第222話 先輩と言う橋頭保 Aパート

文字数 6,348文字

 御国さんや理沙さん。それに彩風さんには悪いけれど、いくら前もって教えてくれていたり告白の件も伝えてくれていたとは言え、今日のはさすがに私も納得はしていないからと、四人で話をさせてもらうために席を外してもらった。
 そして近くの公園へと足を運ぶ。私はもちろん、私以上に貞操感の強い優珠希ちゃんも、あの時程ではないけれど、優希君との距離を空けて。
 冬美さんに至っては私たちの更に後ろから歩いて着いて来るから、
「ちょっと冬美さん。万一逃げようだなんて考えているんだとしたら、明日の朝一で冬美さんの教室まで顔出しに行くから」
 とにかく冬美さんにも聞きたい事があるからと釘を刺しておくと、
「逃げようだなんて思ってませんし、逃げ切れるなんて発想もありません。ただ、今のお二人の雰囲気が怖すぎるだけです」
 何が怖いのか。堂々としておけば良いのにそう思うって事は、やっぱりあの醜悪ハリボテ後輩女子と何かやましい話をしていたって事じゃないのか。
「やっぱりアンタはメスブタで良いわよ――」
「――ちなみに優珠希ちゃん。今回は優珠希ちゃんに確認したい事もあるから、そのつもりはしておいてよ」
 しかも優珠希ちゃんまで、何を冬美さんに文句を付けようとしているのか。優珠希ちゃんがいつまで経ってもお兄ちゃんに甘いから、こんな事になったんじゃないのか。そろそろ本当にその認識を持ってもらわないといけないんじゃないのか。
 異性関係の話で私は優希君と喧嘩なんてしたくないのだ。
「わたしにもって……わたしは今日のお兄ちゃんの浮気、

に対しては、正直傷ついてる方なのに……まさか、わたしたちに愛相を尽かせたの?」
 その先の私の感情と同じ気持ちがよぎったのか、気弱な優珠希ちゃんが顔を出す。以前の冬美さん相手なら、“バカにしないでっ!”と、私の気持ちも暴発していたけれど、今はもう色んな人の気持ちを受け取って、優希君が断ってくれた女の子の感情、それに優希君とのこれからの未来に対する考え方、捉え方も変わって来ている。
 だからその先の感情の発露も、以前とは全く逆になるのだ。
「優珠希ちゃん。あくまで今からの優希君次第だけれど、これからも優珠希ちゃんとは仲良くお付き合いを続けて行くために叱るつもりだからね」
「わたしとって……お兄ちゃんは? お兄ちゃんとはもう仲良くしてくれないの? お兄ちゃんと別れるつもりなら考え直して欲しいの」
 その私の一言に、目の前に冬美さんがいるにもかかわらず、逃げられないようにと冬美さんと繋いでいる方とは反対側の手を取る優珠希ちゃん。
「ちょっと待って下さい! 空木先輩に対していくら何でもワタシの時とは比べ物にならないくらい、一年の八幡さんへの対応に対して厳しすぎるんじゃないですか?」
 その優珠希ちゃんの違い過ぎる態度にびっくりしながらも、優希君をかばおうとする冬美さん。
「そんなの当たり前じゃない。冬美さんは優希君に本気だった。優希君もあの当時はあんまり女の子慣れしていなかった。だから優希君の気持ちをしっかり耳にした結果、私がしっかり対応した。でもあの若くて大きいだけの醜悪ハリボテ後輩女は、さっきも聞いていたらすぐに分かるはずだけれど、中途半端な気持ちしか無かったから、何もかもが中途半端になってしまった挙句私にそのほとんどを看破されてしまった。そんな若くて大きいだけの醜悪ハリボテ後輩女に何を優しくするの?」
 それに、これでもあの冬美さんの時よりも、優珠希ちゃんもマシなのに。あの時の優珠希ちゃんのお兄ちゃんへの辛辣さは私でもびっくりするくらい凄かったのだ。なのに何も知らない冬美さんがそんな甘さだから、ああやって勝手に勘違いする女の子が次々と出て来るんだと思うんだけれど。
「お願いだから今は愛美先輩に余計な事はゆわないでちょうだい」
 私が冬美さんに説明すると同時に、その声音も含めた表情に、今朝までのあの優珠希ちゃんらしい憎たらしい表情は完全になりを潜めてしまっている。
 いつの間に取っていたのか、髪飾りの無くなった優珠希ちゃんの頭を優しく撫でながら、
「優珠希ちゃんの今までの気持ちは知っているから、優珠希ちゃんに確認したい事はあっても、怒ったりとか叱ったりなんてつもりは全くないからね」
 もう一度繊細な優珠希ちゃんに念を押してから、まずは公園へと向かう。


