05 罰当たりな石【推理編1】
文字数 2,653文字
「会長」
ちょいちょい、と門脇さんが樫葉会長を手招きしている。
「ここに寝転がってみてください。そうそう」
「え?」
会長は参道の真ん中にある石を枕に、仰向けに横になった。
わりに素直だ。こいつ、カリスマぶってはいるが、実は格下の役員たちに踊らされているだけなのかもしれない。
「発見したときと同じだ……」
「そうね」
絆と花凛が頷き合っている。
たしかに。賽銭箱の前にある階段を下ったところ――『ガリバー』が倒れていたのはそこだった。
「な?」
門脇さんが、白い歯をむき出しにして笑っている。
「会長は滑って転んで、賽銭箱に額を打ったんだな。そんで、よろめきでもして、後ろに倒れて石に頭を打った。そんなところじゃないべか」
思わず唸った。なんと――!
偶然が重なり過ぎてる感はあるものの、辻褄は合っている。
倒れていた会長の頭の下に、石があったかどうかまでは、発見時のパニックで覚えていないが。
あとは、会長がそれを思い出しさえすれば事件は解決だ。いや、もう事件ではなく、事故か。
が、当の本人は腑に落ちない表情をしている。
「……でも、それじゃあ、あまりにも私がドジってことに……」
「やっぱり思い出せないんですね?」
「いや……誰かに襲われたというよりはマシだ。うん、そういうことにしておこう! ね?」
窪んだ片目を瞑り、舌を出した。気持ち悪い!
カリスマよりも、ちょっとドジでお茶目な愛されキャラクターを演じることにしたらしい。
「この石。変わってるな」
探偵気取りが抜けないのか、絆が現場を歩き回っている。
よいしょ、と地面の石を掴み上げた。
「それに、なんか変なのが付いてる……ひいっ!」
目の高さまで石を持ち上げた絆が、悲鳴をあげる。
「この石、目 がある! 目が合っちゃったよ!」
「なにを言ってるんだ、君は……ほぉあっ!!」
近付いてきた会長が、今度は修行僧みたいな掛け声をあげた。
一体何だっていうんだ。
「これは、ただの石じゃない!……これは……これは狛犬様の頭だ!」
「こ、狛犬さまの!?」
わなわなと震える絆の手から、俺は石を奪う。
直径二十センチ程あるが、重さはさほどない。表面の隆起した部分は、よく見ると、耳だった。その下にある、睨むような迫力のある双眸――。
抱えたまま、拝殿に向かって右側の狛犬様に近づく。被った雪を払うと、なるほど、頭の部分が欠けている。
「そうだ、思い出したよ!! 昨夜、社務所当番の役員に『狛犬に亀裂が入っているから危ない』って注意されてたんだ。それが、今朝になって見にきたら、頭の部分が地面に落ちてたんだよ……!」
記憶の断片が戻ってきて、興奮しているのだろう。
会長が勢い良くまくし立てる。それにしても、何故よりによって狛犬様の頭部が割れるんだろう。縁起悪っ!
「かわいそう」
頭部が欠けた銅像を、花凛が悲しそうに撫でている。
小さい頃、神社の境内で遊んだ思い出がよみがえる。その頃から、俺たちを見守ってくれていた狛犬様が壊れてしまったのだ。
「でも、狛犬様の頭を、道の真ん中に放置しておくなんて……」
恨みがましそうに、会長を目の端で睨んだ。
ここでケガをしたのは、天罰だと言わんばかりである。
「いや、放置していたなんて……それは無いよ!」
会長が慌てたように、首をぶんぶんと振っている。
「参道の真ん中に、だなんて罰当たりな! そんな場所には置いていないよ。たしか、除雪の妨げになるから、銅像の脇に置いておいたんだ……と思う」
はっきりとは覚えていないらしい。
だが、神聖な狛犬様――その頭部を参道の真ん中に放置する――という行為は、いくら常識外れな会長でもしないのではないだろうか。感覚的に。
では、なぜ狛犬様の頭部は、こんなところにあったのだろう――?
なんだろう?
