第227話 大タイトル 1 エピローグ (後)

文字数 3,945文字



「愛美お帰り。それに慶久の件もありがとう」
 心配していたお母さんも、朝私が登校した時よりかは幾分元気になっている気はする。
「お母さんも元気になって良かったよ。慶が何か言ったの?」
 さっきのいやに素直な慶を思い出すと、あながち間違いではないのかなとも思ったのだけれど、
「慶久とじゃなくて……ちょっと朝の内にね。お父さんと電話で話したのよ」
 本当にお母さんのこう言う姿を見せられると、実年齢が分からなくなるんだけれど。それくらいお母さんが可愛く見えるから不思議だ。
 これだと失礼になるのか。
「その時にね、今夜改めてお父さんが慶久と話をするから、何も気にしなくて良いって言ってくれたのよ――そう言う愛美も今日は機嫌が良さそうね。何か良い事でもあったの?」
 そっか。お母さんの悩みを聞いてくれたお父さんが、そのまま慶に連絡をしてくれたのかもしれない。最近頼りになるお父さんを目にし始めているからか、私の中のお父さんの株が上がり始めている。
「うん。学校であった後輩たちの大きな問題が今日全部解決したの」
 中学期に入ってから重い空気の日が続いたけれど、ここに来て色々な結果が形になって来ているのに合わせて、空気や雰囲気も軽くなって来ている気がする。
「それじゃ後で愛美の楽しい話も聞かせてちょうだいな。それから慶久が上がったら愛美も先に入ってスッキリして来なさいな。今日も汗。たくさんかいたでしょう?」
 お母さんの言葉と共に慶のお風呂を待ってから、私も汗を流させてもらう。


