第32話 マサムネは奴隷への扱いについて解説する

文字数 5,074文字

 奴隷商人ジョージ・パーシグとの約束の時間である夕方の4点鐘前に交易所に到着したサミエラとロッコがロビーに入ったところで修羅場に遭遇する。

「日本人の3人はまあ見た目で分かるよね。赤毛の中年男性と少女が親子なのも一目瞭然だね。オランダ語と日本語で言い合ってるから交易所内にいる人たちは言葉が通じずに困惑してるけど、サミエラはどっちの言葉も分かるから、この時点でだいだいの事情は分かってたんだよね。でも、悪目立ちを避けるために会議室を押さえて、まずはロッコとジャンに動いてもらうことにしたんだ」

──まあ妥当だよな
──オランダ語と日本語……3代目と先代の経験が役に立ったか
──サミエラの判断の早さと指示の的確さがさすがやね
──ジョージ氏もすぐに察するあたり空気読めるね
──なんでこんな状況になってるの?
──あの赤毛の子は日本人の誰かの彼女だったんかね?
──……

「サミエラが一行を会議室に案内して、さっそく交渉を始めたわけだけど、ここからはイングランド語とオランダ語を必要に応じて使い分けてるんだ。多言語翻訳インプラントが脳に移植されてるリスナーのみんなはどんな言語でも聞けば理解できるから内容の理解には不自由しなかったと思うけど、ゲーム内のプレイヤーは多言語翻訳インプラントの恩恵を受けられなくなるから、実際に習得している言語でしか意思の疎通ができなくなるんだよね。サミエラの場合はイングランド語がネイティブでスペイン語が片言、過去のプレイからの引き継ぎで日本語、ドイツ語、中国語はネイティブで、オランダ語とフランス語は意思の疎通に問題ない程度に話せるってぐらいだね」

──インプラント無しでもサミエラのマルチリンガルっぷりよw
──前世の記憶を引き継いだまま何人分もの人生を歩んでるようなもんだもんな。生まれ変わりが本当にあるかは知らんけど
──言語の壁って大きいらしいな。よく知らんけど
──インプラント入ってる同士だと意思の疎通に問題ないけど、片方にしか入ってないと会話そのものができなくなるらしいよ。よく知らんけど
──銀河の端と端だとそもそも言語が違うらしいね。よく知らんけど
──インプラントのお陰で会話に苦労したことないけど、俺のよっめは実は俺と違う言語を話してるらしい。よく知らんけど
──何この流れw よく知らんけど
──……

「なんかよく知らんけどがゲシュタルト崩壊しそうだね。まあそんなわけで事情を聞いたところ、沈んだオランダ船の船長のアボット氏は生き残った乗組員たちに少しでもお金を渡せるように、自分と娘のアネッタ嬢を奴隷として売ってくれるようジョージ氏にこっそり掛け合ってたらしいんだけど、くノ一のサザナミがその情報を知って同郷の2人、ショーゴとゴンノスケに共有して、3人で話し合った結果、自分たちが船長とアネッタの代わりに奴隷になろうって話になったんだね」

──くノ一ちゃんがいい仕事してる
──船長偉いわ
──こういう船長だから3人は自ら身代わりになろうとしたんだね
──この3人は現実が見えてるよね。どうせいずれ生活が立ち行かなくなるんなら、ちゃんとした公認の奴隷商人に仲介してもらう方がいいってのはいい判断
──日本人も北米先住民も同じモンゴロイドだからフリーだと狙われるか
──アボット船長がこの3人を我が子同然って言い切ってるの感動した
──こんなん、サミエラの答えなんて1つしかないやん!
──オーケー! カモンッ!!
──……

「当然、こんないい人材を見逃す手はないよね。しかもこの場合は、全員を買うことで奴隷たちからかえって感謝されることになるから、奴隷購入にあたっての一番の懸念事項である奴隷たちの主人への忠誠心が最初から高いという最高の結果になったわけだ」

──いい結果になったね!
──サミエラはいい人材ゲット! ジョージは労せずに奴隷が売れてよかった! 奴隷たちはいい主人に巡り会えてよかった!
──関係者全員とってのWinWinな結末で酒が旨いわー!
──娼婦奴隷だと10年以内にほぼ死ぬとか性病怖いな
──3代目の経験値があれば梅毒撲滅できんじゃね?
──おっ 有能な航海士&会計士? たる船長候補と若く腕利きの水夫ゲットですね
──何事もウィンウィンで交渉を進めていくサミエラさんが心地よいです
──……

「さすがに現状でペニシリンまで手を出す気はないよ。いずれは分からないけど。……さて、交渉が纏まったから、次は契約の締結なんだけど……普通、奴隷売買だとここまでちゃんとした……父と子と聖霊の名においての誓約まではしないんだよ。神様に懸けて誓うってことは、契約を故意に破ったら神様から罰せられる覚悟があるってことだから」

