第一項 主人公が夢遊病って……

文字数 2,224文字

 「えっと……自覚ないんですけど」
この物語の主人公(のはず)の、飯島蓮乃さん(23)が、困ったなぁって表情で苦笑いしています。
「そうはいっても、あなた毎晩、寮を抜け出して散歩されてますよ。他にも変な行動をされてますし」
「そうみたい……ですよねぇ~……」
 いきなりなスタートでごめんなさい。みなさん、何が起こっているかわかりませんよね?というか、プロローグとのギャップ、大き過ぎますよね?
 それでは自己紹介をさせていただきます。私は羽矢亜麻乃(はねやあまの)(17)と申します。聖エリギエール学園の2年生で、この”王様ごっこ”のヒロインを勤めさせていただきます。”悪魔ごっこ”や”恋人ごっこ”をご存知の方は、ここで「え!?」ってなったと思います。だってこの物語の主人公は、蓮野久希さんこと”蓮さん”(今回は、飯島蓮乃と名乗っています)と、私の親友で蓮さんの恋人だった、早苗沙希ちゃんなのですから……ただ、今回は私(わたくし)アマノと、早苗沙希ちゃんのダブルヒロインでお送りします。
 おっと、話が逸れてしまいましたね。閑話休題。まずはこの物語の前提と、現状をご説明致しましょう。
 この物語はファンタジーです。異能を宿した能力者と、兵器だったり化け物だったりが戦う、ハラハラドキドキな物語……のはずです。はずなんです!ただ、いきなりカッコいいバトルで始まらなくてごめんなさい。オープニングがまさかの、”あなた、夢遊病が酷いですよ”って言われて、泣きそうな青年の画になっちゃいました。でも、これはたまたまなんです。今日はたまたま、飯島蓮乃さんこと蓮(れん)さんの、定期健診の日だっただけなんです。本当ですよ?
 さて、私が通う聖エリギエール学園は、今年できたてのホヤホヤです。とある資産家が、千葉県に広大な敷地を用意して、そこに全寮制の学校を設立させたのです。小学校から大学まで一貫教育が受けられる、私立の教育機関です。ただ、開校して間もないこともあり、学生がほとんどいません。本格的な生徒の募集は、来年からなんです。そんな環境ですが、駅から遠いなどの不便さ、寮生活をする学生が多くなる予定であること、そして勤務する教員や職員さんも多いから、保健室に本物のお医者さんがいらっしゃいます。今、蓮さんの問診をしている若い男性が、まさにそのヒトです。
 あ!説明中なのに、問診が進んでいるようです。
「あの……百歩譲って夢遊病でもいいんですが」
「譲るも何も、あなたは歴(れっき)とした夢遊病です!」
「ぐっ……で、でも、部屋の監視カメラぐらいは撤去してもらえないでしょうか?あれじゃあ、プライバシーが」
「ダメです。これがないと、あなたの珍行動を監視できません。深夜にふらっと外出しても、探しにいけないじゃないですか」
「そんなぁ~……でも、最近は”深夜のお散歩”してないじゃないですか」
「確かに外出はしてませんが、あなた、かなり変ですよ。昨日だって」
そう言って、お医者さんはパソコンの動画を再生しました。昨晩の、蓮さんの様子を撮影していたのです。
 画面に写っていたのは、深夜1時半頃に徐に起き出す蓮さんです。ベッドからモソっと起き上がると、机の前に座りました。姿勢も良く、真っ直ぐに机に向かっています。ライトが点いていれば、なにか思いついて調べものかなってくらいの雰囲気です。でも実際には、調べ物も考え事もしていないようでした。よく見ると彼は、真っ暗なお部屋で机上に置かれたある袋に手を伸ばしていました。手を伸ばして……ボリボリッ!ボリボリッ!っと、奇妙な粉砕音を立てているのです。画面を拡大してよく見ましょう。なんと彼は……カラムーチョを貪り食べていました。あの、とっても辛いスナック菓子を、まるで飲み物のように流し込んでいくのです。
 なんだかとっても残念な状況ですよね?ファンタジってないですよね?でも、少し我慢して聞いてください。だって蓮さんは、どうしても必要な人物なのです。
 あのヒト本当に主人公?って疑っちゃうかもしれませんが、優しい気持ちで見守ってあげてください。今の状況にも、きっとなにか意味があるはずなんです。(たぶん……)
 「えっと……これは……?」
「貴方の昨晩の行動です。起き出した後なぜか、すごい勢いでスナック菓子を食べていました。何がしたかったんですか?」
「いや、何がしたかったかと言われても……」
「先週なんか、起き上がってドアに向かって、なにかブツブツ言い続けていましたよ。10分間も」
「10分もドアの前で、私は何を言っていたんですかね?」
「わかりません。音声の感度が低かったので詳細は不明ですが、音だけ聞くと、お経みたいな感じでした」
「お経って……」
「貴方、仏教徒ですか?」
「いいえ。第一、私は漢字が苦手なんです。だから般若心経とか、見るだけで頭痛が……」
「貴方の宗教観は、漢字に影響されているんですか?……まあ、とりあえず貴方の行動はメチャクチャです。今のままでは、カメラを撤去することはできません」
「そんなぁ~……」
 そんなこんなで、残念な問診は終わりました。がっくりとうなだれて出て行く蓮さんと、マジックミラー越しに観察していた私たち。
「15分休憩したら、次は催眠療法ですね」
私はスケジュールを確認し、校医の折原さん(先ほどの男性医師)の準備をお手伝いすることにしました。
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登場人物紹介

羽矢亜麻乃(はねやあまの)(17)

本作ではヒロインとして、蓮野久希の協力者として活躍する、大人びた美少女。

蓮に惹かれながらも、親友の早苗沙希を想い、一線を引いて彼と接する。

”親に言えない願い事(ペットが欲しい)”のスキルで、クマパンチ炸裂!

蓮野久季(はすのひさき)(21?) 通称:蓮(レン)

本作では、飯嶋蓮乃(いいじまはすの)(23)と名乗り、記憶喪失なのか多重人格なのかを疑わせる、相変わらずの問題児的主人公。

物語の核である、「グラマトン、プラヴァシー、継承者、閉じた輪廻」に密接に関わる、左利きの男。

本作では遂に、その正体が見えてくる。

桜苗沙希(さなえさき)(16)

ちょっと天然な、お菓子系の美少女。

蓮に惹かれ恋人になるが、本作では再開した彼に戸惑うだけである。

しかし、「特異点、欠片」という、特別な秘密があり、蓮との出会いは偶然ではないのかもしれない……

輝月舞輪(きづきまり)(27)

物語の途中で姿を見せる、美人過ぎる音楽教師。

かつて蓮と出会った薄幸の女性。彼女との再会が物語を加速させ、蓮は前世の自分たちとプラヴァシーを受け入れる。

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