第222話 先輩と言う橋頭保 Cパート
文字数 5,410文字
宛先:蒼ちゃん
題名:今から向かうね
本文:今日学校で色々あって遅くなったけれど、今から家に帰ってブラウスを持って向かう
からもう少しだけ待っててね
その後、今日の醜悪後輩事件で少し遅くなってしまったからと、先に一言蒼ちゃんにメッセージを入れると、
宛元:蒼ちゃん
題名:私は今病院
本文:だから愛ちゃんも遅くならないうちに病院を済ませると良いよ。
すぐに返事が返って来る。
蒼ちゃんからの気遣いに嬉しくなる反面、こんな時間まで病院なんて今まで無かったから、それはそれで何かあったのかと気にしながら、まずは蒼ちゃんに渡すために朱先輩の想いがたくさん詰まったブラウスを取りに戻る。
「愛美。今日で病院最後よね。そのまま病院行く?」
ブラウスを取りに家に帰ったら、慶はまだ帰っていないのか姿が見えない中お母さんが出迎えてくれたから、
「ありがとうお母さん。でも今日はどうしても蒼ちゃんの顔を見て話したいから、途中で降ろしてもらっても良い?」
これなら少し遅くなってしまうけれど、蒼ちゃんとの時間も十分に取れると思う。
「愛美。あまり遅い時間――分かったわ。そしたら早く着替えて来なさいな」
何かを言いかけて言葉を変えたお母さんに押される形で、私服に着替える。それから蒼ちゃんに渡すブラウスを丁寧に折り畳んで、袋に詰めて準備する。その後、この一週間だけどうしても外せない必要最小限の準備だけを済ませて。
宛元:蒼ちゃん
題名:終わったよ
本文:今から待ってるから終わったら連絡ちょうだいね
いや、済ませたタイミングで再度蒼ちゃんからのメッセージ。
宛先:蒼ちゃん
題名:着いたら連絡する
本文:蒼ちゃんにこれ以上万一があったら大変だから、家の中で待っていてね
そのメッセージの内容に不安を感じた私は、蒼ちゃんにお願いする形で返信を済ませてお母さんの車で送ってもらう。
最後の診察も無事に終わった帰り道。本当に今日の診察に行く必要があったのかと言うくらい診察の時間は短かった。
もちろんそれだけ診察が短いって事は、何も問題無かったって事で本当なら大喜びしても良い場面なんだろうけれど、何が“これで思う存分学校にも行けるし、全ての制限も無くなったから、体育やらの激しい運動で思う存分体を動かしても良い”なんだか。それだと私は学校が大好きな、ただのおてんばにしか聞こえないんだけれど。
「どうしたの? 先生に何か言われたの? お母さん何も聞いてないけど今日が最後の通院で良いのよね?」
あんな言い方をされて憤慨するのが当たり前のはずなのに、何も知らないお母さんが心配そうに私を見やる。
「うん。今日で終わり。だから今回は薬も何も貰っていないよ。その先生から今日で全ての制限が取れるんだから、思う存分学校生活を楽しめるねって言われたよ」
その姿が何となくお父さんと重なって、お父さんに送り迎えをしてもらった時のように毒気を抜かれてしまう。
「そう。本当に今日で完治したのね。本当に良かった……愛美が悪いわけじゃないけど、本当にこう言うのはこれっきりにしてちょうだいね」
どころか先日からお母さんの漏れ出る本音を耳にして、その想いを受け取って私の心が冷静になって行く。
「うん。約束するよ。だから今回は私を心配してくれて、大切にしてくれてありがとう」
お母さんの想いに、お父さんの姿に、そして育ちつつある慶の優しさに。極めつけはやっぱり蒼ちゃんの家出の時。
想いだけじゃなくて色々と私や私の心を守ろうとしてくれていた家族と親友、そして朱先輩。その全てに。
それぞれたくさんの人の想いを受け取った私の言葉は感謝でないといけないと思う。
「そんなのは良いのよ。愛美が元気に私たちの前で幸せに笑ってくれてたら」
これだけ大切にされて元気が出ない訳が無い。笑顔になれない訳が無い。
「ありがとうお母さん。私は今とっても幸せだから心配はしないでねっ!」
だからもう一度完治した私の顔で、満面の笑顔を向ける。
「そしたらこれから防さんの家に向かうのよね。あまり遅くなるようならまた連絡くれたら迎えに来るから、しっかり蒼依さんと話して来なさいな。その間にお父さんも気にしてるでしょうから、今日の結果。お母さんから伝えても良いかしら」
「もちろん! 私も蒼ちゃんとゆっくり喋るだろうから、お母さんも夜ご飯を気にせずにお父さんとゆっくり喋ったら喜んでくれると思うよ」