──なんでここまでしたん?
──この時代は宗教がすべての常識の基盤なんだね
──ここまでしなくても忠誠心高いんだし……
──契約反故なんて簡単にできる時代だから神様の目を担保にするってことか
──日ノ本の3人もキリスト教には入信してるのかな?
──……

「ヨーロッパってさ、色んな国があって、当然それぞれで言語も文化も法律も違うんだけど、ヨーロッパというグループとしてそれなりに結束してるんだよね。それができる理由は、同じキリスト教の神様を信じてるからっていうのが大きいんだ。
 さっきもコメントにあったけど、約束したところで強制力はないから簡単に反故にはできるんだけど、聖書に『あなた方のはいははいを、いいえはいいえを意味するようにしなさい』という教えがあるからクリスチャンは基本的に約束は守るんだよ。
 とりわけ、神様に懸けて誓った約束──誓約は信頼できるものと見なされたし、誓約の当事者も誓約した以上、真剣に履行するんだ。それがヨーロッパ文化圏における共通のルールだからね。
 もちろん、異教徒相手だとそんな誓約も意味をなさないからヨーロッパの人たちは異教徒を基本的に信用しない……というかできない。そういう事情もあって、3人の日本人たちは奴隷になると決めた時点で主人の信用を得られるよう略式洗礼を受けてたみたいだね」

──宗教的背景が違うってのは価値観がそもそも違うってことよね
──チェスと将棋を同じ盤上ではできんわなぁ
──コンキスタドールたちが征服地の教化を進めた理由はそのへんか
──この3人は本当に優秀だな。やることにそつがない
──鎖国中でキリスト教禁令下の日本に帰れなくなった以上、改宗しても問題ないというか、この場合はメリットしかないわけだ
──つまり、これだけの覚悟を示した奴隷たちへの誠意の表れってことかな?
──……

「サミエラとしては今回買った5人に関しては商会の中核メンバーとしていずれは多くの責任を委ねたいと思ってるからね。誓約することで彼らからの信用を勝ち得たいというのもあるけど、彼らにも自分と商会への忠誠を誓約させたというのも大きいね。彼らには今後、表に出せない情報を開示していくつもりだから」

──それかぁ……サミエラやりおるわ
──あれ? この誓約ってサミエラにとってメリットしかなくね?
──ホワイト企業の経営者からすればメリットしかないけど、ブラック企業の経営者からすればデメリットもある誓約で、この時代は後者が普通よ
──つまりサミエラは自らを誓約で縛って犠牲を払ったと見せかけて、実は相手だけを誓約で縛ったと。悪女やのぅw
──誓約するまでもなく、サミエラは奴隷たちを最初から人道的に扱うつもりだったからねぇ
──サザナミとアネッタに春を売らせるつもりなんて最初からないしw
──……

「さて、一連の契約が終わって、ジョージ氏が退出していったから、サミエラは奴隷たちに具体的な事業内容を説明するために干し果物の実物を味見させることにしたんだね。まあ、言うまでもなく壊血病の治療でもあるけど。奴隷が壊血病って分かってたからロッコが一度農園に戻った時に自家消費用の分を少し持ってきてもらったんだ」

──ジャンの流れるような掠めとりワロタw
──鮮やかな手口w さすがにサミエラも苦笑しかないw
──奴隷たちもえ? え? ってなっててうけるw
──さすがアボット氏は干し果物の真価にすぐに気づいたね
──そのあとのサミエラの経営戦略には舌を巻いてるし、サミエラが娘と同い年ってのにはビックリしてるね
──そらビビるわな。ついさっき横で干し果物を取り合っててゲンコツ食らった娘と同い年とは思えんよな
──やっぱ女子はスイーツ好きだよねぇ
──アニーとナミの涙目は年相応で可愛かった
──アボットパパとゴンはきちんとわきまえてて偉いね
──まあ、いきなり奴隷になってもそうすぐにその立場には順応できないだろうからアニーとナミにも共感できるな
──……

「まあ、そんなこんなでジャンの立ち会いの元での奴隷たちとの最初の打ち合わせは無事に終わってまあまあいい人間関係のスタートを切れたかなって感じだよね。この後、郊外のアレムケル農園に移動して、準備してあった奴隷小屋に奴隷たちを割り当ててこの日の活動は終わりだね」

──あれを奴隷小屋と呼んでいいものかw
──あれは社員寮だろ
──プレハブ工法を使って元々あった粗末な奴隷小屋を長屋に一新しちゃったもんな
──あの一件でアレムケル農園の元々の奴隷使用人たちはサミエラに完全になついたよね
──先代が戦場でやりまくって敵の心を折りまくった一夜城戦術だな
──戦場に着陣した次の日には城が建ってるとか敵にとったら悪夢でしかないよなーw
──小さい部屋とはいえ、成人奴隷全員が個室貰えるとか普通じゃありえんよな
──あの構造だと必要に応じていくらでも増やせるから今後の人数の増加にも容易に対応できるよね
──……

「プレハブ工法はまだ表に出せないゴールディ商会の機密だからまだジャンも知らないんだよね。この情報は広まったら建築業界に革命起こしちゃうだろうからね。とりあえず衛生面を考えると今後、共同浴場を作って奴隷たちに入浴を習慣付けたいな、とは思ってる」

