06 順序の確定【推理編2】
文字数 3,639文字
雪深い神社に重い沈黙がおとずれた。
話が物騒な方向に戻ってきてしまったからだ。
誰よりも平和的結論を望む樫葉会長が、さっそく取り乱し始める。
「私が襲われた……だって? この私が誰かの恨みを買っているとでもいうのか!?」
「落ち着いてください、会長。この町に会長を恨んでる奴なんて、いないべ」
門脇さんが必死になだめる。
「もし会長を襲った輩 がいるとしたら……そいつは通りすがりの『賽銭泥棒』か何かに違いねえ」
「賽銭泥棒!」
メシアの目に輝きが戻った。
「そうか賽銭を盗もうとして、除雪にいそしむ私が邪魔で襲ったんだな! 西木幌町の住人の願いが込められた賽銭を盗もうとするとは、許せんな! 」
年のわりに軽快な動きで、きしむ階段をかけ上がり、賽銭箱を調べる。
「……ふん。鍵も壊されていないし、中身も無事みたいだ。でも、町内で空き巣騒ぎがあったことだし、一応、交番に通報しておくか。よし、私が行こう」
不安げに周りを見渡しながら、会長が歩き出す。
泥棒だか暴漢がここに潜んでいるかもしれないという説を、まだ気にしているのだろう。
「ちょっと待ってくださいよ」
先走る会長を絆が止める。
「賽銭泥棒って。そんな奴が、いつ、ここに忍びこんだっていうんです。会長が着いた八時半の時点で、拝殿への道は塞がれていたんですよ?」
「会長が来る前から忍び込んでいたんだべ」
門脇さんが平然と答える。
「ふうん、会長が来る前にね。じゃあ、誰もいない境内で賽銭を盗んで、いや盗めなかったとしても、さっさと逃げれば済む話でしょ? 会長をわざわざ襲ったのは何故だよ」
「盗もうとしたところに、ちょうど会長が現れたんだべ」
「ぬ……」
睨み合う絆と門脇さん。
「ずいぶんと賽銭泥棒説を推すんだな。もしかして、門脇のオジサンが、会長を襲った犯人ってわけじゃないだろうな?」
「ちょっと絆! なんてこというのよ!」
行き過ぎた発言をした幼馴染を、花凛がとがめる。
「こんなにチビっこい門脇のオジサンが、あんなに馬鹿デカい会長を襲えるわけないでしょ!」
どうでもいいが、表現がイチイチ失礼だ。
幼馴染の不毛な争いを眺めているうちに、俺はまたあること に気付いてしまった。
……ん?
一瞬目を離した隙に、急展開が起きていた。絆が門脇さんに土下座していたのだ。
「ごめん! やっぱりオジサンは犯人じゃない!」
「わかればいいのよ」
花凛に肩を叩かれた絆は、「いや、ちゃんとした根拠があるんだ」と言い返す。
「いいか? 会長は頭のてっぺん――頭頂部を打たれている」
「……それが? さっき、祈も同じこと言ってたじゃん」
「とりあえず聞いてくれ。どんな凶器が使われたのかはわからないけど、普通に考えて、190センチを超える会長の頭頂部 を打つには、さらに上の位置 から打撃を加えなければならない。身長160センチ以下の門脇のオジサンがそれをやった、というのはどう考えても無理があるんだ」
「絆、聞いてもいいか?」
「おう」
「190センチを超える会長を襲った犯人ってのは、一体どんな怪物なんだろうな?」
どうだ――と言わんばかりに振り向いた幼馴染に、ずばり指摘する。
「会長を超える巨人、というと、まずこの町には存在しないだろう。この町以外の人間で、たまたま 会長を襲う動機を持っていて、その人物がたまたま 二メートル近くの巨漢だった、という可能性も無きにしも在らずだがな」
「……ナンセンスだ」
絆が頭を抱えた。
ミステリマニアの性ゆえに、あまりに現実的でない可能性は受け入れられないのだ。
「そこまでの巨人じゃなくても、会長の脳天は打てるぞ」
俺は、西木幌町のメシアを呼ぶ。
「会長、賽銭箱の前に立ってもらえますか?」
「……え?」
戸惑いを見せながらも、会長は指示に従う。実に従順だ。
それにしても――コイツやたら操作しやすいな。心に秘めているS心が揺れる。いや、でもこんなオッサンが相手じゃな……。
下らないことを考えながらも、俺は階段を軋ませながら会長の背後に近づく。犯人のつもり。
「無理だろ」
