第226話 教頭先生の想いと願い(後) Cパート

文字数 6,630文字

「以上五人への質問は終わりです。それでは最後に――岡本さん。岡本さんには二つの質問をさせて頂きます。よろしいですか?」
 一段落して弛緩した後、改めて私への質問を宣言して弛緩した空気を締めにかかる教頭先生。
 どう言う結論、結果だったとしても本当にこれが最後だと私はもう一度気を引き締め直すつもりで誰よりも前に出てこの教頭と対峙する。
「はい。お願いします」
「それでは一つ目です――近しい人、気の置けない人間に対して正直に打ち明けられない辛さは理解して頂けましたか?」 【

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話以降点在】
 それは誰に対しての話なのか。あの時鼎談の話なのか。それとも初学期の最後に穂高先生とやり合った時の話なのか。
 あるいは中学期の初めに三人で話した内容なのか。はたまた対象が私にとって大切な後輩、仲間たちへの秘密の話なのか。該当が多すぎて、いつも誰かに打ち明けたい衝動に駆られていて
「確かに苦しかったですし、何度も言ってしまいたくもなりましたけれど、そこは行動と態度で相手に信用してもらおうと必死で自分に言い聞かせていました」
 そう。優希君にしてもそうだったし、特に担任の巻本――あ。そう言えば何度あの先生の辛そうな表情を目にしたのか。
 何度あの先生に打ち明けてしまいたくなったのか。それを課題だからと諦めたのか。


「……辛かったです。相手の打ち明けて欲しい気持ちに応えられないのも、言いたいのに言えない気持ちも。その相手の気持ちが痛いほど分かるだけに、そのもどかしさは相当な物でした」
 私の初めの言葉では満足してもらえなかったのか、始めは全く反応しなかった教頭先生が、巻本先生を想って言い換えた私の言葉に大きく頷いて、
「それでも岡本さんは私の課題の条件を最後まで守り切りましたね。それは何故ですか?」
 追加で質問を貰うけれど、何故か……か。
 もう先生がそこまで言ってしまったのなら、課題だと言うのを盾にするのが解答としておかしいのはさすがに私でも分かる。だから私も本音で言っても良いのだと判断して、

「何が何でも冬美さんに役員を続けて欲しかったからです」

 腹を括った私が、口火を切るとさすがに五人全員から声にならない声が上がる。ただ、その内の一人からは鼻を啜る音も聞こえるし小さな嗚咽すらも聞こえる。
 それでも腹を括った私は後ろを振り返らずに教頭先生を正面から見据える。
「そこまで雪野議長に辞めて欲しくなかったのですか?」
 私の態度に何を想ったのか、先生も立ち上がって確認をして来るけれど、何を今更言い出すのか。さっきから自分だって冬美さんを辞めさせたくなくて、こっちの気も知らないで秘密裏に冬美さんの説得をしていたんじゃないのか。
「先生。この期に及んで何を仰っているんですか? 元々冬美さんは降りるに値しませんよね。噂にしても冬美さんが広めた訳じゃない。
 暴力にしても冬美さんか振るうどころか関与すらしていない。それどころか噂を鵜呑みせずに当事者に直接聞き取りに行ったのなんて統括会としても鑑じゃないですか。学校側としても“ある程度把握して”理解してらっしゃったので、何一つ冬美さんに対する具体的な処分は示さなかったんじゃないんですか? つまり元々冬美さんは処分の対象でも何でもない。だから今も冬美さんだけ一言が少なかったんですよね」
 私の言葉に何を驚いた芝居をしているのか。そもそも自分が冬美さんを処分する気はない、統括会を続けて欲しいと口にした上、この教頭の頭の中ではそれくらい気付いて当然だと思っているんじゃないのか。
「岡本さんっ! そこまでワタシを想って頂いてたなんて。本当に、本当にありがとうございますっ……感謝の気持ちで一杯ですっ!」
 だけれど早くも感極まった冬美さんが、私の背中から抱き着いてその温もりと同時に暖かく湿った何かも伝わる。
「本当に岡本さんには参りました。流石です。ですが岡本さんに一つだけ。巻本先生ももちろんですが、養護教諭もまたしんどかった。信用して欲しい人に言えない、喋れない辛さも知って頂きたいと思います」
 そんな私たちに目を細めた先生からの補足の一言。
 でも確かにそうかも知れない。何も先生だけに限らず、人にはその感情があるのだから、相手にだって心があるに決まっている。
 そう言えば以前先生との鼎談の際に言われた言葉、

