第34話 サミエラは鍛冶工房を買い取る

文字数 4,582文字

 サミエラが奴隷たちを雇い入れてから1週間が経過した。この間、奴隷たちは壊血病の療養のために体力を使う作業からは免除され、教育期間として無理のない程度の軽作業に従事しつつ、プエルトリコの公用語であるイングランド語の教育を受けている。

 この日、サミエラは朝からロッコと一緒にサンファンの交易広場に干し果物を売りに行き、午後からは孤児院で子供たちを教えるといういつものルーティーンをこなしていた。奴隷たちは留守番であり、今日はサトウキビ農園の方の仕事をしている。

 そして夕方になった今、修理に預けていたゴンノスケの火縄銃とショーゴの小太刀を引き取りに馴染みの鍛冶屋に寄ってから、ロッコが御者をする荷馬車に乗ってアレムケル農園に戻っている途中である。
 ちなみに、サミエラが奴隷たちを雇い入れてすぐ、アレムケル農園所属の奴隷とゴールディ商会所属の奴隷が混在しているのでは色々と問題になりそうだということで、アレムケル農園はゴールディ商会と正式に経営統合してゴールディ商会に統一され、サミエラが商会長、ロッコが副商会長となっている。
 外部の人間からすれば、ロッコはサミエラに『ひさしを貸して母屋を取られた』ように見えるので、事情をよく知らない人々からの同情を集めたりもしているのだが、実際は最初からサミエラがロッコの雇い主であり、サミエラと組んだことで現在アレムケル農園は未曾有の好景気状態にあり、しかも今後さらに発展が見込めるのだから、ロッコとマリー──アレムケル夫妻も元々アレムケル農園所属だった奴隷たちも全員がこの変化を喜んでいるというのが事実である。

 そしてサミエラが背負わされている(ということになっている)莫大な借金も、サミエラ個人ではなくアレムケル農園と統合したゴールディ商会としての負債と見なされるようになり、これならいずれは返済できるのではないか? と周囲からも思われつつあり、当初の絶望的な状況からよくぞここまで持ち直した、とサミエラの商才とロッコの献身的な補佐を誉める声もチラホラ上がっている。……実際には莫大な借金など最初から存在せず、初期資金の20000ペソに加えて持ち家を処分した分でおよそ10000ペソが上積みされ、船の改装やプレハブ奴隷小屋の材料費や仕入れ金や奴隷の購入資金などで多少は減ったものの、銀行からの利息収入や干し果物の売上収入などで補填され、結果的に個人資産は28000ペソとやや目減りしているが、船や農園や奴隷などの動産、不動産の価値を加えた商会の総資産額でいえば50000ペソ以上を有していることになる。

「……それにしても」と、ロッコが隣に座るサミエラをジト目で睨む。「修理に出してたもんを引き取りに行くってだけの話が、どう転んだらクライストのオヤジの鍛冶工房を職人ごと丸っと買い取るなんてふざけた話になるんだ?」

 サミエラは涼しい顔で応じる。

「だって、クライストさんみたいな腕のいい鍛冶屋を廃業させるなんて勿体ないじゃない。……それに、今後、ゴールディ商会の機密情報の流出を避けるためには、外部委託じゃなくてうちの傘下の専属に仕事を任せられる方が安心だわ」

「まあ、それはそうなんだけどよ。そこまでしてその銃の秘密は隠さなくちゃいけねぇのか?」

「おじ様、腕のいい銃士は狙撃でどれぐらい離れた敵を倒せるかしら?」

「んー、当てるだけなら100ヤードぐらいいけるだろうが、ヘッドショットで一撃で仕留めるとなると50ヤードが精々だろうな」

「このゴンノスケの銃は100ヤードなら余裕で精密射撃できるわ。当てるだけなら300でも余裕よ」

「んなっ? こんな旧式のマッチロックガンがか!?」

「見た目は確かに旧式だけどね、構造にはかなり独自の技術が使われてるから見た目通りの旧式銃とは別物と思っていいわ。といっても銃そのものの性能は流通しているマスケット銃とさほど変わらないんだけど、すごいのはこの銃専用の弾なのよね。でもこの弾の技術そのものは簡単に模倣できるものだから情報が流出したら簡単に高性能の銃が作れてしまうわね。言うなればコロンブスの卵なのよ」

「それは、既存のフリントロック式の銃にも簡単に取り込めるものなのか?」

「そうね。そのままは使えないけど、ちょっと改造するだけで、今のマスケット銃でも性能が2倍ぐらいに向上すると思うわ」

「……あー、そりゃあ秘匿しなきゃいけねぇな」

「クライストさんには、今回はその専用の弾は見せていないわ。この弾だけは外部発注せずにうちでこっそり製造するつもりだったからね。実際、今ある弾もゴンノスケが自作したものよ。でも、偶然とはいえ、クライストさんの工房が借金で立ち行かなくなって廃業するという話を聞いたからいい機会だと思ったのよね。自前の鍛冶工房を商会内に持てれば、ゴンノスケの銃をベースにした高性能な銃と大砲、それとそれぞれの専用の弾を用意できるようになるわ」

