01 祈少年、帰省する
文字数 2,334文字
街には、人と同じく『顔』がある。
札幌から帰省する車窓の眺めで、俺はそれを痛感する。
大都市に賑わう人々、街並み――地方に向かうにつれて、それらの活気が薄れて衰退していく様子。
大都市を『青春真っ只中の若者』とするなら、それが年老いていく過程をリアルに見ているようで、なんとも酸っぱいような切ない気持ちになるのだ。
ともあれ、俺、松山 祈 は、衰退の終着駅――西木幌 町に年末帰省した。
+ + +
年明けて、一月一日元日。
コートにマフラーを羽織って、氷点下の外へ出る。
「うひぃ」
暖房が効いた家の中との温度差にうめく。
今日も今日とて雪深い。
実家に併設してある小売店の前に、紋付き袴姿の中年男が仁王立ちしている。
この男――
米国人と日本人のハーフなので、和服が似合ってないことこの上無い。腕組みをしたまま、「おはよう」と無愛想な声をかけられた。
「おはよう。何やってんだ? 正月だから店は休みだろ」
「……ああ。門松を眺めてたんだ」
松山城二 。
この町で、唯一存在している小売店の店主で、俺の父親である。
ジョージの母親、つまり俺の祖母はアメリカ人だが、日本人の祖父の血を濃く受けついだらしく、黒髪黒目。
顔立ちもそれほど彫りが深くはなく、優しげで知的な印象を与える善人顔だ。黙っていれば、往年の名俳優にも見える。
が――
「門松っていいよな……。竹、って感じで」
「は?」
「今年は特に切り口の鋭さが良い。思わず震えがくるほどだ……強盗に襲われたら、ダディはこれで撃退しようと思う」
このとおり。
口を開けば珍発言の連続なので、親戚中から呆れられている。こんなド田舎の店に強盗なんて来ねえし。
「祈、どこへ行く?」
「初詣だよ。絆 たちと」
「そうか。今朝大雪が降ったから、道に気をつけろよ」
店の自動ドアの脇に、除けられた雪の山が築かれている。
『オレが除雪したぜ!』と主張せんばかりに、雪山のてっぺんにスノーショベルが無骨に突き刺さっていた。
さて、初詣である――。
農機具や除雪車が納められている倉庫を通り抜けると、三階建の農家の邸宅前で、手を振っている男女がふたり。
「祈―っ、あけましておめでとう!」
面長で目がつり上がった小柄な男に、さっそく新年のご挨拶をされた。
小学校からの友人で、幼馴染の梅沢 絆。その横にいる、デカい日本人形に気付いて俺はたまげた。
「……花凛 、一体どうしたんだ」
「振袖着てみたのよ。どう?」
成人式は来年のはずだが――?
農家の令嬢は、気取ったように袖の端をちょこんと持ち上げた。竹中 花凛。絆と同じく近所に住む幼馴染である。
「お姉ちゃんのお下がりなんだけど、似合う?」
「……ああ」
俺は口ごもった。正直全然似合ってない。
そもそも花凛は、肩幅がカッチリしていて和装が似合う体型じゃないのだ。
俺は和装が好きなのに――どうして俺の周りには和服が似合わない奴らばっかりなんだ?
特にコメントしなかったが、微笑みを浮かべていたのが良かったらしく、花凛は頬をぽっと染めた。俺はジョージ似の善人顔に感謝する。
「似合う似合う。鬼も十八っていうしな」
やたらと故事ことわざを好む絆が、こっそり野次った。
「なにそれ! 全然褒めてないじゃない!」
花凛が濃いめのメイクの眉を寄せ、肩をますますいからせる。
おっ、ついに言い返したか。
高校生のときは、国語が苦手な花凛を絆が、難解な言い回しで密かに辱めるというプレイが乱行されており、俺もそれを眺めるのを楽しみにしていたのだが。
絆も目を丸くしている。
花凛、女子大生になって、ちょっと賢くなったらしい。
西木幌町に神社はひとつしか存在しない。
神主などはおらず、年老いた町民たちが独自に管理しているショボい神社だ。
「なんてこった……」
鳥居の下で、絆がニット帽の頭を抱えている。
拝殿へ続く石段――それは『階段』と呼べるものじゃなかった。踏面に雪が積もったそれはもはや、ただの坂――巨大な雪のすべり台と化していたのである。
「昨夜来たときは、ちゃんと除雪されてたのに」
初詣の提案主が、狐に似た顔をゆがめた。
「午前一時くらいまで町内会役員が社務所に入ってて、小まめに除雪してたんだよ。朝の参拝客のことも考えてほしいなあ」
ついさっき見かけた、雪山に突き刺さっていたジョージのスノーショベルを思い出す。
今朝は大雪だったらしいからな。
「俺と絆はいいとして、花凛は止めておいた方がいいんじゃないか……?」
気を使って提案してみたが、振袖姿の花凛は「だいじょうぶ!」と鼻息を荒くした。
薄桃色の着物の裾をはらりと捲ると、なんとこの日本人形、頑丈そうな長靴をお召しになっているではないか。この雪深さで、下駄で出歩くのはさすがに無謀だと思うが、まさか長靴を履いているとは。
「さあ、いくわよ!」
もっとも戦闘力が低いと思われた花凛が、ずんずんと雪の石段を上がっていく。
一方、冬用とはいえ丈が短い靴を履いていた俺と絆は、花凛が築いた足跡をたどっていくしかなかった。情けないザマである。
ふいに、コートのポケットに入れてあるスマホのアラームが鳴り出した。
午前八時半――。