 その後、今日は昨日とは打って変わって、優希君の話じゃないからと学校であった教頭先生の課題、後輩たちの色々な出来事の話を交えながら今までの話をかいつまんで話すことが出来た三人での穏やかなご飯の後、
『朱先輩。今大丈夫ですか?』
 昨日の約束通り電話をかけさせてもらう。
『わたしはいつだって大丈夫なんだけど、蒼さんとブラウスの話なんだよね』
 昨日メッセージを送ったからなのか、それともずっと気にしてくれていたからなのかすぐに本題を切り出して来る朱先輩。
『はい。そのブラウスなんですが、朱先輩の気持ちもしっかり理解してくれましたし、ブラウス自体しっかり両手で受け取ってくれましたから、今の蒼ちゃんなら大丈夫ですよ』
 とにかく安心してもらおうと、先に昨日の結果だけ伝える。
『つまり初めの蒼さんは違ったんだよね。どう言う状態から何がきっかけで態度が変わったの?』
 本当に私の話をしっかり聞いてくれた上で、蒼ちゃんを理解しようとしてくれているのが伝わるから、
『初めは、私を危険な目に遭わせたくなかった。優希君はもちろんの事、蒼ちゃんもその現場には駆けつけて来てくれたのに、朱先輩はどうして来なかったのか。それって口だけで本当に心配していなかったんじゃないかって言われたんです』
 あの時はまだ有無を言わさず、ブラウスを渡して欲しいって雰囲気だった。
『でも最終的には空木くんも助けには入ってくれたって言ってたよね』
 確かにそうなんだけれど、蒼ちゃんの怒りはそこじゃなくてあくまで私を危険に晒した所だと言うのは直接蒼ちゃんから聞いたから間違いない。
『そうなんですけれど、その優希君にも蒼ちゃんは何か言いたそうにはしていました。でもそこに関しては優希君の私への想いを理解してくれているから何とか矛を収めてくれた雰囲気でした』
 実際は私と蒼ちゃんの目の前で、私の分まで叱られてくれるって言い切ってくれたのは大きかったとは思うけれど、あの場に来れなかった朱先輩に話す事じゃないと、伝えるのを辞める。
『わたしだって愛さんの気持ちは、それこそ誰よりも一番分かってるんだよ……でもあの日は本当にごめんなんだよ。わたしもその日そんな事になるなら、そっちに行くべきだったって後から反省しきりだったんだよ』
 朱先輩はそう言ってくれるけれど、そんなのはもう嫌と言う程伝わってもいるし、朱先輩の家からあの学校までは距離も相当遠い。
 それに何より朱先輩にも用事があったはずなんだから、間違っても反省なんてする必要はないのだ。
『辞めて下さいよ。朱先輩にも用事はあったんでしょうし、私だけにかまって頂く訳にもいきませんって。それに困った時には誰よりもたくさん、誰よりも時間をかけて私の話も聞いてくれたじゃないですか。だから感謝こそしても、悪い印象なんて何もありませんって』
『本当?』
 なのにどうしてそんなに可愛く、不安そうな声を出すのか。
『もちろんですって。だから今もこうして電話しているじゃないですか。それにあの日以来本当に電話もメッセージも何の連絡もないんですよ。しかも後輩のところにも。これってすごいと思うんですよ』
 実際今日確認をしても彩風さんも冬美さんも何の反応も無かったし、私なんて言わなくてもそのままだし。
『じゃあ空木くんとの喧嘩も?』
『もちろんしていませんって』
 まあエッチな本やあの大きいだけの醜悪ハリボテ後輩女なんかで喧嘩と言うか、行き違いはあったけれど。
『それに私のお母さんも、朱先輩と同じ考えだったのでお母さんもすごく満足そうでしたよ』
 そう言えばこの件で、朱先輩を一日家に呼んで泊まってもらえれば良いって言っていたっけ。
『だったら良かったんだけど……それでも蒼さんはわたしを良く思ってないんだよね』
 だけれど今日はその話よりも、蒼ちゃんの話だ。
『そんな事ありませんよ。確かに途中まではそうだったんですが、朱先輩が蒼ちゃんと友達になりたいって言ってくれたのを伝えたら少しずつ態度が変わり始めたんです』
 あの時から声のトーンも変わったし、頑なな態度も変わり始めた。
『……それってわたしと蒼さんが上手く行く? って愛さんに聞いた時の話だよね?』
 それでもなお不安をぬぐい切れていない朱先輩の気持ちが、受話器を通して伝わる。
『はいそうです。その上で私からも朱先輩と友達になって欲しいって、私の大切な人同士で仲良くしてくれたらとても嬉しいって伝えました』
 実際まだ迷いもあったし、これ以外にもお互いがお互いを強く意識している話なんかもたくさんした。
 それでも蒼ちゃんは前向きに考えるって言ってくれたんだから、そこは断金へと至った私としては自信をもって信じたい。
『……それで?』
『それで、朱先輩から頂いたブラウスに蒼ちゃんの技術と想いも目一杯詰めて、引き裂かれたブラウスを蒼ちゃん自身の手でもう一度繋げて欲しいってお願いしました……その朱先輩の気持ちをほんの少しでも受け取って欲しくて』
 あの時はもうほとんど喧嘩に近かった。だけれど私は最後まで他の誰でもない蒼ちゃんだから、その気持ちをどうしても分かって欲しくて伝え続けたのだから。
『それで蒼さんの態度は軟化してくれたの?』
『その結果、今度私が蒼ちゃんの家にも泊まるのを条件にするのと同時に、三人の想いが目一杯詰まったあのブラウスで卒業式を迎えたいって言ったら、蒼ちゃん自らブラウスを両手で受け取ってくれました』
 あの時の蒼ちゃんの喋り方や声の調子からして、私はあの蒼ちゃんなら安心して預けられると判断した。
『そっか。愛さん。わたしの部屋でも同じ事言ってくれてたもんね。ありがとう。だったらまたわたしの家にも泊りに来て欲しいんだよ』
『いやでも、先週も泊めて頂いた上に、優希君とのデート対策でスカートまで貸して頂いたじゃないですか』
 かと思ったところに、たまに出て来るようになったお姉ちゃんらしくない朱先輩が顔を出し始める。
『わたしも愛さんの一番の親友だから“頑張って”信じるんだよ? それに対して勇気くらいは欲しいんだよ』
 しかもこれまで以上に強く意識している面識のないはずの二人。
 そこにはあの日のメッセージと同じように努力と言う形が付く朱先輩。でも私の一番の親友なんだからそこは絶対大丈夫なのだ。
『分かりました。また日程を確認しておきますので少しだけ待っていて下さい』
 それでも朱先輩があのブラウスと共にどれ程の傷を負ったのかも、聞けないくらいには深いと思うのだ。だったらいつもものすごくお世話になりっぱなしの朱先輩に、不義理なんて働けない。
『分かったんだよ。そしたらまだまだ怖さもあるけど、愛さんの大切な蒼さんなんだからブラウスの完成。楽しみにしてるんだよ』
『ありがとうございます。完成したらすぐに朱先輩に見てもらいますので楽しみにしてて下さいね』
 でもここから先は不安なんて要らない。ただ完成を楽しみにしてもらうだけにする。
『うん。楽しみにしてるね。それじゃ今日はわざわざ連絡してくれてありがとう。また金曜日に今週末の連絡待ってるんだよ』
『はい。改めて参加の旨連絡させて頂きますね』
 何とか少しでも朱先輩に安心して貰えたかなと、通話を終える。


 その直後

宛元:優希君
題名:ありがとう
本文:夜遅いから電話は辞めてメッセージにするけど、今日も優珠に良くしてくれ
   たんだってね。しかも今回は佳奈ちゃんまでよくしてくれたって、帰って
   から今までずっと本当に嬉しそうに話してくれてたよ。今はお風呂入ってる
   から僕一人だけど、多分今日は一晩中その話だと思う。それくらいに嬉し
   かったんだと思う。優珠や僕だけじゃなくて佳奈ちゃんまで大切にしてくれて
   本当にありがとう。明日また一緒に登校したい

 優希君からのメッセージに、当然の返事をして
「愛美。今からお母さんとお話しましょ」
「はーい。鍵開いてるよー」
 今度こそ男子禁制。母娘(おやこ)での会話を楽しもうと、お母さんを迎え入れる。
 慶は今頃お父さんとしっかり心の内を話せていると安心して。

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