何かがひっかかる。
そもそも、こんなもので頭を打ったというのが……
「絆」
「なに?」
「さっき、お前が躓いていたの。あの狛犬様に、じゃないのか?」
「参拝しようってときに、転んだときのことか?」
狐顔の色がさぁーっと青くなる。
「そうだ! なんて罰当たりなことをしたんだ、オレは!」
「罰当たりついでに、それを枕にして寝転がってみてくれないか」
「なんだよそりゃ!」
「頼むよ」
俺の口調が重々しかったせいか、絆は渋々だが、先刻の会長のように仰向けに寝転んでくれた――狛犬様の頭部を枕にして。
「――やっぱり、そうか」
違和感の正体がわかった。
「何をひとりで納得してるんだよ」
「絆。今、お前が、狛犬様に触れている部分はどこだ?」
「は? どこだって、そりゃ」
少しだけ起き上がり、後頭部を手で触る。
「ここだよ。頭の後ろ側の」
「じゃあ、樫葉会長のコブがあるのは、どの部分だ?」
「さっきから何だよ。ええと、たしか、頭のてっぺん……!!」
うるさそうに答えていた絆の表情が一変した。
「気づいたか――? 仰向けに倒れて頭を打ったとしたら、コブが出来るのは頭の後ろ側――後頭部 のはず。頭頂部 にコブが出来ているのはおかしいんだ」
誰かが、あ、と声を上げた。
門脇さんだったように思う。一方、絆は悔しげに「そうか」と呻いた。
「なんでもっと早く気づかなかったんだ……そんな単純な矛盾」
「ねえ、待って。派手に転べば、頭のてっぺんを打つことだってあるんじゃない?」
振袖姿で大きな動作をしながら、花凛が反論してくる。
「どんな転び方をしたら、そうなるんだよ。ヘッドスピンじゃあるまいし。それに、会長は見てのとおり巨人――失礼ですけど、身長は?」
「192センチ」
「だそうだ。これほどの巨体が、頭頂部を打つほどの転び方なんてそうそうないだろう」
「そ、それもそうね」
花凛が赤面して咳払いをする。
「でも、じゃあ、どういうことになるのよ?」
「会長のコブが、狛犬様に頭を打って出来たものじゃなければ――」
俺はネズミ色の空を仰ぐ。
「隕石が落ちてきて、会長の頭を直撃した――という突飛な可能性は除くとして」
「どんな突飛な可能性だよ! 最初から除けよ!」
ツッコミうるさい。
「だとしたら、やはり誰かに襲撃されて出来たコブ、ということになる」
ちょいちょい、と門脇さんが樫葉会長を手招きしている。
「ここに寝転がってみてください。そうそう」
「え?」
会長は参道の真ん中にある石を枕に、仰向けに横になった。
わりに素直だ。こいつ、カリスマぶってはいるが、実は格下の役員たちに踊らされているだけなのかもしれない。
「発見したときと同じだ……」
「そうね」
絆と花凛が頷き合っている。
たしかに。賽銭箱の前にある階段を下ったところ――『ガリバー』が倒れていたのはそこだった。
「な?」
門脇さんが、白い歯をむき出しにして笑っている。
「会長は滑って転んで、賽銭箱に額を打ったんだな。そんで、よろめきでもして、後ろに倒れて石に頭を打った。そんなところじゃないべか」
思わず唸った。なんと――!
偶然が重なり過ぎてる感はあるものの、辻褄は合っている。
倒れていた会長の頭の下に、石があったかどうかまでは、発見時のパニックで覚えていないが。
あとは、会長がそれを思い出しさえすれば事件は解決だ。いや、もう事件ではなく、事故か。
が、当の本人は腑に落ちない表情をしている。
「……でも、それじゃあ、あまりにも私がドジってことに……」
「やっぱり思い出せないんですね?」
「いや……誰かに襲われたというよりはマシだ。うん、そういうことにしておこう! ね?」
窪んだ片目を瞑り、舌を出した。気持ち悪い!
