第9話

文字数 1,417文字

「今ついた。だから迎えに来て」

急な電話だった。あれだけ言っても強行突破をするのがゆうこらしいと思った。
もう最寄りの駅についてるの。だから迎えに来てよ。

私は半分呆れながら、渋々迎えに行く。
駅に着くと、両手にどっさり荷物を持ったゆうこが
ベンチに足を組みながら待っていた。

「サプラーイズ」

かけていたサングラス越しに、満遍の笑みで笑う彼女を見て
呆れながらも、笑ってしまった。


「いいところじゃない。なんもなくて」

相変わらず、ストレートで思ったことを言ってしまうこの性格。
私は、コーヒーを淹れながら変わらないわねと言った。

「変わらないのが私のいいところじゃない。何、あんたは変わったわけ?」

私はゆっくり首を振り、入れ立てのコーヒーをゆうこに渡した。

「会社辞めて、田舎に行くって言い出した時、どうなるかなんて心配した
けど、うまくやってるじゃない。安心したわ。」

安心したという言葉は、本当だと思った。

電話でどれだけそっけない態度を取っても
変わらず、連絡をくれていたのはゆうこだけだった。

心配をかけたつもりはなかったけど、不安定だった私の気持ちを
人一倍わかっていたのはゆうこだったのだ。

「どうしたの急に。」

ここに来た理由はなんとなくわかっていたが、私はあえて知らないふりをした。

「会いたくなったの。それだけよ。悪い?」

そういうと、ゆうこはお土産と言って私が大好きな焼き菓子を差し出した。

「玲は、思ってないかもしれないけれど、
一緒に働いていた時、楽しかったのよ。私。
馬鹿な上司にこき使われて、残業ばっかりして、なんで働いてるんだろうーとか
思い悩んでた時に、玲の存在に救われてた。
あんまり自分の事を話さないけれど、それでも寄り添ってくれていたのは知ってたから。

だから、やめるっていた時応援してたけど寂しかったの。」

そんな風に思っている事を、私は全然知らなかった。

いつも強くて、頼りがいがあって、なんでもこなしていた。
心の奥に秘めた寂しさをただ、出さずにいただけなのだ。

「私もよ。楽しかった。ずっと、ゆうこに助けれれてきたから・・」

ゆうこはそうねと言って笑いながら「正義のヒーローだったからね」と言った。


それからゆうこは、今の仕事の事。相変わらず上司が馬鹿なこと。
この間、昇進したことを話し始めた。

なんだか、遠い過去の話を聞いているようで、随分時間が立ってしまったように
思った。



その晩、ゆうこはひとしきり喋り倒し、お腹が空いたと言って
私が作ったパスタと沢山のワインを飲んで、ソファーでうたた寝していた。

そっと、タオルケットをかけるとゆっくり寝返りをうちながら

「人生ってなんだろうね。」

とつぶやいた。

「どうしたの。急に」

「目的が、なくて働いて、毎日それなりに過ぎていくのを
ただ、過ごしているだけなのは、正解なのかな。」

そう言って、ぼんやり天井を眺めていた。

「正解なんて、ないよ人生に。」

どう答えていいかわからなくて、ありきたりな言葉をかける。

「でも選択肢はあるよね。私、選択を間違ったかもしれない。」

どうしてそんなことを言うのか、いつものゆうこらしくないと思った。

「玲は、間違ったらだめよ。選択。私みたいに。」

そう言うと、おやすみと言ってタオルケットにくるまった。

翌日、朝早くにゆうこは帰っていった。
貯めていた仕事があるからと言って、あっさりと。
その後ろ姿は、なんだか凛々しくて、そして少し寂しげだった。



それから数日後、母からゆうこが亡くなったと電話があった。

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登場人物紹介

稲葉 玲  

39歳 

東京から離れた田舎で、一軒家を借りてエッセイを書いている

猫のチャイと2人暮らし



米田 コウ

29歳

写真家

今井ゆうこ

39歳

玲の元同僚

米田勇

54歳

玲の死んだ恋人

島田 美久

56歳

コウの叔母

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