第五項 夜の校舎、窓ガラスを……

文字数 2,127文字

 蓮さんが校舎に到着したとき、既に戦いは始まっていました。リジルくんが
「はあああっ!」
バルバリシア隊の歩兵さんを斬り裂いていました。その横には、マシンガンで敵を牽制するサララさん。
 今回、あんまり出番というか、戦っている描写がありませんでしたが、リジルくんはとっても強いんです。北海道での戦いでは、敵に洗脳されて蓮さんと激突しました。生命を司る”水の烙印(プラヴァシー)”を左眼に宿し、蓮さんと互角の戦闘を繰り広げたほどです。
 「ここは俺に任せて。リジルくんも一緒に避難するんだ」
そんな強者のリジルくんに、蓮さんは避難するよう言葉をかけるのです。躍りかかるバルバリシア隊の首を跳ね飛ばして。
「バカを言うな。潜入した敵は100人以上だ。いくらあんたでも、多勢に無勢だ」
水で出来た槍でサイボーグを貫くリジルくんと、刀を振るう蓮さん。2人はそのまま、迫り来る歩兵さんを斬り捨てながら会話するのです。
 リジルくんは湿気で満たした空間の全てを把握することが出来ます。だから、霧雨で満たした学園校内に入り込んだ、敵の数や特徴がわかるのです。
「お!難しい言葉を知ってるんだね。大丈夫だよ。この器(からだ)のスペックと異能があれば、そうそう負けやしないさ」
「油断するな。あんたにもしものことがあったら、蓮の意識が覚醒できなくなる」
「心配しないで。それに、できれば君にはチカラを温存して欲しい。僕が決戦に臨むとき、ここを、みんなを守って欲しいんだ」
「このあと何が起こる?」
「バルバリシア隊が壊滅したあと、108匹の……”蝗(いなご)の風”が吹く」
「いなご?」
「ああ。いなごって言っても、ファーブル昆虫記に出てくる方じゃない。旧約聖書の黙示録に出演する方だ」
「よくわからないな。その話は知らない」
「そっちの方は勉強してないの?」
「あいつに……蓮に教わっていない」
「そうか……じゃあ、蓮くんが戻ってきたら、いろんなお話を聞いてごらん。彼は君たちを慈しんでる。喜んでいろいろ話してくれるさ。ちなみに、僕のお勧めは、星の王子様だよ」
「あいつに会いたい。フェルトも会いたがってる。だから」
「お互いに死ねないね?」
「死んでたまるか!」
 そこまで話すと、蓮さんは優しく微笑んで
「OK!そしたら俺が、校舎内に忍び込んだ連中を始末する。リジルくんはフェルトちゃんやスメラギさんたちを守ってくれ。アマノちゃんとサキちゃんもよろしく!」
会話を打ち切るのです。
「了解した」
 リジルくんは踵を返して走り出し、銃撃を続けるサララさんのもとへ向かいました。彼女が食い止めている歩兵たちを、いともたやすく蹴散らすのです。水で出来たクリスタルのような6枚の翼で全身を覆い、銃弾を弾いてしまいます。そして翼から、今度は無数の氷の矢を放出して、4名を蜂の巣にしてしまうのです。
「いいね。いけそうな気がしてきた」
 蓮さんはリジルくんを子供だと言います。それは当然そうなのですが、表面的な意味ではありません。まだ子供だから、発現する異能がシンプルなんです。これは批判ではありません。子供で、”水”という言葉を素直に受け入れているから、水蒸気や氷などを操って、ファンタジーの世界でおなじみの戦い方ができるのです。蓮さんいわく、やがて”大地=生”と”水=命”という概念の違いを理解できれば、本当の異能を獲得できるそうです。ただ、30年前の戦場を息抜き、操られていたとはいえ、北海道での戦いを経験したリジルくんです。既に歴戦の勇者であり、さらには異能者なのです。
 そんなリジルくんの背中を見つめながら、今の蓮さんは微笑んでいました。安心して、たったひとりの戦場に赴くのです。

 「スメラギさん、聞こえる?」
校舎で本格的な戦闘を開始する前、蓮さんは作戦本部でもある、スメラギさんの研究室に電話を入れました。研究室に直通の、他の電話とは装置が分離されたものです。
「聞こえているわ。この内線は生きてるみたいね」
「そうだね。と言っても、もうすぐ不通になると想うから、手短に要件を伝えるね」
「どうぞ」
「オペレーション・ラスカルの準備を頼む」
オペレーション・ラスカル。なんだか、可愛いアライグマさんが出てきそうな、戦いに向かない作戦名ですよね。どんな作戦なのか、私にもわかりません。
「やるしかないのね?」
「ああ。バルバリシア隊が敗走したとき、オートポルの連中はマレブランケを見限る。蝗の風が吹き荒れるはずだ」
「そう……予定より早いわね」
「ああ。蓮くんが復活するまでは小競り合いで済むと思っていたんだけどね。どうやらオートポルは焦っているらしい」
「わかったわ。奈落が発動すると同時に、オペレーション・ラスカルを発動します」
「頼んだ。僕はこれから、単独行動を取らざるを得ない。後の指揮は任せたよ」
「承知しました。ここまでありがとうございます。えっと……セトさん」
「いえいえ。それじゃ、通信終わります」
 蓮さんは受話器を置いて、音もなく姿を消しました。消したというより、暗闇に紛れて気配を絶ったのです。ここからが、蓮さんと一般兵さんとの戦闘です。
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登場人物紹介

羽矢亜麻乃(はねやあまの)(17)

本作ではヒロインとして、蓮野久希の協力者として活躍する、大人びた美少女。

蓮に惹かれながらも、親友の早苗沙希を想い、一線を引いて彼と接する。

”親に言えない願い事(ペットが欲しい)”のスキルで、クマパンチ炸裂!

蓮野久季(はすのひさき)(21?) 通称:蓮(レン)

本作では、飯嶋蓮乃(いいじまはすの)(23)と名乗り、記憶喪失なのか多重人格なのかを疑わせる、相変わらずの問題児的主人公。

物語の核である、「グラマトン、プラヴァシー、継承者、閉じた輪廻」に密接に関わる、左利きの男。

本作では遂に、その正体が見えてくる。

桜苗沙希(さなえさき)(16)

ちょっと天然な、お菓子系の美少女。

蓮に惹かれ恋人になるが、本作では再開した彼に戸惑うだけである。

しかし、「特異点、欠片」という、特別な秘密があり、蓮との出会いは偶然ではないのかもしれない……

輝月舞輪(きづきまり)(27)

物語の途中で姿を見せる、美人過ぎる音楽教師。

かつて蓮と出会った薄幸の女性。彼女との再会が物語を加速させ、蓮は前世の自分たちとプラヴァシーを受け入れる。

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