カリスマよりも、ちょっとドジでお茶目な愛されキャラクターを演じることにしたらしい。
「この石。変わってるな」
探偵気取りが抜けないのか、絆が現場を歩き回っている。
よいしょ、と地面の石を掴み上げた。
「それに、なんか変なのが付いてる……ひいっ!」
目の高さまで石を持ち上げた絆が、悲鳴をあげる。
「この石、
「なにを言ってるんだ、君は……ほぉあっ!!」
近付いてきた会長が、今度は修行僧みたいな掛け声をあげた。
一体何だっていうんだ。
「これは、ただの石じゃない!……これは……これは狛犬様の頭だ!」
「こ、狛犬さまの!?」
わなわなと震える絆の手から、俺は石を奪う。
直径二十センチ程あるが、重さはさほどない。表面の隆起した部分は、よく見ると、耳だった。その下にある、睨むような迫力のある双眸――。
抱えたまま、拝殿に向かって右側の狛犬様に近づく。被った雪を払うと、なるほど、頭の部分が欠けている。
「そうだ、思い出したよ!! 昨夜、社務所当番の役員に『狛犬に亀裂が入っているから危ない』って注意されてたんだ。それが、今朝になって見にきたら、頭の部分が地面に落ちてたんだよ……!」
記憶の断片が戻ってきて、興奮しているのだろう。
会長が勢い良くまくし立てる。それにしても、何故よりによって狛犬様の頭部が割れるんだろう。縁起悪っ!
「かわいそう」
頭部が欠けた銅像を、花凛が悲しそうに撫でている。
小さい頃、神社の境内で遊んだ思い出がよみがえる。その頃から、俺たちを見守ってくれていた狛犬様が壊れてしまったのだ。
「でも、狛犬様の頭を、道の真ん中に放置しておくなんて……」
恨みがましそうに、会長を目の端で睨んだ。
ここでケガをしたのは、天罰だと言わんばかりである。
「いや、放置していたなんて……それは無いよ!」
会長が慌てたように、首をぶんぶんと振っている。
「参道の真ん中に、だなんて罰当たりな! そんな場所には置いていないよ。たしか、除雪の妨げになるから、銅像の脇に置いておいたんだ……と思う」
はっきりとは覚えていないらしい。
だが、神聖な狛犬様――その頭部を参道の真ん中に放置する――という行為は、いくら常識外れな会長でもしないのではないだろうか。感覚的に。
では、なぜ狛犬様の頭部は、こんなところにあったのだろう――?
なんだろう?
何かがひっかかる。
そもそも、こんなもので頭を打ったというのが……
「絆」
「なに?」
「さっき、お前が躓いていたの。あの狛犬様に、じゃないのか?」
「参拝しようってときに、転んだときのことか?」
狐顔の色がさぁーっと青くなる。
「そうだ! なんて罰当たりなことをしたんだ、オレは!」
「罰当たりついでに、それを枕にして寝転がってみてくれないか」
「なんだよそりゃ!」
「頼むよ」
俺の口調が重々しかったせいか、絆は渋々だが、先刻の会長のように仰向けに寝転んでくれた――狛犬様の頭部を枕にして。
「――やっぱり、そうか」
違和感の正体がわかった。
「何をひとりで納得してるんだよ」
「絆。今、お前が、狛犬様に触れている部分はどこだ?」
「は? どこだって、そりゃ」
少しだけ起き上がり、後頭部を手で触る。
「ここだよ。頭の後ろ側の」
「じゃあ、樫葉会長のコブがあるのは、どの部分だ?」
「さっきから何だよ。ええと、たしか、頭のてっぺん……!!」
うるさそうに答えていた絆の表情が一変した。
「気づいたか――? 仰向けに倒れて頭を打ったとしたら、コブが出来るのは頭の後ろ側――
誰かが、あ、と声を上げた。
門脇さんだったように思う。一方、絆は悔しげに「そうか」と呻いた。
「なんでもっと早く気づかなかったんだ……そんな単純な矛盾」
「ねえ、待って。派手に転べば、頭のてっぺんを打つことだってあるんじゃない?」
振袖姿で大きな動作をしながら、花凛が反論してくる。
「どんな転び方をしたら、そうなるんだよ。ヘッドスピンじゃあるまいし。それに、会長は見てのとおり巨人――失礼ですけど、身長は?」
「192センチ」
「だそうだ。これほどの巨体が、頭頂部を打つほどの転び方なんてそうそうないだろう」
「そ、それもそうね」
花凛が赤面して咳払いをする。
「でも、じゃあ、どういうことになるのよ?」
「会長のコブが、狛犬様に頭を打って出来たものじゃなければ――」
俺はネズミ色の空を仰ぐ。
「隕石が落ちてきて、会長の頭を直撃した――という突飛な可能性は除くとして」
「どんな突飛な可能性だよ! 最初から除けよ!」
ツッコミうるさい。
「だとしたら、やはり誰かに襲撃されて出来たコブ、ということになる」