第三項 トレヴィダの夜、再び?
文字数 3,363文字
「決まったね!クマパンチ」
「なんか、クマパンチって可愛い響きですけど、ヒグマの強打ですよね。すごい威力でした」
さて、舞台は深夜の聖エリギエール学園です。蓮さんが鬼を退治したあと、学園周辺は停電となりました。バルバリシア隊が本格的に進攻を開始し、暗闇での戦闘が始まりました。闇夜に小雨が降り続ける、嵐の前の静けさな感じの舞台です。
マラコーダさんが送り込んだバルバリシア隊は、電力と有線電話の施設を占拠し、学園を孤立させました。外部に助けを求めようにも、電話が使えません。真っ暗な中、敵が潜むかもしれない道路を、車で逃げ出すこともできません。そんな追い詰められた状況で、戦いの火蓋は切って落とされました。
バルバリシア隊は、万全の体制を整えていました。学園を包囲する108人の歩兵のみなさんに加え、学園攻略部隊として5匹の化け物(プレリュードの感染者が変身して、大型の銃器を装備したもの)を送り込んだのです。この部隊構成は、30年前のアルビジョワ解放戦争の、”トレヴィダの夜”を再現したものです。
想像してみてください。闇に紛れて、漆黒の戦闘服に身を包み、暗視スコープとマシンガン、ライフルを装備した特殊部隊の襲来です。少年漫画に出てくるような、激しくてカッコイイ戦いが始まりそうですよね?言葉ではなく、指の動きで合図を送り、統率された動きで侵攻するプロの戦闘集団が攻めてきました!
そんな彼らを出迎えたのは……クマさんです……
ここで少しだけ歴史の授業です。アルビジョワ解放戦争が始まったばかりの2045年、
蓮さんが巻き込まれたばかりの頃のお話です。レジスタンスと難民の方々は、焼け野原となったトレヴィダの市街地にいました。そこで唯一無事だった、大きな学校に避難していたのです。もともと、先進国の富裕層向けに設立された私立のインターナショナル・スクールで、小学校から高等学校までを備えていました。ちょうど、今の聖エリギエール学園と似たような規模と建物構成です。そこに、クロミズの特殊部隊が進攻したのです。電力と通信設備を破壊し、闇夜に乗じて虐殺をしたのです。体育館や教室に寝泊りしていた多くの市民が、突然乗り込んできた兵士たちに射殺されました。校舎内を逃げ惑う人たちも、容赦なく後ろから撃たれたのです。悲鳴と怒号が響き渡り、泣いて縋る子供も、自力で動けないお年寄りも皆殺しにされたのです……
その惨劇を再現しようというのです。再現しようと、森の中を特殊部隊が進軍していたのです。ですが
「クマパンチ炸裂!」
ってなったのです。
トレヴィダと違うのは、蓮さんが準備万端で待ち構えていたということです。トラップこそ仕掛けていませんが、それこそが”トラップ”なのです。
え?どういう意味かって?それは、篠原さんこと汚れ髪さんにお願いしたのです。2重スパイの彼に、学園周辺の警備体制を持ち帰らせるだけでなく、学園建築時の工事会社に、敵の工作員を混ぜていたのです。
バルバリシア隊は、汚れ髪さんの情報を信用していました。それにマレブランケ(バルバリシア隊やスカルミリョーネ隊など全てを含めた特殊部隊の総称)の司令官であるマレブランケさんもグルですもの……かくして、バルバリシア隊がどうやって攻めてくるか、蓮さんには筒抜けでした。
さて、解説はここまでにして、そろそろ戦場に話を戻しましょう。蓮さんの仕掛けたサプライズで、どんな戦いになっているのか。
人型歩行戦車とも見える化け物に、大きな黒い影が襲いかかりました。そう……ヒグマです!
