好みの話

文字数 1,651文字

 ある日のこと、いつものように栄がやってきた…が、どこか様子がおかしい。左の目元が腫れていたのだ。
「こんにちは、麗子さん…」
 声も若干かすれていていつもより小さい。まあ理由は…喧嘩でもしたんだろうな、たぶん。
「よお栄、喧嘩に敗けでもしたか?」
「ま、敗けてないよ!!第一僕は喧嘩なんかしてない…」
 栄がムキになって返してくる。
「喧嘩じゃないならなんだ?一方的に殴られでもしたのか?」
「う、うん…」
 どこのどいつだか知らねえが、あたしの可愛い栄をいじめるなんざ良い度胸してんな。
「どこのどいつだ?そいつとお前との縁を切ってやろうか?何ならそいつの他者との縁全てを切って孤立させてやっても良いが。それともあたしが物理的にシメてやろうか?」
「や、やめてよ!何もそこまでしなくても…」
「じょ、冗談だよ。幾らあたしでも私情でそこまで動かないよ。」
 危ねえ危ねえ、栄が一方的に殴られたと聞いて自分でも驚くほど冷静さを欠いちまった。危うく有言実行するところだったよ...面倒臭いんだよなあ、神が下界(人間界)のことに私情を挟みすぎると謹慎処分とかあるし、始末書を書かされたりとかもあるから。
「で、何があったんだ?」
「学校で神様がいるのかって話になったんだ。」
「それで?」
「そしたら同じクラスのかっちゃんが”神様なんかいる訳ないだろ”って言ったんだ。僕は何だか悔しかったから”神様はいるよ”って言ったんだ。そしたら殴られた...」
 まあ小学生のいざこざの原因なんてそんなしょうもないもんだわな。もっともこの世には似たようなことやもっとしょうもないことで戦争し出す野蛮人どももいるが。
「それでやられっぱなしで悔しくないのか?少しは殴り返してみたらどうだ?」
 あたしだったら2,3発は殴り返さないと気が済まないがね。
「そりゃ悔しいよ!だって麗子さんのことを否定されたんだもん!でも殴るのは無理だよ。だってかっちゃんは身体も大きくて力も強いし…それに人を殴るなんて僕にはできないよ。」
 まあ確かにこいつは虫も殺せなさそうなやつだしな。
「それに、おじいちゃんも言ってた。人を殴るのは最低な行為だって。」
 こいつおじいちゃんの話好きだな…
「まあそうだな。よく殴り返さなかった。お前は強いよ。」
「そ、そうかなあ…でも僕は怖くて殴り返でなかったし…それって何だか格好悪くない?」
「そんなことないよ。世の中には腕っぷしの強い男よりもお前みたいな優しい男の方が好きな女だっているんだ。あたしはお前みたいな男の方が好きだぞ?」
 まああたしの場合何かと反発するようなやつが彼氏/旦那だったら間違いなく喧嘩が絶えないからって理由もあるが。
「えへへ。」
 わかりやすく照れてやがる。ホント可愛いやつだな。
「でもまあ、あまり人前で”神様はいる”とか言わない方が良いぞ?」
「何で?だって僕は噓をついてないじゃん。」
「恥は承知で話すが、悲しいことに最近は神を信じない不届き者がほとんどなんだ。だから”神様はいる”なんて言ったらお前がおかしいやつ扱いされるぞ?」
「でも僕は噓なんか…」
「お前にとっての”本当”が向こうにとっても”本当”とは限らないんだよ。」
「う~ん…良くわかんないや…」
 ガキには少々難しかったかな。
「それはそうと、ありがとな。」
「どうしたの?お礼を言われるようなことはしてないと思うけど…」
「お前、あたしのことで怒ってくれたんだろ?最近は神仏への信仰心のない不届き者が増えたが、お前みたいなやつがいてくれるだけでも嬉しいよ。」
「うん、他の人が何て言っても僕はお姉さんのことを女神様だって信じてるからね!あと、僕もお姉さんのことが大好きだよ!!
 ば、バカ!!そういうことは時と場合を考えて言うもんなんだよ///ったく、あのマセガキ…そう言うと栄は走り去るように帰っていった。ちなみに翌日”かっちゃん”の方から謝ってきて無事和解したそうな。裏で姉に頼み込んで”かっちゃん”との縁を修復させたのは内緒な?

 とまあここまでが栄がガキの頃の話だ。
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