再会の話

文字数 2,777文字

 話はまだ終わりじゃない。栄がピタリとあたしの元を訪れなくなってから半世紀ほど経ったある日、あたしの元に珍しい来客が来た。と言ってもそいつは参拝目的でもなければ肝試しとかそういった俗な目的でもない、そもそもそいつは人間ではなく、あたしの同業者、つまり神だ。
「よお、相変わらずチンケでボロい神社だな。しっかし本当にヘンピな場所だよなあここ。そして肝心の神様も随分とまあ幸薄そうな面してんな。悪霊でも取り憑りついてるのかと思ったよ。」
 相変わらず口と性根の腐ったやつだな、この金髪糞野郎。
「何のようだ?喧嘩なら買うぞ、いくらだ?」
「冗談だよ。実はお前に会いたいってやつがいてな。しかしこんな疫病神にわざわざ会いたいなんざ物好きもいるもんだねえ。」
「疫病神ねえ、あんたも似たようなもんだろ。死神。」
「”死神さん”な?俺一応お前の先輩だぞ?」
「だったらもう少し敬われるような振る舞いしたらどうです?例えばその相手の神経を逆撫でる下劣で耳障りな煽り口調をやめるとか。」
「悪かったって。で、そのお前に会いたいってやつなんだけど、”栄”って爺さんなんだ。お前の元カレなんだろ?会ってやれよ。」
 栄が?こいつ伝いにそんな情報が来るってことは…まあ、歳を考えればおかしなことではないか。親しいやつの死期が近いって言うのはやっぱり嫌なもんだな…けど…
「悪いが、あいつに会ってやる気はねえよ。」
 だってそういう約束だったろ?栄。忘れたとは言わせねえ。
「そうは言っても爺さんと約束しちまったからなあ。てか俺が直々にお前に頼みに来る時点でわかってるだろ?爺さんはもう長くないんだよ。」
「だからってあいつとはもう二度と会わないって…」
「会わなきゃ後悔するぞ?お前が。」
 さっきまでの相手を見下したような気に障る口調から一転、急に真面目な口調になったもんだから少し身構えちまった。
「そ、そんなこと…ねえよ…」
 精一杯強がったつもりだが口に出すとどうしても弱々しくなってしまう。
「ねえ、つまんない維持張ってないで会ってあげなさいよ?」
 声のする方向に目をやると姉がいた。ずりいよ、このタイミングで出てくるなんて…
「あんたと栄さんとの縁はまだ切れちゃいないでしょ?」
「そういうことだ、会ってやれよ。」
 普段通りの小気味悪い口調で死神が言った。が、こいつにしては毒っ気が少なく普段ほどは苛立たなかった。
「…ああ、わかった。会いに行くよ。」
 金髪糞野郎の説得に折れるのは尺だったが、姉さんに言われたら逆らえないしな。

 “姉さんに”説得されてあたしは栄が入院しているという病院を訪れた。しかしこの病院というシステムも酷いもんだな。最期に見る景色は慣れ親しんだ実家ではなく白い殺風景な部屋。おまけに最期に看取ってくれるのは心の通った親族や友人じゃなくてあくまで赤の他人、それも事務的な医者や看護師ときた。それも最近では死亡報告を血すら通ってない無機質な機械が担当しているらしい。"愛"なんてこそばゆい言葉を使う気はないが、せめて"情"ぐらいは失わないでいてほしいもんだ。

 栄の見た目はすっかり老け込んでしまったが、まだ目元や顔全体の輪郭には若い頃の面影があった。だからあたしは目の前の爺さんが栄だと見た瞬間に確信した。
「麗子さん…麗子さんですかな!?
 もう50年は会ってないはずだが、栄は一目見てあたしを"麗子"と気づいたようだ。
「ああ、”麗子さん”だよ。しかし栄、お前随分と老け込んじまったな。」
「あれから随分と月日が過ぎましたからな。すっかりヨボヨボのジジイになってしまいました。それにしても、麗子さんは相変わらず若くてお綺麗だ。」
「悪りい悪りい、そんなつもりはなかったんだ。今でも十分男前だよ。」
 どことなく悲しげにそう言われたので急いで撤回した...などと言うと前の台詞は取り繕ったように思われるかも知れないので断っておくが栄が爺さんになっても男前に映ったのは本心からだ。
「そうですか、麗子さんのような若々しくて美しい女性にそう言ってもらえると嬉しいもんですな。」
「お前、歳取ってスケベになったんじゃねえか?セクハラだぞこのエロジジイ。」
 そういうところは年相応になるな。
「おっと、これは失礼。」
 とまあこんな他愛のない話をしに来たんじゃない。それだけでも十分ではあるが。そんなことより本題に入ろう。
「それで、あたしに会いたいなんて言ったらしいがあたしとの約束忘れちまったのか?」
「いえ、片時も忘れたことはございません。ただ、死ぬ前にどうしてももう一度お会いしたいと思いましてな。それに、妻には先立たれたのでお会いしてもよろしいかと…」
 私の問いかけに対して栄は即答した。
「そうか…奥さんは幸せにしてやれたか?」
「妻が幸せだったかはわかりませんが、私なりに善処はしたつもりです。」
 お前の奥さんになれたんなら日本一、いや、世界一の幸せ者だっただろうな。
「それで、死神を名乗る金髪糞野郎が来たろ?どんなことを願ったんだ?」
「ええ、確かに死神様が来られましたな。それで、会いたい人がいれば誰でも会わせてくださるとのことだったので、最初は死別した妻との再会を願いました。ただ死者と会わせることはできないとのことでしたので、それなら相手が神様でも大丈夫かとお伺いしたら許諾してくださったのであなたと最後にもう一度お会いしたいと思った次第です。」
「要するにあたしは奥さんのついでか…」
「すみません、そのようなつもりでは…」
「良いんだよ。寧ろそこで奥さんより先にあたしに会いたいなんて言ってたら説教していたところだ。」
 本当はほんの少しだけそうであることを期待していたのは内緒だ。
「はは、この歳になって説教されるのはご勘弁願いたいものですな。」
「何言ってんだ、あたしなんかお前の何十倍も長生きしてるが未だに姉さんには説教されてばかりだよ。」
「左様ですか。それで麗子さん、来世というものは本当にあるのでしょうか?」
「ああ、だから次に生まれてきてもまた良い男になりな、今のお前みたいな。」
「しかし、必ずしもまた男に生まれるとは限りらないのでは?」
「それもそうか…もし女に生まれたときは…良い女になりな、あたしみたいな。」
「ええ、もし女に生まれたときは麗子さんのようにはならないように努めます。」
「言ってくれるねえ、このジジイ…」
「来世があるのであれば、またあなたとお会いできますかな?」
「ああ、また会えるよ、きっと。」

 栄との最後の会話はこんな感じで終わった。もし栄の生まれ変わりと出会えたら、こいつは―そしてあたしは―お互いに気づくことができるだろうか?まあそんなことはまずないだろうけど、期待してみる分には罰も当たらないだろう。

 栄が名付けてくれた”麗子”という名は今でも気に入ってる。

―fin―
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