え?なんでヒグマが首都圏にいるんだって?それはですね、前回の戦いの舞台であった北海道から、無理矢理お越しいただいたのです。熊川農園に出没したヒグマを麻酔銃で眠らせて、熊の剥製として、農学部に展示する物資として輸送したのです。
もちろん、他にもいろんな野生動物を連れてきています。聖エリギエール学園の農学部には獣医学科を設立中ですから、教育の一環として動物たちを集めたのです。
さて、話をもとに戻しますね。特殊部隊の方々は、校舎に着くまで無駄弾を撃ちたくないですし、なにより銃撃の音で、進攻していることが発覚して欲しくないという状況です。だから、動物が近くにいても相手にしないで進みました。そしたらそれが襲い掛かってきたのです。すぐに戦闘体制に入ることなんか出来ません。そして冒頭の
「決まったね!クマパンチ」
に繋がるのです。
熊と化け物の取っ組み合いが始まって、歩兵のみなさんも困惑したようです。ウルトラマンとかの特撮モノをご覧になった方はイメージしやすいと思います。大きな化け物と熊が、プロレスごっこしているのです。そんな光景を目の当たりにして、狩人ではない(動物と戦ったことがない)兵隊さんたちは、数秒ですが呆気にとられていました。でも、すぐに頭を切り替えて、化け物を援護しようと銃を構えます。そんな彼らを、さらに恐ろしいものが襲います。
”スカンク”です!
森の平和を脅かす、人間の集団が現れました。そんな人間たちが、ケタタマシイ音を立てて発砲したのですから、スカンクさんもびっくりです。びっくりしたから、身を守るために放屁したのです。
「お、おぐぅぁああああ!?」
暗視スコープをしているから、目が潰れることはなかったようです。でも、蓮さんが学園付近でBC兵器(生物、化学兵器)を使うとは想定していませんでした。想定してないから、彼らはガスマスクなんか着けてません。モロに嗅いでしまうのです。
最新兵器で武装した特殊部隊の兵隊さんたちが、その臭いで気絶もしくは悶絶しています。ヒグマ3頭、スカンクがいっぱいのこの森の中で、特殊部隊のみなさんは敗走しました。ちなみに、原作者の知人で、ニューヨーク州のスカースデールに住んでいたという帰国子女がいらっしゃいます。その方の話によると、家の庭とか車庫に、アライグマ(タヌキだったかも?)やスカンクが姿を見せることがあったそうです。スカンクが来ると、明らかに周囲が”うっすら”と臭くなったそうです。で、ある家の方が、車を車庫に入れようとしたとき、誤ってスカンクを轢いてしまったそうです。そのときの最後っ屁はすさまじく、車全体から刺激臭が立ち込め、そのまま廃車せざるをえなかったそうです……スカンク、恐るべし!
「そう簡単にはやらせないよ?」
戦況を楽しそうに眺めていた蓮さんが、刀を手に取り席を立ちます。
「お疲れ様、アマノちゃん。少し休んでていいよ?」
彼は私の頭を撫でて、優しく微笑みかけてくれました。そして
「にしても、俺ちゃんと立札立てたのになぁ~。”熊出没注意!”ってね?」
こんな感じで悪ふざけです。
「あんなの、誰も信じないですよ。首都圏で、しかも学園の敷地内で熊に出くわすなんて、想像できませんよ」
異能を発動してクタクタでしたが、私は思わず吹き出してしまいました。
「そうかな?あんなにリアルな熊の顔を描いたのにさ」
そうです。蓮さんは看板に、動物の顔の絵を描いていました。
「あれ、やっぱり熊のつもりだったんですね……」
「もちろん!そっくりだったでしょ?」
「てっきり、太ったタヌキだと思ってました」
そこまで言って、私たちは顔を見合わせて笑いました。
「行くんですね?」
冷えた500mlペットボトルのお水を手渡されたので、私は喉を潤します。
「ああ。3時くらいまでに片付けてくるよ。みんなの朝食、下ごしらえをしたいしね」
「わかりました。お気をつけて」