それによるご飯は私も一緒に準備をしても良いし。だからこそ今日、蒼ちゃんとの話で少しくらい遅くなったとしても、歩いて帰ろうと決めてしまう。
「本当に愛美は……優希君とお付き合いを始めてから増々気立ても良くなってるし、男子の気持ちも分かるようになってるのね。これじゃあ優希君も嬉しい反面、増々不安も大きくなるでしょうね。でもお父さんはお母さんの旦那様なんだから、お父さんだけは理解したら駄目よ。今まで通り喧嘩してなさいね」
一体お母さんはお父さんをどこまで大好きなのか。確かに以前も蒼ちゃんのおばさんに対してまで、お父さんの良い所はお母さん以外の女の人には知られたくないって私の前で言い切ったお母さん。
しかも今日もまた、私も驚くようなお母さんの気持ちを聞かされるし。もし、万一だけれどお父さんも今のお母さんと同じくらいお母さんが好きだったら……ひょっとしてお父さんも心の中では安心していたりするのかな。
でも家族は仲が良い方が良いに決まっているんだから、変な事は考えるのを辞めにする。
「そう言えばお母さん。先生と話したんだけれどお母さんは結果とか、聞き取りとかじゃなくて私の怖かった気持ちを先生に伝えてくれていたんだね」
そしてもう一つだけ。朝のお礼もお母さんに伝えないといけない。
「あらあらあの巻本先生。早速愛美に喋ったのね」
「と言うより朝礼が終わったと同時に呼び出されて謝られたよ」
あまりにも突然過ぎてびっくりしたけれど。
「本当にあの先生って、裏表なく分かり易いのね」
だけれどこっちも驚き。どうも先生の印象がお母さんの中で良くなっている気がするんだけれど。今まで先生の話題でこんなに穏やかなお母さんの声を聞いた事が無い。
「先生としては良い先生でしょ? だから近くで応援しようって決めたの」
だからこそ良い先生止まりなんだけれど。それに口も軽いし。
「そうね。あのまっすぐで正直なのは子供を預ける親としては少し頼りないけど、安心は安心ね」
以前も感じたけれど、先生は私がいない間にどうやってお母さんの印象を変えているんだろう。そう言うオトナの部分の先生を私は知らない。でもそこまで先生を知ろうとも思ってもいない。応援をするのにオトナの先生まで知る必要は無いかなと思うから。
ただ先生が理想の先生を目指すのに、力が必要なら私はその力を貸すだけなのだ。元気が必要なら分けるだけなんだから。
「だから、先生には早く先生を支えてくれるような素敵な彼女さんが出来ると私も嬉しいなって思うよ」
「……そうね。お母さんもそう思うけど、あの先生を見てるとそれもまだ先かもしれないわよ」
良くも悪くも私しか見ていない先生。その上あれだけ口も軽かったら、どこかで漏らしているだろうし勘違いした他の女の人が諦めたり、そっとしておいているかもしれないし。
「それに、先生にはお願いもしているから、ひょっとしたら時間も無くなるかもしれないし」
部活顧問までお願いしたら、増々時間が無くなるとは今気づいたけれど、それはそれ。私だって可愛い後輩たちがしっかり学校生活を楽しめるように、色々と準備はしておきたいのだから。
「本当に愛美は……男子の扱い方まで覚え始めてるのね。その調子で優希君もしっかり愛美が手綱を握りなさいね」
「もちろんだよ。大体優希君をイイ男にするのは、私だってお母さんが言ってくれたんだよ」
優希君に関してはエッチな話をほんの少しだけでも匂わせると、大体私の思う通りに事が運ぶのは分かって来てはいるからあと少しだと思うし、優珠希ちゃんもお兄ちゃんを引き合いに出せば、大人しくはなるからこちらももう少しってところかもしれない。
「それを聞けてお母さんも安心出来たわ。そしたら、蒼依さんとの時間も楽しんで来なさいな」
気付けば待ち合わせ付近。結局朝の話はほとんど出来なかったけれど、中に入っている朱先輩のブラウスを感じ取ろうと、肩掛けカバンに手を当てて、
「本当にありがとうお母さん。それじゃ行って来るね」
一度気持ちを切り替える。
昨日の電話でも伝えたけれど、やっぱり私と朱先輩の気持ちを他の誰でもない蒼ちゃん
だからこそ
受け止めて欲しい。分かって欲しいのだ。「ありがとうお母さん。お父さんとの電話も楽しんでね」
「愛美も気を付けて、お母さんに変な遠慮は駄目よ」