大学の一限目の講義に間に合うよう設定している目覚まし時計だ。時刻を認識するだけで、あくびが出た。
冬休みに入ったし、設定オフにしておくか。
札幌から帰省する車窓の眺めで、俺はそれを痛感する。
大都市に賑わう人々、街並み――地方に向かうにつれて、それらの活気が薄れて衰退していく様子。
大都市を『青春真っ只中の若者』とするなら、それが年老いていく過程をリアルに見ているようで、なんとも酸っぱいような切ない気持ちになるのだ。
ともあれ、俺、
+ + +
年明けて、一月一日元日。
コートにマフラーを羽織って、氷点下の外へ出る。
「うひぃ」
暖房が効いた家の中との温度差にうめく。
今日も今日とて雪深い。
実家に併設してある小売店の前に、紋付き袴姿の中年男が仁王立ちしている。
この男――
米国人と日本人のハーフなので、和服が似合ってないことこの上無い。腕組みをしたまま、「おはよう」と無愛想な声をかけられた。
「おはよう。何やってんだ? 正月だから店は休みだろ」
「……ああ。門松を眺めてたんだ」
松山
この町で、唯一存在している小売店の店主で、俺の父親である。
ジョージの母親、つまり俺の祖母はアメリカ人だが、日本人の祖父の血を濃く受けついだらしく、黒髪黒目。
顔立ちもそれほど彫りが深くはなく、優しげで知的な印象を与える善人顔だ。黙っていれば、往年の名俳優にも見える。
が――
「門松っていいよな……。竹、って感じで」
「は?」
「今年は特に切り口の鋭さが良い。思わず震えがくるほどだ……強盗に襲われたら、ダディはこれで撃退しようと思う」
このとおり。
口を開けば珍発言の連続なので、親戚中から呆れられている。こんなド田舎の店に強盗なんて来ねえし。
「祈、どこへ行く?」
「初詣だよ。
「そうか。今朝大雪が降ったから、道に気をつけろよ」
店の自動ドアの脇に、除けられた雪の山が築かれている。
『オレが除雪したぜ!』と主張せんばかりに、雪山のてっぺんにスノーショベルが無骨に突き刺さっていた。
さて、初詣である――。
農機具や除雪車が納められている倉庫を通り抜けると、三階建の農家の邸宅前で、手を振っている男女がふたり。
「祈―っ、あけましておめでとう!」
面長で目がつり上がった小柄な男に、さっそく新年のご挨拶をされた。
小学校からの友人で、幼馴染の
「……
「振袖着てみたのよ。どう?」
成人式は来年のはずだが――?
農家の令嬢は、気取ったように袖の端をちょこんと持ち上げた。
「お姉ちゃんのお下がりなんだけど、似合う?」
「……ああ」
俺は口ごもった。正直全然似合ってない。
そもそも花凛は、肩幅がカッチリしていて和装が似合う体型じゃないのだ。
俺は和装が好きなのに――どうして俺の周りには和服が似合わない奴らばっかりなんだ?
特にコメントしなかったが、微笑みを浮かべていたのが良かったらしく、花凛は頬をぽっと染めた。俺はジョージ似の善人顔に感謝する。
「似合う似合う。鬼も十八っていうしな」
やたらと故事ことわざを好む絆が、こっそり野次った。
「なにそれ! 全然褒めてないじゃない!」
花凛が濃いめのメイクの眉を寄せ、肩をますますいからせる。
おっ、ついに言い返したか。
高校生のときは、国語が苦手な花凛を絆が、難解な言い回しで密かに辱めるというプレイが乱行されており、俺もそれを眺めるのを楽しみにしていたのだが。
絆も目を丸くしている。
花凛、女子大生になって、ちょっと賢くなったらしい。
西木幌町に神社はひとつしか存在しない。
神主などはおらず、年老いた町民たちが独自に管理しているショボい神社だ。
「なんてこった……」
鳥居の下で、絆がニット帽の頭を抱えている。
拝殿へ続く石段――それは『階段』と呼べるものじゃなかった。踏面に雪が積もったそれはもはや、ただの坂――巨大な雪のすべり台と化していたのである。
「昨夜来たときは、ちゃんと除雪されてたのに」
初詣の提案主が、狐に似た顔をゆがめた。
「午前一時くらいまで町内会役員が社務所に入ってて、小まめに除雪してたんだよ。朝の参拝客のことも考えてほしいなあ」
ついさっき見かけた、雪山に突き刺さっていたジョージのスノーショベルを思い出す。
今朝は大雪だったらしいからな。
「俺と絆はいいとして、花凛は止めておいた方がいいんじゃないか……?」
気を使って提案してみたが、振袖姿の花凛は「だいじょうぶ!」と鼻息を荒くした。
薄桃色の着物の裾をはらりと捲ると、なんとこの日本人形、頑丈そうな長靴をお召しになっているではないか。この雪深さで、下駄で出歩くのはさすがに無謀だと思うが、まさか長靴を履いているとは。
「さあ、いくわよ!」
もっとも戦闘力が低いと思われた花凛が、ずんずんと雪の石段を上がっていく。
一方、冬用とはいえ丈が短い靴を履いていた俺と絆は、花凛が築いた足跡をたどっていくしかなかった。情けないザマである。
ふいに、コートのポケットに入れてあるスマホのアラームが鳴り出した。
午前八時半――。
大学の一限目の講義に間に合うよう設定している目覚まし時計だ。時刻を認識するだけで、あくびが出た。
冬休みに入ったし、設定オフにしておくか。