第1話 プロローグ①【その時、歴史を動かした!】にようこそ

文字数 2,972文字

 漆喰の白い壁に囲まれ、青い畳が敷かれた整頓の行き届いた八畳の和室の中央には囲炉裏があり、そのすぐ傍に置かれている座布団には一人の若い男が正座していた。
 戦国時代風の黒い甲冑に身を包み、金色に輝く弦月の前立てをつけた兜。そして右目につけた眼帯。
 地球古代史におけるジャパンの歴史に詳しい者が見れば、伊達政宗(だてまさむね)という人物名が出てくることだろう。
 彼は両手で持った湯呑みからズズッと緑茶を啜り、ふうっと一息つくと湯呑みを盆の上に戻し、目の前に立体映像(ホロ)ディスプレイを出現させてポンポンとタップしていく。
 そして、何度かの深呼吸をしてから、現在ディスプレイ上に表示されている【ON AIR(オンエアー)】をタップして口を開いた。

「やあみんな! ゲーム実況者のマサムネだよ! G.tube(ギャラクシーチューブ)の俺のチャンネル【その時、歴史を動かした!】にようこそ」

 たちまちディスプレイ上に視聴者からのコメントログが流れ始める。

――きた! 待ってた!!
――マサムネ君キター
――wktk
――初めてです。楽しみです♪
――始まった!!
――歴史が動くぞ
――新シリーズと聞いて
――……

「おお、今回初めて来てくれたリスナーさんもいるんだね。楽しんでいってね! そしてリピートしてくれたリスナーのみんな! いつも応援ありがとう! そう、今日から30年(・・・)振りの新シリーズをスタートするよ!」

――いやがおうにも高まる期待! 【投げ銭】
――祝! 新シリーズ! 【投げ銭】
――ご祝儀【投げ銭】
――この歴史的瞬間に立ち会えるなんて【投げ銭】
――129年前の最初期からずっとファンです【投げ銭】
――そっか。前シリーズの『天下布武~夢幻の如くなり~』は30年やってたのか~。楽しすぎてあっという間だったわ【投げ銭】
――……【投げ銭】【投げ銭】【投げ銭】【投げ銭】

「ちょ、ちょっとみんな! 新シリーズを祝ってくれるのは嬉しいけどいきなりスパチャ連射で蜂の巣にするのはやめてぇ! 今この一瞬で1億クレジット超えたんだけどっ! てか俺の生活スタイルでは貰ってもマジで使い途ないからっ!」

――それだけ期待されてるってことでw【投げ銭】
――暇をもて余してる俺の唯一の楽しみ【投げ銭】
――者共、放てぇ!! 【投げ銭】
――マサムネの新シリーズの始まりに立ち会えるなんて数十年に一度だし【投げ銭】
――マサムネ君の最初のシリーズ『バトルオブブリテン ~鉤十字のゼロ戦~』からずっと追いかけてる【投げ銭】
――祭りなんやで諦めな~【投げ銭】
――ワッショイワッショイ♪【投げ銭】
――……【投げ銭】【投げ銭】【投げ銭】【投げ銭】

「ちょっとちょっとちょっとぉ! なんでペース上げるのっ? ワッショイワッショイってノリで投げるなー! ……あ、3億クレジットって嘘やろ」

 インターネットという言葉は既に廃れて久しく、銀河中に張り巡らされた超高速通信網ギャラクシーネットによって銀河系のどこにいてもほぼタイムラグ無しで生配信を視聴できるのがこの時代だ。
 立体動画共有サービスG.tube(ギャラクシー・チューブ)の人気の配信者のチャンネル登録数は兆を越える場合も少なくない。そんな膨大な数のファンからの投げ銭(スパチャ)はそれだけで文字通り天文学的な金額になる。
 過去の配信によって人気を得て、すでに一生かかっても使いきれないほどの資産を有しているマサムネにとって投げ銭はありがたいというより、もはや持て余している。訓練の行き届いたファンたちはそれが分かった上でマサムネの反応が楽しくてあえてスパチャで殴っている一面もあるが。

 ご祝儀の投げ銭ラッシュがようやく落ち着いたところでマサムネが話を進めるが、すでに疲労困憊の様子であった。

「……みんなの期待はしっかり受け止めたよ。さて、すでに俺のチャンネルを観てくれてる人は知ってると思うけど、初めての人のために簡単にチャンネルの説明をさせてもらうね」

――マサムネのこういうところ好きだわ
――wktk
――……

「人類が宇宙に進出してもう5千年近くになるね。今では天の川銀河全体に生存圏を拡大して、平均寿命も500年ぐらいまで延びて、僕らは平和と繁栄を楽しんでる。だけど有り余る時間をもて余しちゃってる人もいるよね」

――俺やなw
――呼んだ?
――わいも。
――呼ばれた気がした
――……

「まあそんなわけで、今の時代、一つのゲームを数十年かけてじっくりやりこむのも普通になってきているし、ゲームそのものもそれを前提に長く楽しめるような造りになってきてるけど、逆にボリュームがありすぎて軽い気持ちでは手が出しにくくなってる一面も否めないよね。だからこそ、俺たちみたいなプロの実況プレイヤーがいるわけだね。いろんな事情で自分ではプレイできなくても、実況者のプレイを共有することでその場の臨場感を楽しんでもらおうってわけだ」