背後で絆のつぶやきが聞こえた。
絆の発想は良かった。が、少し足りない。俺の身長は175センチあるが、確かにこの状態のままじゃ無理。だから――こうする。
「会長、しゃがんで ください」
言われたとおり膝をつく会長。
一気に間合いを詰めて、俺は蓬髪の脳天を手刀打ち した。
「あっ!」
な? 出来ただろう。
「そ、そうか……これだけの巨人でも、しゃがんでもらえば頭頂部を打てる――! いや、でもっ、それはおかしいぞ祈!」
納得いかない、とばかりに絆が詰め寄ってくる。
「今のは、お前が 指示したから会長はしゃがんでくれたんだろ? 犯人に そんなことを言われて、いうとおりにするバカがどこにいる」
「いや、だからさ」
まだわからないか。
「最初っから 、しゃがんでたんだよ」
「さいしょから……?」
そう。
会長は元々しゃがんで いた――その状態で、背後から襲われたのだ。これが、もっともシンプルで無理がない《巨人の頭頂部・襲撃事件》の解釈だろう。
「でもさあ、どうして、しゃがんでいたんだよ?」
「さあ……?」
そればっかりは、本人に思い出してもらうしかない。
もうその必要はないのに、会長は、賽銭箱の前で膝をついたままじっとしていた。
「――500円」
「会長?」
どこか普通でない様子に、門脇さんが心配して覗き込もうとする。
「500円……そうだ、500円!」
静寂の神社に、しわがれた老人の叫びが響いた。
門脇さんが驚いてのけ反っている。とうとう狂ったか?
いい加減、不安も最高潮になってきたところ、会長はすっくと立ち上がった。
「あったぞー!!」
表彰台に上った選手のごとく、誇らしげな表情で振り向く。
その手は、メダル――ではなく、シルバーのコインが握られていた。
「思い出したよ! 除雪してる途中、せっかくだから私も参拝しておこうと思ったんだ」
会長はぎょろりとした目を輝かせながら話す。
「賽銭箱の前で、5円玉を財布から取り出そうとしたら、誤って500円玉を落としてしまってね……それを拾おうとして、しゃがんでいたんだ」
ぺろり、と舌を出す会長。皆呆気にとられていた。
せこい。せこすぎる!!
しゃがんでいた理由はわかったが、こんなに下らない理由だったとは。
しかし、ひとつの状況が確定した。
会長は落とした硬貨を拾おうとして、賽銭箱の前にしゃがんでいたところを、背後から襲われたのだ。
襲撃によって、会長は賽銭箱に額を打って流血――賽銭箱の血はそのとき付いたものだろう――、そして昏倒したのである。
こうしてあの発見時の状態が出来上がった――。
「ストップ。まだ確認したいことがある」
頭の中で状況を整理していると、またも絆が制してくる。
「犯人の攻撃が、会長が額を打つよりも前 だったかどうかは決められないんじゃないか? 会長が、自分で転んで額を打った方が先 だったという可能性も捨てきれないだろ」
「No goodだな」
「何で?」
「額を打った会長を、さらに襲う理由はなんだ? 念には念をいれたかったから? まあいいだろう。でも、考えてみろよ」
だんだんと寒くなってきた。白い息を吐きながら俺は続ける。
「額を流血するほど強く打った会長は、どういう状態になると思う? まず、立ってはいられない。仰向けかうつ伏せ、どちらの体勢でもいいが、倒れる ことになる。想像してみろ。横になっている 相手の頭頂部 を打つことは難しいぞ」
説明された絆は、頭の中でシュミレーションしているのか、せわしなく表情を動かしている。
ハンマーのような武器だったら可能か。
が、横 方向にスイングするよりも、上下 に振り下ろした方が、明らかに力が込めやすい――すでに負傷している額にめがけて、凶器を振り下ろした方がよっぽど効率的だろう。
「無理に頭頂部を打たなくても、攻撃する部位は他にもたくさんある。会長が額を打って倒れた後に、攻撃がされたっていう順序はやっぱり不自然だよ」
「……ぐ、そうか」
狐顔を歪ませて、絆はくやしげに呻いた。
順序が、状況が、確定されていく。
しかしまだ謎は多い。
犯人は誰なのか、今どこにいる――?