 公園に着くまでも、公園に着いてからもまたこういう場面では口を開かない優希君。そんなお兄ちゃんを嫌ったのか、私を挟んで優珠希ちゃんと優希君が両隣に。
 そして驚いた事に、冬美さんは優希君の隣ではなく、優珠希ちゃんの隣に腰掛ける。
「……」
 のを嫌ったのか、私の腕に体を寄せて甘えるように、少しでも冬美さんから距離を空けるようにしがみついて来る。
「お兄ちゃん。どうして何も喋らないの? まさかとは思うけど本当にあんな訳の分からない狡猾女に一瞬でも惹かれたとかゆうつもりじゃ――」
「――違う! それだけは絶対にないっ!」
 しかも一息つく間もなく、私以上の貞操観を持つ優珠希ちゃんが、お兄ちゃんである優希君を責め立てるけれど、
「優珠希ちゃん。私から一つずつ質問させてもらっても良い?」
 何となく今の雰囲気だと、優希君も針のむしろで喋り辛いのかなと、会話権の譲渡をお願いしてみる。
「お兄ちゃんと別れないって約束して。それだけしてくれたらわたしは大人しくするから」
 もちろん別れる訳ない。何で私があんな訳の分からない若くて大きいだけの醜悪ハリボテ後輩女の為に優希君と別れないといけないのか。
「だから、それは優希君次第だって」
 でも、こうでも言ってこういう事件を本当に失くして行かないと、私以上に優珠希ちゃんが傷ついているのだ。
「……本当に僕にそんな気はなかったんだ。それだけは本当に理解して欲しい」
 それは私に対してか、それとも優珠希ちゃんに対してか。もしくは三人全員に対してなのか。
 いずれにしても、前回と同じ失敗を繰り返さないためには、今回朱先輩はいないけれど、意識して優希君の話に耳を傾けるようにしないといけない。これ以上優珠希ちゃんに傷を負わせないためにも。
「そんなの一番初めに優希君の驚いた表情を目にしたんだから分かっているし、疑ってないんていないよ」
 それにあの日の話なら、あの後にもしてもらってはいるのだから。
 でも、今日の優希君の態度にはどうしても納得が行かない。
「愛美先輩っ!」
「――……」
 私の気持ちを隠した一言で、優珠希ちゃんは喜んでくれるけれど、ここ最近で嫌と言うほど私の性格を目の当たりにした冬美さんが、訝しげに私を見て来る。
「そこじゃ無くて、あの若くて大きいだけの醜悪ハリボテ後輩女子の名前は何て言うの?」
「あ……」
「まさかお兄ちゃん?!」
 思わずと言った感じで口にした優希君。どうして私以外の女の子には興味がないと言っていて、あの時も断ったって言ってくれた女の子の名前をすぐに口に出来るくらいハッキリと覚えていたのか。
「……八幡(やはた)……和葉(かずは)。さん」
「ふぅん。あの子からの告白は初学期だったはずなのに、今でもまだしっかり覚えていたんだ。しかもフルネームで」
 あれから時間も経つし、一度も接点は無かったはずなのにその全てを覚えていた優希君。興味もない、たった1~2回程しか会った事の無い女の子の名前をそこまではっきり覚えているのもなのか。
 本当に今更感だけれど、彩風さんから好きな人から別の女の子の名前を聞かされ続ける辛さと言うのも分からないではなくなってしまう。
 しかもさっきのあの手慣れた感じだと、前回優希君に告白した際も、何らかの色仕掛けくらいはしているんじゃないのか。