「うーむ、まああのオヤジの工房は戦争中に銃と大砲の生産で景気よくやってたが戦争が終わって需要が激減して傾いたクチだかんなぁ。そのへんのノウハウはあるわな」

「干し果物やプレハブ工法のノウハウは流出しても別に困らないわ。むしろ機会を見つけて広げていく予定だし。でも、この新式銃の秘密は可能な限り秘匿しなくちゃいけないわ。例え工房を買い取ってでも。そうすればいざ戦闘になった時にこちらは敵より遠くから一方的に蹂躙できるし、銃が相手に奪われても専用の弾の存在が分からなければ本来の性能は発揮できないわけだから」

「なるほどな。むしろ干し果物やプレハブ工法を目眩ましにして本当に隠さなきゃいけねえ秘密を隠すってわけか。それを考えるなら、鍛冶工房をそこで働く人間ごと買い取るってのは理には叶ってるわけだな」

「賛成していただけたと思っていいかしら?」

「元より反対する気はねぇさ。嬢ちゃんの戦略眼と商売への嗅覚は信頼してるからな。だからさっきも大金が絡むと分かっていたが必要なことなんだろうとあえて反対しなかったんだ。だが、嬢ちゃんが何を考えてあえて鍛冶工房を買い取ることにしたのかその理由はちゃんと知っておきたいと思ってな」

「さすがおじ様は話が早いわ」

「嬢ちゃんに振り回されるのにもいい加減慣れてきたからな。だが、心の準備ってもんもあるからよ、でかい金が動く取引をするんならあらかじめ言ってくれると助かる」

「善処するわ」


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【その時、歴史を動かしたCh 考証解説Vol.7 パーソナリティー:Sakura&Nobuna】

Sakura「ねえノブナ、うちは銃のことは詳しゅうなかけん教えてほしかとよ。ゴンさんの火縄銃は戦国時代の火縄銃とどう違うと?」

Nobuna「そうじゃのー、史実じゃと戦国末期の安土桃山時代に権力を握ったハゲネズミ……秀吉の奴が刀狩りをして刀剣や銃を取り上げたから、その時点で日本における火縄銃の進化は終わったんじゃがのぅ、ゴンノスケの一族は毛利に匿われて火縄銃の改良を続けておったんじゃなぁ。なかなか面白い進化を遂げておるようじゃぞ」

──ノブナは火縄銃を語ると嬉々としとるなw
──サクラさんはそのままでいて!
──ライフリング彫ってあるとか?
──専用弾を使うって言ってたな
──そもそもマスケット銃とは?
──……

Nobuna「マスケット銃というのは前装式で銃身の内部に施条(ライフリング)されていない滑空式の銃の総称じゃな。ライフリングがないと弾道が安定せんから距離があると着弾がバラけるのが欠点じゃ。野球のナックルボールみたいな感じじゃな。じゃから運用法としては数を揃えて敵集団への統制射撃で面制圧するのが主な活用法じゃ。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるというわけじゃ」

──ゴンノスケの銃は命中精度の低さという欠点が改善されてると?
──戦列歩兵とかマスケット銃の為の運用法だよな
──ぶっちゃけ弓の方が使い勝手いいけど、威力が違うのが大きいんだよなぁ
──1発撃ったら銃剣装着で槍として使うんやで
──……

Nobuna「銃身にライフリングをすれば弾に回転が加わって真っ直ぐ飛ぶんじゃが、それは工作技術がある程度発展せんと難しいのぅ。少なくともこの時代ではまだ無理じゃ。じゃからゴンノスケの銃の場合、ハードそのものではなくソフトを改良しとるわけじゃな。具体的には、弾を球形から椎の実形に変え、弾そのものに施条することで滑空式の銃から発射された弾が回転しながら飛んでいくようにして命中精度の向上が図られとるわけじゃ」

──!! ミニエー弾かっ!
──ほー、確かにこれはネタがばれたら簡単に真似できるな
──鉛弾なら鋳型さえあれば自分で作れるもんな
──コロンブスの卵ね、発想の転換ってわけだ
──これなら一般的なマスケット銃でもすぐ採用できちゃうね
──……

Nobuna「ミニエー弾とはちと違うのぅ。近いのはスラッグ弾じゃな。おまけにこの弾は、1発分の火薬を詰めた紙製の薬莢に弾頭が糊付けで固定されておるから、火薬と弾を装填した後でかるかで突き固める手順を省略できるのじゃ。まあ、これは実演してみせるのが早いじゃろう。ちょっと見ておれ」