「良いですか? この問いは相手の気持ちに、

では分かりませんよ。

ないと分かりませんよ。でも私は岡本さんなら分かると、気付けると踏んでこの問いを出しています。一度ゆっくりと考えてみて下さい」

 を思い出す。
 つまりそれは巻本先生だけに限らず、あの穂高先生にしても何度か項垂れた姿を見た事はあった。しかも私が頑なな態度をとっていた時、何度も“どうやったら穂高先生を私が信用するのか、信用してくれるのか”って聞いてくれていた時に集中していた。
 結局は今回先生が中心のこの質問だったけれど、私たち生徒側も同じだと言うのはもう今更の話だ。
「それでは岡本さん。巻本先生や穂高先生への気持ちをどうやって汲み取りますか?」
 そして同じように私にもこれからの行動を求める先生。
「課題が終わらない事には、私からは何も言えません。ですのでこの課題の結果が出た後、出来るだけ速やかにお二人の先生方には、私の口からしっかりとその理由を誠意をもって話したいと思います」
 今この場に限っては先生の方から課題を匂わせたのだから、免除してもらうとしても今はまだ二人の先生を呼んでもらう訳にはいかない。
 それくらいに現段階での穂高先生の印象が、園芸部二人には良くないのだ。
「分かりました。それでは明日以降、岡本さんがお二人の先生方にどう対応するのか、様子を見せて頂きます」
「分かりました。それでは今後もしっかりと、相手の気持ちを理解できるよう意識したいと思います」
 二人の先生はもちろん、私は先生だけに限らず今も後ろに控えてくれている後輩たちにも、しっかりと説明出来ればとは思っているし、それは今後の人生の中でも同じ話だ。
 ただこの教頭先生だけれど、あの時の会話一つだけで、一体どれだけの先を読んで私と会話をしていたのか。
「これ以上岡本さんに付ける注釈自体がありません。ですので二つ目の質問。最後の質問をしてもよろしいでしょうか」
 しかもこの教頭から注釈がないとか言われたんだけれど。これは喜んでいいのか落ち込んで良いのか実感が沸かなさすぎる。
「……はい。お願いします」
 それでも先生が話を進めると言う事は、問題ないと判断して返事をすると、

「それでは最後の質問ですが……返事はたった一言

で十分です」


 ――雨降って地は固まりましたか?―― (32話→当話までの全範囲)


 その先生の一言に、今までの出来事がまるで走馬灯のように頭の中を駆け巡る。実祝さんとの喧嘩、咲夜さんとに行き違い、蒼ちゃんと初めてした喧嘩、優希君への恋情で拗れに拗れた冬美さんと彩風さん。
 それに中々気を許してもらえなかった優珠希ちゃんも。そのどれもトラブル、難解続きだったけれどそれでも今こうして五人揃ってこの場に立っているのだ。
 たったそれだけを思い返しても、先生の最後の質問に私の体中から鳥肌が出るのが分かる。先生は一番初めの会話から私とした話を覚えていてくれていたのだ。
 しかもまだそんなに話もしていなかったし、交渉自体も総務の彩風さんと会長のあの人で行っていたので、私自身の面識はほとんどなかったにもかかわらず。だ。本当にこんな先生、大人に二度と出会えないかも知れない。
 それくらい私の話を大切に聞いてくれた上で、初め。本当の大元に帰して来た教頭先生。
 しかも二文字って事はつまり答えは一つしかないって事で、この課題は――

「――

っ!――」

 自分でも分かる程の破顔一笑で返事をする。

「――! 本当に岡本さんの笑顔は魅力的ですね――私ももう少し若ければ……っと。さすがにこれ以上はよくありませんね――では改めて。❝よろしいでしょう!❞ 岡本さんの課題達成を

