第七項 通過儀礼

文字数 2,140文字

 「永遠回帰(シルヴァプラナ)、それが、汝に与えられし、終わることのない罰だ」
先ほどの暴力的な雰囲気から一点、アバドンは紳士的な表情と口調になりました。
「もう一度、この生を繰り返したいと、受け入れることができるか?」
さっきよりも深く、閉じた輪廻をご存知な、神の代弁者になられたようです。
「受け入れ、むしろ進んで、この生を繰り返すことが出来るのか?」
「ふざけるな……この娘にこんな人生を押し付けて、ここまで苦しめて、まだ繰り返せってのか?」
「それが、神の掟を破りしこの女の、この魂に与えられた永遠の罰」
「ふざけるな……ふざけんじゃねぇよ!メアリが誰の転生体だろうと、これ以上苦しめんじゃねぇ!」
理性の殻を捨てて叫ぶ、彼の感情に呼応します。争いのプラヴァシーの破壊の相、右手の矛が覚醒するのです。
「永遠回帰(シルヴァプラナ)だと?そんなもん……閉じた輪廻なんざ、今ここで断ち切ってやるよ!」

 蓮さんの右手が紫に輝きだし、その甲に矛とされる十字が顕現します。そのまま彼の右拳は激しく帯電しました。
 アバドンがまた炎を吐き、蓮さんはバックステップでこれを回避します。そしてサウスポーのボクシングスタイルで、帯電した右のジャブで、彼はアバドンを打ちのめしました。
「ガッ!?」
ジャブの衝撃と電撃は、アバドンの時間を奪うのに、十分すぎる威力でした。ジャブが炸裂するたびに、ものすごい衝撃波が発生したかのように、アバドンを痛めつけます。
 それでもアバドンは、蓮さんに突撃しました。それ以外に戦う術を持たないから。なまじ強力な筋力があるから、それに頼って彼に突っかかってしまうのです。でも
「ぐぅおおおおお……きさまぁああああ!」
ジャブで全て、止められてしまいます。
「なぁ……格闘技って、なんのためにあると思う?」
蓮さんが静かに聞いて
「あん?そんなこと、わかりきっているだろう?攻撃するためだ!」
アバドンが突進します。それがかわされ、またも電気を帯びたジャブで打ちのめされます。
「違うな……攻撃するためじゃあない。攻撃をね……捌くためにあるんだよ!」
蓮さんはアバドンとの間合いをボクシングのフットワークで調節します。小刻みに動いて的を絞らせず、放たれる打撃をボクシングの防御(パーリング)で裁き、自分の攻撃だけがヒットする状況を構築しています。もちろん、こんな芸当は、人間離れしたスピードを持つ蓮さんにしかできませんが……
「おのぉれぇあああああ!」
散々あしらわれ、痛めつけられたアバドンが、怒りで突進してきます。蓮さんは右足を一歩下げ、オーソドックス(右利き)にスイッチしました。間合いが伸びて、アバドンの槍は空を切り、そのまま渾身の右ストレートが放たれます。帯電した全力の右ストレートが、アバドンの顔面を打ち抜きました。

 強力な右ストレートと電撃で、アバドンの突進は止まりました。そして白目を向いて両膝をついて、動かなくなりました。蓮さんは駆け寄って、再度メアリさんに語りかけます。
「メアリ!聞こえるか?メアリ!?」
「蓮、やっぱりあなたは面白い人……こんな私を、まだヒトとして扱ってくれる……もっと、違う形で出会いたかった。でもその願いは叶わない……だから、自分を責めないで……」
涙するアバドン。
「私を救えなかったと後悔するぐらいなら……どうか私を殺してください!
 私の苦しみを想ってくれるなら……どうか私を……助けようとしないでください!
 醜い私を、これ以上見ないで!」
懇願する、取り込まれてしまったメアリさん。
「諦めるな!俺が必ず助ける!だから!」
蓮さんが叫んだとき、目を覚ましたアバドンが殴打した。化け物の強力すぎるボディブローが、蓮さんを吹き飛ばし、その内臓を潰します。
「ごはっ?」
蓮さんは血を吐きながら地面を転がりました。
「蓮!蓮ーーーー!」
アバドンの中の、メアリさんが叫びます。
 「気付けなかったのは……俺の罪……それを想うなら、歩み止めるな!
 彼女を苦しめたのは……あの男の罪……だからって俺は、無関係じゃない!
 必ず助ける……想いを捨てるな!」
 四つんばいで血を吐きながら、蓮さんは立ち上がります。立ち上がって、左腕にナイフを逆手に構えます。交差する双方の攻撃。蓮さんのナイフがアバドンの槍を、その柄を切り裂きます。槍の刃のついた方が弾かれて飛んでいくと、彼はナイフを捨て、振り向きざまに左の裏拳をアバドンの顎に叩き込みました。体勢を崩したアバドン、先程と同様にサウスポーのボクシングスタイルで迎え撃ちます。
 延々とジャブでアバドンを打ちます。斬撃は中のメアリさんを傷つけるかもしれないから、彼は打撃を選んだのです。それでも
「……いたいよ……こわいよ……もうやめて……もうやだよ……もう殺してよ……」
血を吐きながら打たれ続けるアバドンから、メアリさんの泣き声が漏れて……アバドンを打つごとに、蓮はメアリさんを打っていました。そしてそれ以上に、自分の心を打ちのめしていました。涙を流しながら、延々とアバドンを打ち続けました。
「どうすりゃいいんだ……」
教えてくれ……誰か……教えてくれよ!
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登場人物紹介

羽矢亜麻乃(はねやあまの)(17)

本作ではヒロインとして、蓮野久希の協力者として活躍する、大人びた美少女。

蓮に惹かれながらも、親友の早苗沙希を想い、一線を引いて彼と接する。

”親に言えない願い事(ペットが欲しい)”のスキルで、クマパンチ炸裂!

蓮野久季(はすのひさき)(21?) 通称:蓮(レン)

本作では、飯嶋蓮乃(いいじまはすの)(23)と名乗り、記憶喪失なのか多重人格なのかを疑わせる、相変わらずの問題児的主人公。

物語の核である、「グラマトン、プラヴァシー、継承者、閉じた輪廻」に密接に関わる、左利きの男。

本作では遂に、その正体が見えてくる。

桜苗沙希(さなえさき)(16)

ちょっと天然な、お菓子系の美少女。

蓮に惹かれ恋人になるが、本作では再開した彼に戸惑うだけである。

しかし、「特異点、欠片」という、特別な秘密があり、蓮との出会いは偶然ではないのかもしれない……

輝月舞輪(きづきまり)(27)

物語の途中で姿を見せる、美人過ぎる音楽教師。

かつて蓮と出会った薄幸の女性。彼女との再会が物語を加速させ、蓮は前世の自分たちとプラヴァシーを受け入れる。

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