お水を飲んで落ち着いて、私は異能を解除しました。実は、クマさんたちが戦ってくれたのって、私の異能の効果なんです。水のプラヴァシーを宿したりジルくんが、敷地内のグラマトン濃度を高めてくれていました。小雨で湿度の上がった空間、水分に乗せて粒子を拡散することができました。そのグラマトンを媒体に、私のスキルを活用することができました。動物達へ飛ばした思念、”敵が来たよ。みんなでやっつけよう!”を伝達することができるのです。
蓮さんが出て行くのを見て、私はそっと目を閉じました。目を閉じて、浅い眠りに浸っていくのです。
「なんか、クマパンチって可愛い響きですけど、ヒグマの強打ですよね。すごい威力でした」
さて、舞台は深夜の聖エリギエール学園です。蓮さんが鬼を退治したあと、学園周辺は停電となりました。バルバリシア隊が本格的に進攻を開始し、暗闇での戦闘が始まりました。闇夜に小雨が降り続ける、嵐の前の静けさな感じの舞台です。
マラコーダさんが送り込んだバルバリシア隊は、電力と有線電話の施設を占拠し、学園を孤立させました。外部に助けを求めようにも、電話が使えません。真っ暗な中、敵が潜むかもしれない道路を、車で逃げ出すこともできません。そんな追い詰められた状況で、戦いの火蓋は切って落とされました。
バルバリシア隊は、万全の体制を整えていました。学園を包囲する108人の歩兵のみなさんに加え、学園攻略部隊として5匹の化け物(プレリュードの感染者が変身して、大型の銃器を装備したもの)を送り込んだのです。この部隊構成は、30年前のアルビジョワ解放戦争の、”トレヴィダの夜”を再現したものです。
想像してみてください。闇に紛れて、漆黒の戦闘服に身を包み、暗視スコープとマシンガン、ライフルを装備した特殊部隊の襲来です。少年漫画に出てくるような、激しくてカッコイイ戦いが始まりそうですよね?言葉ではなく、指の動きで合図を送り、統率された動きで侵攻するプロの戦闘集団が攻めてきました!
そんな彼らを出迎えたのは……クマさんです……
ここで少しだけ歴史の授業です。アルビジョワ解放戦争が始まったばかりの2045年、
蓮さんが巻き込まれたばかりの頃のお話です。レジスタンスと難民の方々は、焼け野原となったトレヴィダの市街地にいました。そこで唯一無事だった、大きな学校に避難していたのです。もともと、先進国の富裕層向けに設立された私立のインターナショナル・スクールで、小学校から高等学校までを備えていました。ちょうど、今の聖エリギエール学園と似たような規模と建物構成です。そこに、クロミズの特殊部隊が進攻したのです。電力と通信設備を破壊し、闇夜に乗じて虐殺をしたのです。体育館や教室に寝泊りしていた多くの市民が、突然乗り込んできた兵士たちに射殺されました。校舎内を逃げ惑う人たちも、容赦なく後ろから撃たれたのです。悲鳴と怒号が響き渡り、泣いて縋る子供も、自力で動けないお年寄りも皆殺しにされたのです……
その惨劇を再現しようというのです。再現しようと、森の中を特殊部隊が進軍していたのです。ですが
「クマパンチ炸裂!」
ってなったのです。
トレヴィダと違うのは、蓮さんが準備万端で待ち構えていたということです。トラップこそ仕掛けていませんが、それこそが”トラップ”なのです。
え?どういう意味かって?それは、篠原さんこと汚れ髪さんにお願いしたのです。2重スパイの彼に、学園周辺の警備体制を持ち帰らせるだけでなく、学園建築時の工事会社に、敵の工作員を混ぜていたのです。
バルバリシア隊は、汚れ髪さんの情報を信用していました。それにマレブランケ(バルバリシア隊やスカルミリョーネ隊など全てを含めた特殊部隊の総称)の司令官であるマレブランケさんもグルですもの……かくして、バルバリシア隊がどうやって攻めてくるか、蓮さんには筒抜けでした。
さて、解説はここまでにして、そろそろ戦場に話を戻しましょう。蓮さんの仕掛けたサプライズで、どんな戦いになっているのか。
人型歩行戦車とも見える化け物に、大きな黒い影が襲いかかりました。そう……ヒグマです!
