【02】

文字数 1,179文字

結局俺の全身は雨に溶けて、地面に沁み込んでいった。

溶かされている時に痛みは全く感じなかったが、全身の細胞がばらばらになっていく、気味の悪い感覚がずっと続いていた。

完全にばらばらになって気づいたのだが、俺の体を構成する、60兆個あるという細胞が、60兆個の水分子に変わってしまったらしい。
そしてその水分子の一つ一つが、俺という意識で繋がっているのだ。

今俺は道路の表面から、地中に分散して広がっている。
しかし地中深く沁み込んだ俺とは、徐々に意識が切り離されていっていくのが、はっきりと認識できた。

その喪失感が、俺がこれまでの人生で味わってきた、どんな肉体的、そして精神的な苦痛よりも、俺を苛んでいった。

――俺は一体、どうなってしまうんだ。
自分が少しずつ消失していくのを感じながら、俺にはなす術もなかった。

そして暫くすると、灼熱の感覚が俺の全体に広がり始めた。
日が昇り始めたのだ。

地表に拡がっている部分から徐々に日光に焼かれ、俺は蒸発して空に舞い上がって行った。

上に行くほど日光の熱量は増し、水分子となった1つ1つの俺を焼いていく。
そしてその、日光に焼かれる痛みにも増して、空中に拡散していく喪失感が、俺を苛んでいった。

数10兆個に分散した個々の俺の感覚が、俺の意識として1つに集約されているのだ。
それは個々の俺が感じる痛みや苦痛が、数10兆倍となって、俺の意識に流れ込んでくることを意味していた。

その強烈な痛みと喪失感に悶え苦しみながら、俺は空中に拡散しまいとして、抗っていた。
次々と空中に舞い上がって来る個々の俺を、俺は必死の思いでかき集めた。

やがて俺は、大きな雲になっていた。
そして気圧の低い方へと流されて行く。

流れていくにつれて、周囲から水分が集まって来て、俺は徐々に巨大な雨雲になっていった。

その中を稲妻が幾つも駆け抜け、その度に強烈な衝撃が俺を襲う。
そして俺は、豪雨となって地上に降り注いだ。

数1,000mの高さから、地面に叩きつけられる。
その衝撃と激痛を、俺は数10兆回味わうことになった。

それでも俺の意識は、何故か明瞭に保たれていた。

地上に落ちた俺は、やがてまた日光に焼かれて、空中に舞い上がって行った。

そんなサイクルが、それから幾度となく繰り返され、俺は激しい痛みと衝撃と、そして自身が徐々に減っていく、耐え難い喪失感を味わい続けたのだった。

やがて俺は、1個の水分子になっていた。
それでも俺の意識は、まだ明瞭なまま保たれていた。

これ以上俺が減ることはないが、雨となって地上に降り注ぎ、蒸発して雲になる――そのことは未来永劫続くのだろう。

或いは地中に吸い込まれ、水の流れの一部となって、やがて海に流れていくようなことが、この先あるのかも知れない。

それでも俺は壊れないまま、この世界に在り続けるのだろう。
――これは、俺が犯した罪への罰なのだろうか?
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