まれているはずだ なぜここにある どうしてユウリ店長が持っている ツク 身体はなんともないか 」
「 はい 大丈夫です 逆に絶好調な気がします 」
「 そうか とにかく今はユウリ店長を待つしかないみたいだな 」
「 その間にサヤさんの傷の手当てをしなくっちゃ 下から薬箱持って来ますね 」
 私は1階の店に下りて薬箱と飲み物を持って来た、小夜の傷は1㎝にも満たないが深さがあるのが心配だ、消毒後 傷口が動かないように包帯でぐるぐると強く固定して化膿止めと痛み止めを飲んで貰った。
 それから2人で悠吏の帰りを待つのであった。
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