──あー、風呂は嬉しいよね
──良い待遇だなー(遠い目)
──アレムケル農園だけ技術革命が起きとるw
──やけに小綺麗なアレムケル農園の奴隷とか目立つだろうな
──む、さては干し果物の次は石鹸事業に手を出すつもりか?
──あー、サミエラとアネッタとサザナミと綺麗所が揃ってるから広告塔にするつもりかな
──ショーゴとゴンもなかなかイケメンだよ
──……

「ははは。どうだろうねー? でも、女性の美への追求の欲望は大きいからねぇ。美容関係には大きな商機があるのは間違いないだろね。実際にやるかどうかは分からないけど。
 さあ、今日のプレイ動画への解説はここまでなんだけど、この後、最初に言ってたお知らせをするよ」

──乙乙。今日も楽しかったー! 【投げ銭】
──感想戦での解説も興味深かったなー
──でもやっぱりリアルタイムでの解説欲しいなー。無理なのは分かってるけど
──マサムネ君おつかれー【投げ銭】
──ますます楽しみだなぁ
──お知らせってなんだろ?
──wktk
──……





【作者コメント】

プレハブ工法を実戦でやってのけたのは木下藤吉郎(豊臣秀吉)の墨俣の一夜城です。敵の領地の山からこっそり切り出した木をあとは組み立てるだけに加工して筏に組んで墨俣まで川を下らせ、一晩で城に組み立てるとかどれだけ先見の明があるのか、豊臣秀吉の特に好きなエピソードです。

サミエラの奴隷小屋は、1棟あたり幅2㍍奥行3㍍の長方形、前面の高さが2.5㍍で奥の高さが2㍍の片流し屋根の木造小屋で、前面のドアから入った真上に寝床兼物置としても使えるロフトがあり、奥の壁に横滑り窓がある構造です。部屋の左右は窓のない壁になっているので、同じ規格の小屋をずらっと並べて長屋にしています。共同のトイレと炊事場は別にあります。キャンプ場のバンガローみたいな感じですね。

板や木材は製材所で購入できるので、アレムケル農園内で時間があるときに奴隷たちがパーツ毎に製作して保管し、必要に応じて組み立てて使用しています。

サミエラが最初に見本を製作し、1人につき1棟が貰えるということですっかりやる気になったアレムケル農園の奴隷使用人たちが時間のあるときにパーツの製作を請け負うようになり、現在では元からいた10人ほどの奴隷使用人たちは皆が新築のプレハブ小屋に住んでいます。家族の場合は2つの小屋を内部で繋げて使うなどの工夫をしています。奴隷を追加で雇い入れる予定もあったのでとりあえず5棟を新たに建て、あと5棟分のパーツがストックされているという設定です。
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登場人物紹介

◻️名前:サミエラ・ゴールディ

◻️年齢/性別:17歳/女

◻️所属国/本拠地:イギリス/サンファン

◻️所属組織/立場:ゴールディ商会/商会長

◻️略歴:遭難死した前商会長である父親から商会を引き継ぐ。引き継ぎと同時に後見人であるロッコに協力してもらって債務整理をし、商会の規模を縮小してロッコと二人で干し果物屋として再スタートする。


◻️名前:ロッコ・アレムケル

◻️年齢/性別:45歳/男

◻️所属国/本拠地:イギリス/サンファン

◻️所属組織/立場:ゴールディ商会/副商会長

◻️略歴:元はイギリス海軍の准士官である2等航海士として重フリゲート艦【H.M.S.スワロー】に乗り組んでいた。サンファンに娼婦として売られてきたマリーに惚れ込み、彼女を身請けするために海軍を辞してサンファンを拠点に活動するゴールディ商会に転職し、商会長のジョンに信頼されて番頭となる。ジョンがロッコのためにマリーの身請け金を立て替え、マリーをメイドとして雇用してくれたことでジョンに深い恩義を感じていた。妻のマリー共々ジョンの娘のサミエラのことは実の娘のように可愛がっており、海賊との戦闘で片腕を失って船乗りを引退し、一度ゴールディ商会を辞めていた時期はサミエラの後見人としてジョンに指名されていた。ジョンの死後、サミエラを支えてゴールディ商会の債務整理と立て直しに尽力し、現在は再び事業を拡大しつつあるゴールディ商会の副商会長として忙しくも充実した日々を送っている。

◻️名前:ジャン・バール

◻️年齢/性別:42歳/男

◻️所属国/本拠地:フランス→イギリス/サンファン

◻️所属組織/立場:海事ギルド/サンファン交易所副所長

◻️略歴:元はフランスの商船乗りだったが船が難破して海上漂流中にイギリスの貿易商人ジョン・ゴールディに救われ、そのままサンファンに居着く。サンファンの交易所で頭角を表して現在は副所長。ロッコと同じくジョンからサミエラのことを頼まれており、ゴールディ商会名義で銀行に預けてある資産の管理をしていた。

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