凶器は――?
そして――動機は?
話が物騒な方向に戻ってきてしまったからだ。
誰よりも平和的結論を望む樫葉会長が、さっそく取り乱し始める。
「私が襲われた……だって? この私が誰かの恨みを買っているとでもいうのか!?」
「落ち着いてください、会長。この町に会長を恨んでる奴なんて、いないべ」
門脇さんが必死になだめる。
「もし会長を襲った
「賽銭泥棒!」
メシアの目に輝きが戻った。
「そうか賽銭を盗もうとして、除雪にいそしむ私が邪魔で襲ったんだな! 西木幌町の住人の願いが込められた賽銭を盗もうとするとは、許せんな! 」
年のわりに軽快な動きで、きしむ階段をかけ上がり、賽銭箱を調べる。
「……ふん。鍵も壊されていないし、中身も無事みたいだ。でも、町内で空き巣騒ぎがあったことだし、一応、交番に通報しておくか。よし、私が行こう」
不安げに周りを見渡しながら、会長が歩き出す。
泥棒だか暴漢がここに潜んでいるかもしれないという説を、まだ気にしているのだろう。
「ちょっと待ってくださいよ」
先走る会長を絆が止める。
「賽銭泥棒って。そんな奴が、いつ、ここに忍びこんだっていうんです。会長が着いた八時半の時点で、拝殿への道は塞がれていたんですよ?」
「会長が来る前から忍び込んでいたんだべ」
門脇さんが平然と答える。
「ふうん、会長が来る前にね。じゃあ、誰もいない境内で賽銭を盗んで、いや盗めなかったとしても、さっさと逃げれば済む話でしょ? 会長をわざわざ襲ったのは何故だよ」
「盗もうとしたところに、ちょうど会長が現れたんだべ」
「ぬ……」
睨み合う絆と門脇さん。
「ずいぶんと賽銭泥棒説を推すんだな。もしかして、門脇のオジサンが、会長を襲った犯人ってわけじゃないだろうな?」
「ちょっと絆! なんてこというのよ!」
行き過ぎた発言をした幼馴染を、花凛がとがめる。
「こんなにチビっこい門脇のオジサンが、あんなに馬鹿デカい会長を襲えるわけないでしょ!」
どうでもいいが、表現がイチイチ失礼だ。
幼馴染の不毛な争いを眺めているうちに、俺はまた
……ん?
