お別れの話

文字数 1,320文字

 栄と仲直りしてから数年が経ったある日、栄から結婚の報が入った。何でも親同士でお見合い話が持ち上がり当人同士もまんざらでもなかったからそのまま難なく結婚に至ったとのことだ。
「だからってそれをいちいちあたしに伝えに来るなんて、嫌味か何かか?」
 どうせあたしはモテませんよ。
「いえ、ですがどうしても麗子さんには伝えておきたかったんです。」
「で、相手は良い女だったか?」
「ええ。素敵な女性です。」
「ふーん、あたしよりも?」
「それは…返答に困りますね。」
「冗談だよ。ま、前みたいな事もあったし、正直お前の女を見る目は信用してないけど、今回は邪魔しないでやるよ。」
「ほ、本当ですか?それってつまり僕らを祝福して…」
「ただし条件がある。結婚したからには離婚するな。こっちの仕事が増えるから。」
「はい、心得ています。」
「それと、奥さんは大事にしろ。そこはお互い様とはいえ、そいつはてめえの人生における数多の選択肢やら可能性やらを潰してまでお前と添い遂げることを選んでくれたんだからよ。お前には相手を敬い相手のために多少なりとも尽くす義務がある。」
「ええ、それも肝に銘じます。」
「そして最後に」

―もうここには来るな―

「はい、って…なぜですか!?
「あのなあ、あたしは縁切りの神だよ?既婚者がそんな疫病神を祀る神社に頻繁に訪れるなんて縁起でもないことをするな。」
「それもそうですね…麗子さん、今までお世話になりました。」
 栄はそう言いつつ深くお辞儀をするとここを立ち去ろうとした。大して世話なんて焼いた覚えもないんだがねえ。そう言えば一つだけ気になっていたことがあるんだった。今を逃すとたぶん聞けるチャンスはもうない。
「なあ栄。」
 思わず栄を引き留める。
「何ですか?麗子さん。」
 栄も振り返る。
「もしも…もしもだ、あたしが人間か、もしくはお前が神だったら、あたしたちの関係はどうなっていたと思う?」
 栄は少し間を置いてから話始めた。
「たぶんなんですけど、例え対等な立場であったとしても僕らの関係ってそう大して変わらないんじゃないですかね、今と。勝ち気だけど弟想いの姉と少し気弱だけど姉には絶大な信頼を寄せている弟、たぶんそんな感じだと思います、僕らの関係って。それは例え僕らの立場が変わっても変わらないだろうし、変えたくないです。」
 何だよそりゃ...もう少しロマンチックな回答ぐらいくれたっていいじゃねえか...ま、こういうとこもこいつらしいちゃらしいし、別に嫌いな回答って訳じゃないがな。
「つまんないことで足止めして悪かったな。さあ帰った帰った。嫁さん待たせてんだろ。」
「ええ、麗子さんも早く好い方を見つけてくださいよ。」
「うるせえ次言ったら嫁との縁切るぞ。」
「おっとそれは勘弁。」

 次の日から栄はあたしの言いつけを守ってくれたのか、ピタリとあたしの元に訪れることはなくなった。だからって何てことはない。また独りぼっちの毎日が始まっただけのことだ。もしもあたしたちが同等な存在であったなら、今より深い関係になれたのかな…なあんてな、何柄にもなく感傷に浸ってんだよ、あたし。さて、心機一転、縁切りの神として人間どもの縁を切って切って切りまくってやりますか。
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