で認めます。よって雪野議長の交代白紙と共に、続投を認めます!」

 一番最後先生からのその答えに、私の体中に大歓喜の波が押し寄せる。
 その感極まった私の気持ちを少しでも教頭先生に伝えたくて、先生に抱き着こうとしたした瞬間、
「ちょぉっとアンタ!! 誰に何しようとしてるのよっ! このハレンチ先輩は油断も隙も無さすぎるんだから」
 いつの間にか私にしがみついていた優珠希ちゃんが、その体重を重くして私の動きそのものを止めてしまう。
「どうして止めるの? だってこれはどう考えても先生に感謝しても良いんじゃないの? それに喜びを伝えるだけなのに何を邪推するの?」
 だけれど私の喜びにケチを付けようとした優珠希ちゃんに、思わず悪態をついてしまう。
「何を屁理屈ゆってるのよ! お兄ちゃん以外の男なんて年齢に関係なく駄目に決まってるじゃない!」
「ちょっと先生も。いくら教頭だからってその手は何です? まさかとは思いますが愛先輩を受け止めようとか考えたんじゃないですよね」
 しかも理沙さんまで教頭先生に悪態をつき始めているし。つまり二人共が私たちの通じ合った気持ちを邪魔したって事なんじゃないのか。
「何を仰るんですか。私はただ生徒たちの安全と想いをしっかり確保した上で受け止めようとしただけです。そもそも私だって自分の年齢くらい自覚してます」
 まあ年が若ければどんな下心があったのかは考えないようにする。
「先生。教頭先生ともあろうお方が何を屁理屈コネてるんです? 先ほど小声でもう少し若ければとか何とか仰ってましたのあーしにもバッチリ聞こえてましたよ」
 だけれど、筋金入りで男嫌いの中条さんはそんな事では止まらない。
「でも私が受け止めなければ岡本さんが怪我をしたかもしれませんよ。それを後輩として容認するんですか?」
 しかもそこから出た教頭先生の言い訳がまさか、昨日聞いた優希君の言い訳とそっくりだとは思わなくて思わず吹いてしまう。
 本当に男の人ってそう考えていたのかもしれない。だとしたらこの分の一つくらいは、優希君に優しくするのはありかも知れない。
「それで先生。私のお願いを一つ叶えてくれるんですよね」
 それにこの教頭先生の立場が悪くなっても申し訳ないからと、私の方からこちらもかねてより準備していたお願いへと話を変えさせてもらう。
 こちらも面談や鼎談の際には言ってもらっていたはずだから、何も荒唐無稽な話でもない。
「……良いでしょう。それでは岡本さんの願いを言ってみて下さい」
 なのにさっきの雰囲気を消した教頭先生の目が、再びスッと細くなる。
「言うだけじゃなくて叶えて頂けると約束して下さい」
 この先生の目の時には十分注意しないといけないのは経験済みなのだ。
「……出来る事と出来ない事がある中で、さすがに確約はしかねます。それはお判りいただけますね」
 言っている事は分かるけれど、贈り物をしてくれる約束だったはずなのに、何て手の平返しなのか。 (136話)
「……明日10月1日(木曜日)から、園芸部の再開の許可をお願いします」
 それでも、どうしてもこれだけは成し遂げたかったのだから、その希望だけは口にさせてもらうけれど……私の周りの空気がまた変わる。
「岡本先輩ってどこまで……」
「――……」
 園芸部員二人があからさまに空気を変えるけれど、教頭は全く変わらない。
「……さすがにこの時間から明日までに周知了承するのは無理です。それに顧問の先生はどうしますか?」
 そう。この流れを待っていたのだ。この流れに持っていければ応援すると決めた先生に全てを打ち明けられるのだ。
「私の担任の先生。巻本先生なら確実に受けてくれますよ」
 それに二人共が初めから全く信用していなかった、元の顧問なんかに任せられる訳が無いのだから、ここは遠慮なく言い切れる。
「――そう言う事ですか。これは一本取られましたね。全て分かりました。現時点で岡本さんにはまだまだ言いたい事もありますが、それは後日、鍵の返却の際に話をしましょう。まずは本日課題の達成を認めます。本当に