それでもお互いの気持ちを胸に秘めたまま、私は蒼ちゃんとの待ち合わせ場所へと向かう。
―――――――――――――――次回予告(223話)――――――――――――――
参った。こんなはずじゃなかったのにどうしてこうなってしまったのか。
愛美が帰った蒼依自身、自分の部屋で頭を抱える。
「それに何? 私と友達になりたいってどう言う事? そうやって警戒心を解いて私から愛ちゃんを奪い取るつもり? 算段?」
それにしても、蒼依と友達になりたいと言い出した、ブラウスの人――朱寿――の気持ちが分からない。
しかも一番の親友である愛美に、前向きに考える、気持ちの整理をしたいと言ってしまってブラウスを預かってしまった手前、今更無かった事にも友達にならない選択も取れない。
蒼依の中で愛美の信頼だけはどうやっても裏切れない。
「それにどうして用意した私の雰囲気や演出を、物ともしないで私が説得されたの?」
本来なら話の流れで、以前見たあの絶望的なブラウスを直せると期待した愛美が、予め机の上に出して置いた裁縫用具に期待を膨らませた瞬間、愛美からブラウスを受け取るはずだったのに。
その話の流れを作るために、怖い中外で待ち、愛美の不安を誘った蒼依。朱寿のように怖い目には遭わさないと蒼依自身の気持ちを一番初めにぶつけたのに。少しでも蒼依側の条件で愛美からブラウスを受け取りたかったのに。
そうするためにこの部屋に入ってもらって、早く答えを出してもらうために、時間を煽り診察の時間を変えたりしながら、準備したのに……
なのに、そこから更に語り始めた愛美から朱寿への想いと言うか、繋がりの強さ。
思い返せば、あの辺りから蒼依の心がかき乱されて、話がおかしな方へと行った気がする。
「それに私の部屋へ来るのは渋ったのに、どうしてそのブラウスの人の部屋には何度も泊まれるの? 愛ちゃんにとってそんなにブラウスの人は気の置けない人なの?」
今までそんな兆候は無かったように思うけど、ひょっとしたら蒼依が気付かなかっただけで以前からお泊りをする仲だったのかもしれない。
蒼依から愛美の家へのお泊りは何度もあったけど、その逆は今に至っても一度もない。
これは嫉妬なのだろうか……同性なのに。
それとも不安なんだろうか……唯一無二の親友、断金だとも言ってもらっているのに。蒼依は蒼依で自分の気持ちが分からなくなる。
「……確かにしんどいけどこれならギリ私でも直せる。ただ飛んで行ってなくなってしまったボタン……これをどうするかだけど……」
裏布、当て布や糸に関しては正直裁縫店や新古・中古の服屋など総当たりすればほぼ同じ素材で同じ色の素材は見つかると思うけど、ボタンだけは中に学校の校章が刻まれてるため、同じのが見つかるとは思えないのだ。
「っていうかブラウスの人って裁縫が出来ないんだ……」
よくよく考えて、その答えに至り後ろ暗く喜ぶ蒼依。だけど蒼依はまだ朱寿の気持ち、ブラウスにかけられた想いを理解しきってないから、見当違いの想像をしてしまう。
そう。ここは愛美が心の中で合点が行った通り、万一何かの間違いで修復不能になってしまったらそれこそ取り返しがつかないから、怖くて手が出せない心理を加味しないといけない。
「……私は愛ちゃんの一番の親友だから、そんな誰だか分からないブラウスの人になんて負けられない」
想いを強くするために、蒼依は一人部屋の中で声にする。
それでも愛美の気持ちを無駄には、一番の親友として断じて出来ないから、そこは心を込めて。
愛美の笑顔を想像しながら、このブラウスを元通り腕を通せるように直そうと気持ちを入れ替える。
「それにしてもこのブラウスを着てこの学校を私と一緒に卒業したい……か」
蒼依は時には後ろ暗く、時にヒネた事など色々考えてるのに、当の愛美はいつもまっすぐで、蒼依の憧れで。
隣の芝生は碧く見えるものなのか、蒼依の中の愛美は更に美化されて行く。
そう言われてやっぱり悪い気はしないし、三年経とうが五年経とうが、何年たっても蒼依たちの約束は変わらないし忘れない。その安堵感もまた蒼依の心を穏やかにしていく。
「それじゃ、明日からブラウスの修繕に入ろっと」
その先に愛美の弾けるような笑顔を夢想して――
愛美にモテると言った人物の特定も忘れて、忙しくなりそうな明日からの算段を立て始める。
やっぱりその心は未だ乱されたままなのかもしれない――
次回 223話 三人色に染まるブラウス