初恋の話

文字数 2,347文字

 そしてここからは栄が成人してからの話。

 成長するに連れてあたしの元を訪れる頻度は減るだろ、と思っていたが栄は中高生になっても律儀にも足繫く通ってくれたよ。大学生の頃は上京してたから流石に会えなかったけど、それでも帰省したときには頻繫に来てくれた。本当に可愛いやつめ。大学を出た後は家業を継いだらしく、再び1年間のうちほぼ毎日訪れてくれるようになった。あの事件が起きるまでは、ね。まあその事件については今にして思えばあたしが悪いんだけどさ…で、どんな事件だったかというと、簡単に言えば栄に人生初の彼女ができたんだけど、そいつとの縁をあたしが切ったんだ。

 ある日栄がこんな告白をしてきた。「彼女ができた」って。上辺は笑いながら「彼氏のいないあたしに対する嫌味か」って返したけど、何だか胸の奥がモヤモヤする…まるで大切な何かを誰かに奪われたときに抱くような、嫉妬や虚無感に近い感情が湧いて来た。へこみ半分苛立ち半分で気分が萎えて来たところにさらに栄が追い討ちをかけてきた。勿論本人にその気はないだろうけど。
「それで、女性とのお付き合いで気を付けるような点はどんなものがありますか?恥ずかしながら女性とのお付き合いの経験がないもので…」
「あのさあ、万年彼氏ナシのあたしにそれ聞く?」
 本当に嫌味か。
「その、少しでも女性の意見を伺いたくて…」
「だからってあたしは恋愛については一切レクチャーできないよ?別れ方についてならいくらでもレクチャーしてやるけど。だいたいあたし女神だよ?人間の女とは感性ずれてると思うけど?」
「でもこんな話麗子さんにしかできませんし…」
 栄は懲りもせずに食い下がってきた。参ったなあ、そう言われると無下にはできない…
「うーん…ま、変に気取ったりしないで自然体のお前を見せれば良いんじゃないか?良いとこも悪いとこも隠したりしないでさ。それでフられるようならその程度の出会いだったと諦めろ。」
 結局あたしの方が折れて望み通り助言(と言ってもその場の思いつきだが)してやった。とりあえずそれっぽいことを言ってみたけど本当に助言になったかな?
「なるほど!ありがとうございます!!
 このバカは信じてくれたらしい。そう言うと栄は駆け出した。さて、あたしも一応様子見に行きますか…なんとなく嫌な予感がするし…

 栄は途中ある女と合流して、そのまま茶店に入っていった。なるほどそういう関係ね…
「それで、華(はな)さんはどれを飲みたいですか?」
 どうやら女の名前は”ハナ”っていうらしい。
「そうですね、私も栄さんと同じものに…」
「よお栄、あたしを差し置いてデートなんて水臭えじゃねえか。」
 あたしは栄の肩に腕を回しながら2人の仲に強引に割り込んだ。
「れ、麗子さん、何のつもりですか!?
「ちょ、ちょっと、誰よあなた!?栄さん、その女(ひと)とはどういう関係なの!?
「ど、どういうって…」
『ていうかどうして華さんにも見えてるんですか!?
『ああ、今はその女、ていうか普通の人間にも見えるようにしてる。』
 状況をいまいち飲み込めていない栄が小声で聞いてきたので、あたしは栄に耳元でそう説明して、続けざまに女の方に目をやった。
「あ、どもどもー、栄の姉の麗子でーす☆」
『ちょっと、姉って何言ってるんですか?』
『良いから話を合わせとけ。』
「ああ、栄さんのお姉さんでしたのね。先程は失礼いたしました。」
「え、ええ、そうなんですよ。ははは…」
 栄があたしの芝居に合わせてくれたところで、本題に入りますか。
「それでさあ、ハナさんだっけ?いきなりで悪いんだけどさあ、栄に付きまとわないでくれない?あんたみたいな害虫に寄生された栄がかわいそうだし。」
「ちょ、ちょっと麗子…姉さん、いきなり何てこと言うんですか!?
「そ、そうですよ。いくらお姉さんだからって失礼じゃ…」
「失礼なのはお前だろ!!栄の目はごまかせてもあたしの目はごまかせねえぞ!!お前が金目当ての薄っぺらい女だってことぐらい面見りゃわかるんだよ!!
 本当はもう少し罵声を浴びせてやりたかったが栄もいるしこのぐらいにしとくか。
「ちょ、ちょっと何なのよあんた!あー馬鹿馬鹿しい、こんなおっかない姉がいるんだったらいくら金持ちの男だからって釣り合わないわ。」
 あたしが一喝したらあのアバズレ、捨て台詞を吐きながら逃げるように店を出ていったよ。ま、あたしに臆せず言い返してきた精神の図太さだけは認めてやるか。いやあ実に良い気味だ。一昨日来やがれ。そしてあたしと栄の前に二度と姿を見せんな。

 女狐が店を出たのを確認して栄に励ましの言葉を投げ掛けた。
「礼には及ばないよ、お前にはいつも菓子や酒なんかを馳走になってるからね。でもま、ああいう男に寄生するしか能のない下賤な女は一定数いる。だからお前ももう少し女を見る目を養っときな。そして付き合うならあたしみたいな良い女と…」
「何てことしてくれるんですか!!?
 どういう訳だか栄はあたしに怒っているみたいだ。
「何って、お前に付きまとう悪い虫を追い払ってやったんだよ。」
「どうして彼女がそんな女(ひと)だと言い切れるんですか!!
「あのなあ、こっちは何百年、いや、何千年と関係をこじらせた男女を見てきたんだよ。だから面(つら)を拝みゃそいつがどういうやつかぐらい…」
「彼女がそんな女(ひと)だなんて憶測だけで決めないでください!!
 普段のおっとりした栄からは考えられないぐらいの気迫だった。あたしでさえ一瞬怯むぐらいに。
「お、憶測も何も最後にはしっかり本性を見せてたじゃねえか!」
「…とにかく、こんなことは二度としないでください…」
 そう言い終わると栄も茶店を後にした。ったくあのバカ、こっちの気苦労も知らないで…
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