「……優希君。前回あの若くて大きいだけの醜悪ハリボテ後輩女子からの告白の際、何かされた?」
 だとするなら、これは聞いておかないといけない。あんな訳の分からない醜悪な後輩と二人だけの秘密とか。そう言うのを認められるほど私の心は広くない。
「……何もされてないし、もちろん僕から何かをしたなんて事もない」
「優希君。さすがに嘘は酷いよ?」
 優希君に何かをされた意識も、したつもりもないのかもしれないけれどあの時優希君は確かに、“触れないのは無理だった、介抱した”って言っていたはずなのだ。
「嘘って僕は――」
「――何もしていなかったらどうやって優しく介抱して、ハンカチまで貸せるの?」
 言葉の途中で割って入った私の言葉に、再び言葉を詰まらせる優希君。
「ちょっとお兄ちゃんっ!」
 私の一言に優希君は言葉を止め、優珠希ちゃんは私の腕を掴む力を強める。
「……空木先輩の仰るお気持ちは分かりますが、懸想されてる女性に対してその行動はいかがかと思います」
 冬美さんもため息交じりに一言添える。
「……泣かれた時に、腕に掴まれたり……僕の腕の中で泣かれたり……でも抱くとか腕を回すとかは本当にしてないから」
 しかもまた、私ではなく今度は冬美さんの一言で口を開く優希君。しかも私以外の女の子に胸を貸すとか、その時にあの醜悪な物に衣類越しに触れたりしていたって事なんじゃないのか。そう言えばあの時、“役得”だとか何とか言っていた気がする。
「愛美先輩以外の、しかもあんな狡猾女に胸を貸すとか、信じられない。何度愛美先輩を悲しませたら気がすむの?」
 その印象が強かったから、実は名前もしっかり覚えていたとか、そう言う話なんじゃないのか。考えたら考えただけだんだん腹立って来た。
 何で自分だけは他の男の人の名前すらダメなのに、自分はフルネームで覚えていた上、あんな若くて大きいだけの醜悪ハリボテ後輩女子に胸を貸したり醜悪なモノに視線が行くのか。
 結局興味のない男の人に触れるとか抱かれるなんて私だったら怖くて出来ないし、名前ですら、同じクラスの男子であっても未だに知らない私には、何が普通なのかは分からない。