 言うなりノブナがホロディスプレイを操作して2挺の火縄銃を実体化させ、そのうちの1挺を手に取って装填作業を実演してみせる。

Nobuna「これが従来型の火縄銃じゃが、まずは火蓋を閉じて、銃口から火薬を流し入れて、球形の弾を転がり出んように布切れ(パッチ)で包んで押し込んで、かるかで突き固めて、火縄の火を吹いて火勢を強めて、火蓋を開けて火取り皿に点火薬を入れて、狙いを定めて撃つわけじゃ。まあだいたい20秒から30秒はかかるのぅ」

──長っ!
──手順多いなー
──乱戦では絶対使えんわ
──これは使い勝手悪すぎ
──……

Nobuna「で、次にゴンノスケの改良型火縄銃じゃが、こっちは最初に火蓋を開けて、銃口から薬莢と弾がセットになった銃弾をかるかで奥まで押し込むんじゃ。そして火縄を吹いて火勢を強めて、火蓋を一度閉じてまた開くと、火蓋の内側の爪が紙薬莢を破って中の火薬の一部を火取り皿まで引き出してくれるから点火薬の装填は不要でこのまま狙いを定めて撃てるわけじゃ。だいたい10秒から15秒といったところじゃな」

──これはすごいな
──だいぶ手順が簡略化されてるね
──火蓋の内側の爪がいい仕事してる
──これは火縄銃の正当進化
──サミエラが最高機密に指定するのも納得だわ
──有効射程と命中精度が向上して、その上で操作性も良くなってるならそれだけで戦局左右するよね
──この時代の技術で容易に再現可能なのがまたヤバいな
──……

Nobuna「……とまあこの時代としては破格の高性能な銃なわけじゃな。これからゴールディ商会にとって避けられん戦いもあるじゃろうから、この銃をベースに量産した高性能銃を揃えておけば切り札の1つになりうるというわけじゃ」

──解説乙【投げ銭】
──実際に旧式火縄銃を使ってた人間が説明すると違うね
──大盤解説楽しすぎる!!
──火縄銃の魔改造に日本人のDNAを感じるw
──ほんそれwww
──……



【作者コメント】
ゴンノスケの火縄銃はオリジナル設定ですが、もし秀吉の刀狩りが行われず、火縄銃の改良が江戸時代もずっと進められていたら有り得た進化先だと思っています。
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登場人物紹介

◻️名前:サミエラ・ゴールディ

◻️年齢/性別:17歳/女

◻️所属国/本拠地:イギリス/サンファン

◻️所属組織/立場:ゴールディ商会/商会長

◻️略歴:遭難死した前商会長である父親から商会を引き継ぐ。引き継ぎと同時に後見人であるロッコに協力してもらって債務整理をし、商会の規模を縮小してロッコと二人で干し果物屋として再スタートする。


◻️名前:ロッコ・アレムケル

◻️年齢/性別:45歳/男

◻️所属国/本拠地:イギリス/サンファン

◻️所属組織/立場:ゴールディ商会/副商会長

◻️略歴:元はイギリス海軍の准士官である2等航海士として重フリゲート艦【H.M.S.スワロー】に乗り組んでいた。サンファンに娼婦として売られてきたマリーに惚れ込み、彼女を身請けするために海軍を辞してサンファンを拠点に活動するゴールディ商会に転職し、商会長のジョンに信頼されて番頭となる。ジョンがロッコのためにマリーの身請け金を立て替え、マリーをメイドとして雇用してくれたことでジョンに深い恩義を感じていた。妻のマリー共々ジョンの娘のサミエラのことは実の娘のように可愛がっており、海賊との戦闘で片腕を失って船乗りを引退し、一度ゴールディ商会を辞めていた時期はサミエラの後見人としてジョンに指名されていた。ジョンの死後、サミエラを支えてゴールディ商会の債務整理と立て直しに尽力し、現在は再び事業を拡大しつつあるゴールディ商会の副商会長として忙しくも充実した日々を送っている。

◻️名前:ジャン・バール

◻️年齢/性別:42歳/男

◻️所属国/本拠地:フランス→イギリス/サンファン

◻️所属組織/立場:海事ギルド/サンファン交易所副所長

◻️略歴:元はフランスの商船乗りだったが船が難破して海上漂流中にイギリスの貿易商人ジョン・ゴールディに救われ、そのままサンファンに居着く。サンファンの交易所で頭角を表して現在は副所長。ロッコと同じくジョンからサミエラのことを頼まれており、ゴールディ商会名義で銀行に預けてある資産の管理をしていた。

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