第7話

文字数 1,359文字

もし生まれ変わるなら、あなたと同じ歳で出会って
同じ景色を見てみたい。
同じものを食べて、同じ事で笑って、同じだけ、悲しんで
もし生まれ変わるなら、同じだけ歳をとって
二人が死を分つまでそばにいて、あなたに抱かれながら最後の時を迎えたい。


もし、生まれ変わるなら。

生まれてから、これほどまでに人を愛したことはあっただろうか。

他の誰とも違う、あなたに対する愛情は今も消えずにいる。
私はその思いをこの先ずっと抱えながら一人で生きていくことに耐えら得るだろうか。

あの頃の私は、そんな事ばかり考えていた。

今思えば、答えはシンプルなのだけれど。



長文のエッセイを半分書きながら、よく昔のことを思い出すことが多くなった。


自分の最後のエッセイになるのだ。
できるだけ、細かく、書きつづしたい。

実家から持ってきた、アルバムを開いて、
あの頃、撮った写真を眺める。


あの人は、私を海に連れて行ってくれた。

よく、奥さんと行った海なんだと言ってた。


「海がピンク色に染まる瞬間を見せたくて」

夕日が沈む、その一瞬海と交わって一面に広がるその色を
彼と二人眺めていた。

「僕はもう長くないんだ」

彼が、そうつぶやいた時、私はまるで別の世界にいるような感覚になったのを
覚えている。

段々と暗くなる空を見上げながら私は、溢れ出す涙を止めることができなかった。

ゆっくりとあの人に抱きしめられた時、これが現実なんだと思い知らされた。


「君に会うまで、もう治療もせずこのまま死のうと思っていた。
でも、君に出会ってしまった。少しでもいいから、長くそばにいたい。
1分1秒でもいいから。」

そう言って、きつく抱きしめながらあの人が泣いていることがわかった。

「絶対一人にしないから。」


あの人の言葉が嘘じゃない事がわかって、
私もあの人の傍を離れないことをちかった。

だから今ここにいる。


エッセイは、意外なことに順調に書き進められていった。
これが最後だと思ったら、書くことが次から次へと溢れてくるから不思議だ。

あと、半分も書けば終わってしまうので、
私は身辺整理のことを考えた。

今の貯金や保険金は全て家族へ
できるだけ、家財は全て捨てて
思い出のあるものは実家に送り届けるようにする。
携帯も解約して、パソコンは他に書きだめていたエッセイのために
編集者に送る。

チャイは、山中さんにお願いしようと思う。
すごく懐いているし、山中さんならチャイを大切にしてくれると思うから。


1日1日があっという間に過ぎていく。
過ぎていく毎日の中で、心の中にモヤが溜まっていく気がした。
言葉に言い表せない、心のもやは、日に日に募っていくばかり。

後悔している?

そんなはずない。

だけど。

悲しいことはいつか終わる

ふとした瞬間に思い出す。
コウくんはあれ以来、家に顔を出しに来るようになった。

何を話すわけでもないけれど、チャイと遊んだり
写真を見せてくれたり、たわいもない話で、過ごす時間は
とても居心地が良かった。


誰にも関わらず、一人になるためにここにきたのに
私はすっかりここに馴染んでしまっている。

それが怖くてたまらない。大切なものをいつか手放すくらいなら
一人でいる方がいい。
とてつもない悲しみが、心の奥から湧き上がるくらいなら
私は一人で最後を迎えたいそう、思っていたのに。

ここに来て、もうすぐ1年になる。
そろそろ、準備をしなければいけない。
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登場人物紹介

稲葉 玲  

39歳 

東京から離れた田舎で、一軒家を借りてエッセイを書いている

猫のチャイと2人暮らし



米田 コウ

29歳

写真家

今井ゆうこ

39歳

玲の元同僚

米田勇

54歳

玲の死んだ恋人

島田 美久

56歳

コウの叔母

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