 ――我々大人が解決出来なかった問題を解決頂きまして――
「それから贈り物の話ですが、部活の件了承しました『?!』近く巻本先生に確認を取って、正式な部活再開時期について改めて部長である御国さんと、顧問を受けて頂ければ巻本先生にも追って連絡を差し上げます。それでは話は以上でしょうか」

「ありがとうございました!」
 なんだかんだ言いつつも、私のお願いも聞いてくれた教頭先生にお礼を伝えて、何とか、何とか。課題達成を認めてもらえた上で応接室を退室させて頂く。


―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――

「空木先輩が仰ってました、舌で絡め取って欲しいと言うのはこういう事だったんですね」
 家に帰って一人天蓋付きのベッドの上で一人溜息をつく冬美。
 雪野家は元々かなり良家のお嬢様であり、普段家には両親があまりいないため、お手伝いさんが毎日一人来てくれている。
 ただ普通の漫画などのように、長い付き合いだからと言ったようなエピソードはあんまりなかったりする。
 普通に話はするけれど、あくまでその程度の話だ。
 だから冬美自身がこれと言って話しかけない限り、向こうから話しかけて来るなんてのもあんまりなかったりする。
 もちろん関係が悪いとかもないので、ギクシャクしているわけでもないが。
「岡本先輩……ワタシと友達になりたいとか、空木先輩の事は赦すとか、普通に考えたら考えられない事ばかりでしたけど、初めからワタシの統括会続投を意識されてたんですね」
 だから冬美が一人部屋の中で喋っていたとしても、夜にもまだ差し掛からない時間。誰も聞き咎める人間はいない。
 冬美は一人部屋着であるワンピースに着替える。
「それにワタシは何も間違ってはいないと初めから仰って頂いてましたし……正直空木先輩も、中条さんもあんな先輩のどこが良いのかさっぱり分かりませんでしたが、結局はあの先輩のお人柄なんでしょう」
 失恋中の冬美に対して、その失恋相手と恋人になった愛美からの強引すぎる振り回し。正直初めは全く良い印象も無かった。こっちの気も知らずに、自分は想い人と成就出来たからと。
 だけど途中からその様子は一転したのだ。
「あの空木先輩の妹さん……あの女性は一体何なんですか? どうして岡本さんに馴れ馴れしいんですか?」
 何があっても冬美の味方をしてくれて、どれだけの暴言や雑言を浴びせても、中々怒らないし。その上、冬美自身が先輩後輩を取り払って普通に地を出しても、気分を害するどころか嬉しそうにする始末。
「岡本先輩……愛先輩……は、霧ちゃんと被ってしまいますから――」
 先輩として鼻にも掛けない、空木先輩の勝者として傷口に塩を塗る訳で――はあったけど、それが目的でもなかった。
 その上誰に対しても優しい――そう。あの妹さんにも。そしてついには冬美自身の想いまで掘り当ててしまった愛美。
「だったら愛美先輩――これはあの空木先輩の妹さんと被りますけど……これで行きましょう! いや待って下さい――」
 これじゃ愛美に対して全く瑕疵が見つからないし、統括会続投を会長をのけて解決してしまった今、誰よりも頼りになる先輩にしか見えなくなってる。
「愛美先輩だと、先輩後輩に逆戻りじゃないですか。だったら……愛美さん――空木先輩と被りますけど、これなら友達としても問題ないはずです」
 そう言えばあの会長からも助けてくれた岡本さん――いや。愛美さん。ひょっとしなくてもこの気持ちで霧華は愛美を見ているのかもしれない。
 そう思うと、勝手に冬美の顔が笑顔に変わる。
「さすがは霧ちゃん。初めから愛美さんの魅力に気付いてたんですね。でも時間は関係ありません。ワタシは愛美さんとたくさん喧嘩をした分、愛美さんを知ってます」
 その冬美が滅多に浮かべない笑顔を知っているのは、まさに愛美だけ。
 その冬美の感謝と言う名の妄想は、この広い部屋の天蓋付きのベッドの上でまだまだ続く――

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