え?なんでヒグマが首都圏にいるんだって?それはですね、前回の戦いの舞台であった北海道から、無理矢理お越しいただいたのです。熊川農園に出没したヒグマを麻酔銃で眠らせて、熊の剥製として、農学部に展示する物資として輸送したのです。
もちろん、他にもいろんな野生動物を連れてきています。聖エリギエール学園の農学部には獣医学科を設立中ですから、教育の一環として動物たちを集めたのです。
さて、話をもとに戻しますね。特殊部隊の方々は、校舎に着くまで無駄弾を撃ちたくないですし、なにより銃撃の音で、進攻していることが発覚して欲しくないという状況です。だから、動物が近くにいても相手にしないで進みました。そしたらそれが襲い掛かってきたのです。すぐに戦闘体制に入ることなんか出来ません。そして冒頭の
「決まったね!クマパンチ」
に繋がるのです。
熊と化け物の取っ組み合いが始まって、歩兵のみなさんも困惑したようです。ウルトラマンとかの特撮モノをご覧になった方はイメージしやすいと思います。大きな化け物と熊が、プロレスごっこしているのです。そんな光景を目の当たりにして、狩人ではない(動物と戦ったことがない)兵隊さんたちは、数秒ですが呆気にとられていました。でも、すぐに頭を切り替えて、化け物を援護しようと銃を構えます。そんな彼らを、さらに恐ろしいものが襲います。
”スカンク”です!
森の平和を脅かす、人間の集団が現れました。そんな人間たちが、ケタタマシイ音を立てて発砲したのですから、スカンクさんもびっくりです。びっくりしたから、身を守るために放屁したのです。
「お、おぐぅぁああああ!?」
暗視スコープをしているから、目が潰れることはなかったようです。でも、蓮さんが学園付近でBC兵器(生物、化学兵器)を使うとは想定していませんでした。想定してないから、彼らはガスマスクなんか着けてません。モロに嗅いでしまうのです。
最新兵器で武装した特殊部隊の兵隊さんたちが、その臭いで気絶もしくは悶絶しています。ヒグマ3頭、スカンクがいっぱいのこの森の中で、特殊部隊のみなさんは敗走しました。ちなみに、原作者の知人で、ニューヨーク州のスカースデールに住んでいたという帰国子女がいらっしゃいます。その方の話によると、家の庭とか車庫に、アライグマ(タヌキだったかも?)やスカンクが姿を見せることがあったそうです。スカンクが来ると、明らかに周囲が”うっすら”と臭くなったそうです。で、ある家の方が、車を車庫に入れようとしたとき、誤ってスカンクを轢いてしまったそうです。そのときの最後っ屁はすさまじく、車全体から刺激臭が立ち込め、そのまま廃車せざるをえなかったそうです……スカンク、恐るべし!
「そう簡単にはやらせないよ?」
戦況を楽しそうに眺めていた蓮さんが、刀を手に取り席を立ちます。
「お疲れ様、アマノちゃん。少し休んでていいよ?」
彼は私の頭を撫でて、優しく微笑みかけてくれました。そして
「にしても、俺ちゃんと立札立てたのになぁ~。”熊出没注意!”ってね?」
こんな感じで悪ふざけです。
「あんなの、誰も信じないですよ。首都圏で、しかも学園の敷地内で熊に出くわすなんて、想像できませんよ」
異能を発動してクタクタでしたが、私は思わず吹き出してしまいました。
「そうかな?あんなにリアルな熊の顔を描いたのにさ」
そうです。蓮さんは看板に、動物の顔の絵を描いていました。
「あれ、やっぱり熊のつもりだったんですね……」
「もちろん!そっくりだったでしょ?」
「てっきり、太ったタヌキだと思ってました」
そこまで言って、私たちは顔を見合わせて笑いました。
「行くんですね?」
冷えた500mlペットボトルのお水を手渡されたので、私は喉を潤します。
「ああ。3時くらいまでに片付けてくるよ。みんなの朝食、下ごしらえをしたいしね」
「わかりました。お気をつけて」
お水を飲んで落ち着いて、私は異能を解除しました。実は、クマさんたちが戦ってくれたのって、私の異能の効果なんです。水のプラヴァシーを宿したりジルくんが、敷地内のグラマトン濃度を高めてくれていました。小雨で湿度の上がった空間、水分に乗せて粒子を拡散することができました。そのグラマトンを媒体に、私のスキルを活用することができました。動物達へ飛ばした思念、”敵が来たよ。みんなでやっつけよう!”を伝達することができるのです。
蓮さんが出て行くのを見て、私はそっと目を閉じました。目を閉じて、浅い眠りに浸っていくのです。