一瞬目を離した隙に、急展開が起きていた。絆が門脇さんに土下座していたのだ。
「ごめん! やっぱりオジサンは犯人じゃない!」
「わかればいいのよ」
花凛に肩を叩かれた絆は、「いや、ちゃんとした根拠があるんだ」と言い返す。
「いいか? 会長は頭のてっぺん――頭頂部を打たれている」
「……それが? さっき、祈も同じこと言ってたじゃん」
「とりあえず聞いてくれ。どんな凶器が使われたのかはわからないけど、普通に考えて、190センチを超える会長の
「絆、聞いてもいいか?」
「おう」
「190センチを超える会長を襲った犯人ってのは、一体どんな怪物なんだろうな?」
どうだ――と言わんばかりに振り向いた幼馴染に、ずばり指摘する。
「会長を超える巨人、というと、まずこの町には存在しないだろう。この町以外の人間で、
「……ナンセンスだ」
絆が頭を抱えた。
ミステリマニアの性ゆえに、あまりに現実的でない可能性は受け入れられないのだ。
「そこまでの巨人じゃなくても、会長の脳天は打てるぞ」
俺は、西木幌町のメシアを呼ぶ。
「会長、賽銭箱の前に立ってもらえますか?」
「……え?」
戸惑いを見せながらも、会長は指示に従う。実に従順だ。
それにしても――コイツやたら操作しやすいな。心に秘めているS心が揺れる。いや、でもこんなオッサンが相手じゃな……。
下らないことを考えながらも、俺は階段を軋ませながら会長の背後に近づく。犯人のつもり。
「無理だろ」
背後で絆のつぶやきが聞こえた。
絆の発想は良かった。が、少し足りない。俺の身長は175センチあるが、確かにこの状態のままじゃ無理。だから――こうする。
「会長、
言われたとおり膝をつく会長。
一気に間合いを詰めて、俺は蓬髪の脳天を
「あっ!」
な? 出来ただろう。
「そ、そうか……これだけの巨人でも、しゃがんでもらえば頭頂部を打てる――! いや、でもっ、それはおかしいぞ祈!」
納得いかない、とばかりに絆が詰め寄ってくる。
「今のは、
「いや、だからさ」
まだわからないか。
「
「さいしょから……?」
そう。
会長は元々
「でもさあ、どうして、しゃがんでいたんだよ?」
「さあ……?」
そればっかりは、本人に思い出してもらうしかない。
もうその必要はないのに、会長は、賽銭箱の前で膝をついたままじっとしていた。
「――500円」
「会長?」
どこか普通でない様子に、門脇さんが心配して覗き込もうとする。
「500円……そうだ、500円!」
静寂の神社に、しわがれた老人の叫びが響いた。
門脇さんが驚いてのけ反っている。とうとう狂ったか?
いい加減、不安も最高潮になってきたところ、会長はすっくと立ち上がった。
「あったぞー!!」
表彰台に上った選手のごとく、誇らしげな表情で振り向く。
その手は、メダル――ではなく、シルバーのコインが握られていた。
「思い出したよ! 除雪してる途中、せっかくだから私も参拝しておこうと思ったんだ」
会長はぎょろりとした目を輝かせながら話す。
「賽銭箱の前で、5円玉を財布から取り出そうとしたら、誤って500円玉を落としてしまってね……それを拾おうとして、しゃがんでいたんだ」
ぺろり、と舌を出す会長。皆呆気にとられていた。
せこい。せこすぎる!!
しゃがんでいた理由はわかったが、こんなに下らない理由だったとは。
しかし、ひとつの状況が確定した。
会長は落とした硬貨を拾おうとして、賽銭箱の前にしゃがんでいたところを、背後から襲われたのだ。
襲撃によって、会長は賽銭箱に額を打って流血――賽銭箱の血はそのとき付いたものだろう――、そして昏倒したのである。
こうしてあの発見時の状態が出来上がった――。
「ストップ。まだ確認したいことがある」
頭の中で状況を整理していると、またも絆が制してくる。
「犯人の攻撃が、会長が額を打つよりも
「No goodだな」
「何で?」
「額を打った会長を、さらに襲う理由はなんだ? 念には念をいれたかったから? まあいいだろう。でも、考えてみろよ」
だんだんと寒くなってきた。白い息を吐きながら俺は続ける。
「額を流血するほど強く打った会長は、どういう状態になると思う? まず、立ってはいられない。仰向けかうつ伏せ、どちらの体勢でもいいが、
説明された絆は、頭の中でシュミレーションしているのか、せわしなく表情を動かしている。
ハンマーのような武器だったら可能か。
が、
「無理に頭頂部を打たなくても、攻撃する部位は他にもたくさんある。会長が額を打って倒れた後に、攻撃がされたっていう順序はやっぱり不自然だよ」
「……ぐ、そうか」
狐顔を歪ませて、絆はくやしげに呻いた。
順序が、状況が、確定されていく。
しかしまだ謎は多い。
犯人は誰なのか、今どこにいる――?
凶器は――?
そして――動機は?