 だから女の子の名前をとっさに呼ぶくらいしっかり覚えていた優希君に、本当は強くは言えないのだろうけれど、以前今後は会う事も、付き合い自体も無いって言ってくれたのだ。しかも
「……倉本清(くらもときよ)くん」
「岡本さん。それ。名前違います。正確には倉本清正(きよまさ)先輩です。会長の名前すら覚えてないって、どれだけ空木先輩に一途なんですか」
 ……何か聞こえた気もするけれど、口にするだけでも鳥肌が出そうな程、抵抗を感じる人の名前を口にするだけで、
「……」
 その雰囲気を大きく変えて独占欲らしき感情を見せてくれる優希君。だけれどその雰囲気も長くは続かない。
「なにそれ。結局男は他の訳の分からない女を抱くのも、仲良さげに名前を呼ぶのも良くて、女は何もかも駄目って事じゃないっ! それじゃあの時のまま何も変わってないじゃないっ! 結局お兄ちゃんも他のケダモノ、おぞましい生き物と同じじゃないっ! 最低! 不潔っ!」
「……」
 やっぱり兄妹だからなのか、些細な雰囲気を感じ取った優珠希ちゃんが、冬美さんの言葉なんて全く聞こえていないかのように、あの時同様辛辣な言葉を並べ立てる。
「優希君。あの若くて大きいだけの醜悪ハリボテ後輩女とは本当にあれから会っていないんだよね」
「もちろん。それは愛美さんに誓う」
 ここに関しては名前を憶えていたから何とも言えないし、あの若くて大きいだけの醜悪ハリボテ後輩女を抱いた時、どのくらい鼻の下を伸ばしたのか分からないけれど、それでもどれだけしんどくても信じるのを辞めたら関係の終わりだし、今日は朱先輩がいなくても優希君の話に耳を傾けるのを意識しようって決めたのだ。
 私の友達や冬美さん相手にしっかりと、私への想いを見せてくれた優希君を疑いたくも無かったから信じることにする。
「分かったよ。今までの優希君を見てても、私を大切にしてくれているのは伝わるから、そこは信じるしかないけれど、どうしてあんな若くて大きいだけの醜悪ハリボテ後輩女の肩を支えて優しくしたの? それってあの子に触れたかったから? それに第二ボタンを外していたあんな若くて大きいだけの醜悪ハリボテ後輩女のを見てたよね。優希君。私にしか興味はなかったんじゃ無かったの? それとも優珠希ちゃんのいう通り女の子なら誰でも良かったの?」
 だけれどこれだけはどうしても駄目だ。彩風さん相手の時は全く目もくれずに、冬美さんがその上に抱き着いていたにもかかわらず、それでも私だけに、私の太ももやスカートの中だけに視線を送ってくれていたはずなのだ。しかもバレないようにするためなのか、チラチラと。
 なのにどうして今日はあんな若くて大きいだけの醜悪ハリボテ後輩女子のブラウス、しかも第二ボタンまで外されたあんなものに視線をやったのか。それって私よりもあんな女の子の方が良いって事なのか。
 自分の少し寂しい胸部を想うと、どうしても不安になってしまう。
「僕に優しくしたつもりは無いんだ。ただ本当にこけてケガでもされたら――」
「――でも直前まで優希君に走り寄って抱きついてもいたよね? それに最終的には自分で立てていたし。普通はつまずいたとしてもそんなに長い時間、相手に支えてもらう必要もないし、支える必要もないよ」
 その上、あんな若くて大きいだけの醜悪ハリボテ後輩女子のブラウスの中に視線をやった説明は何も無いし。
「結局、あんな訳の分からない腐った狡猾女の胸を見た挙句、お兄ちゃんも他の歩く性犯罪と同じように、何かと理由を付けて愛美先輩以外の女に触れたいのね――一度ならず二度までも。最低」
 言葉がきつい分、お兄ちゃんに全幅に近い信頼を置いていたと分かる、声に張りが無くなった、明らかに気落ちしたと分かる姿の優珠希ちゃん。
 これもまた、優珠希ちゃんが危惧した展開なんじゃないのか。
「……優希君。ひょっとして私よりあの子の方が魅力あったの?『――』――『そんな訳ない!』――じゃあやっぱり私の“隙”がやっぱり原因?で腹を立てていたって事?」
 優希君は否定してくれてはいるけれど、自分自身ですらも納得出来る要素が何もないのだ。だから恥ずかしい女心や女としての身だしなみ、格好、沽券に係わったとしても、どうしても私の“隙”を見つけた上で隠したい、直したいと言っていた優希君の提案を断った自分自身が原因だと思ってしまうのだ。
「それも違う! 僕が愛美さんに腹を立てるなんてない。ただ……」
 私の自責に対して、初めこそは勢いもあったけれどすぐに言い淀んでしまう優希君。
「……私の“隙”が原因でもない。あんな若くて大きいだけの醜悪ハリボテ後輩女子に魅力を感じた訳でも無い。あんな子に惹かれた訳でも無い……全部優希君を信じたら、意味が分からないよ。私にどこかで嘘を言っているって事?」
「そんな訳ない。愛美さんに嘘なんてつくはずがない!」
「じゃあ思っている事教えてよ! 他の女の子に興味は無いって今までは言葉だけじゃなくて、行動でも示していてくれたじゃない! なのにどうして今回に限っては――」
「――愛美先輩。もう良い。結局お兄ちゃんも他の歩く性犯罪者と同じだったって事なのよ」
 かと言って別れて欲しくないと願っている優珠希ちゃん。もちろん私もあんな女のために別れるとか嫌に決まっている。
 だけれど、そこに嘘が混じっているなら、本当の気持ちを言い合えないのなら……
 ここまでお互い秘密は無しでって私は、恥ずかしい事も全部言葉にして伝えているのに、どうして優希君は私に全てを話してくれないんだろう。ここに来て心を寂しくしていると、
「――あの。ワタシからも申し上げたいんですが、良いですか?」

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