――楽しみすぎる!!
――マサムネのプレイ動画は正直ハマる
――わざとらしさがないもんな
――ただの攻略じゃなくてナチュラルに楽しんでるもんな
――楽しんで楽しませるスタイル
――……

「プロの実況者は俺以外にもたくさん活動してるけど、俺のチャンネルでは、人類がまだ母なる地球に住んでいた頃の地球古代史をテーマにしたリアルタイムシミュレーション、いわゆるRTSを主にプレイ配信してるね。過去の歴史の一つの時代に紛れ込んでしまった一人の人間としての生きざまを観てもらうってのが俺のスタイルだから、ゲーム内では登場人物になりきってプレイするよ。ただし、定期的にログアウトしてこのバーチャルマイルームから今みたいな感じで解説したりするし、ライブ版をコンパクトにまとめたダイジェスト版も随時アップするからリアルタイムで観損ねた人はそっちを楽しんでもらうこともできるよ」

――ぶっちゃけゲームというより大河ドラマ
――IF戦記だけどマサムネが役になりきってるからリアリティやべぇ
――本物の歴史とごっちゃになる
――総集編でバトルオブブリテン観てきたわ
――これは史実じゃなくてフィクションだからな!
――ドイツ空軍にゼロ戦部隊が無かったってほんと?
――織田信長が初めて世界征服したのは史実だよな
――……

「さて、俺がこれまでプレイしてきたRTSはどれも、その時代を専攻する地球古代史の研究所(ラボ)が研究成果の発表としてリリースしてきたものだけど、今回は【帆船時代研究ラボ】が地球古代史における18世紀のカリブ海を舞台に制作したもので、タイトルは【West(ウェスト)India(インディア) Company(カンパニー)】意味は西インド会社だね」

――西インド会社?
――帆船時代っていつ?
――ロマンに溢れる冒険航海時代!
――wktkが止まらない
――カリブ海ってアメリカよね。なんでインド関係ないじゃん
――次は海賊ものかぁ! 楽しみぃ!!
――……

「俺もなんで西インドなのよ? って思って調べてみたんだ。とりあえず地球の地図共有するから見ながら説明してくね」

 マサムネがディスプレイをポンポンと操作してメルカトル図法で描かれた地球の地図を表示する。ヨーロッパが中心で右に極東、左に南北アメリカが描かれているタイプだ。

「この地中海の北側が欧州(ヨーロッパ)。いわゆる西洋文明の中心地だね。そして地中海の東側に中東があり、中東のさらに東にインドがある。ここまではオッケー?」

――マサムネ先生の歴史講座
――理解した
――おけおけ
――まだ大丈夫
――……


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

◻️名前:サミエラ・ゴールディ

◻️年齢/性別:17歳/女

◻️所属国/本拠地:イギリス/サンファン

◻️所属組織/立場:ゴールディ商会/商会長

◻️略歴:遭難死した前商会長である父親から商会を引き継ぐ。引き継ぎと同時に後見人であるロッコに協力してもらって債務整理をし、商会の規模を縮小してロッコと二人で干し果物屋として再スタートする。


◻️名前:ロッコ・アレムケル

◻️年齢/性別:45歳/男

◻️所属国/本拠地:イギリス/サンファン

◻️所属組織/立場:ゴールディ商会/副商会長

◻️略歴:元はイギリス海軍の准士官である2等航海士として重フリゲート艦【H.M.S.スワロー】に乗り組んでいた。サンファンに娼婦として売られてきたマリーに惚れ込み、彼女を身請けするために海軍を辞してサンファンを拠点に活動するゴールディ商会に転職し、商会長のジョンに信頼されて番頭となる。ジョンがロッコのためにマリーの身請け金を立て替え、マリーをメイドとして雇用してくれたことでジョンに深い恩義を感じていた。妻のマリー共々ジョンの娘のサミエラのことは実の娘のように可愛がっており、海賊との戦闘で片腕を失って船乗りを引退し、一度ゴールディ商会を辞めていた時期はサミエラの後見人としてジョンに指名されていた。ジョンの死後、サミエラを支えてゴールディ商会の債務整理と立て直しに尽力し、現在は再び事業を拡大しつつあるゴールディ商会の副商会長として忙しくも充実した日々を送っている。

◻️名前:ジャン・バール

◻️年齢/性別:42歳/男

◻️所属国/本拠地:フランス→イギリス/サンファン

◻️所属組織/立場:海事ギルド/サンファン交易所副所長

◻️略歴:元はフランスの商船乗りだったが船が難破して海上漂流中にイギリスの貿易商人ジョン・ゴールディに救われ、そのままサンファンに居着く。サンファンの交易所で頭角を表して現在は副所長。ロッコと同じくジョンからサミエラのことを頼まれており、ゴールディ商会名義で銀行に預けてある資産の管理をしていた。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み