第6話

文字数 2,769文字


      その十六  (6)

 肯定的な応対をされて気を良くした三原さんは、近所のスーパーに〝割るならハイサワー〟のその他全種類をあのあと買い足しに行くことになっていたので、翌朝のぼくはちょっと二日酔い気味になってしまっていたのだけれど、そんな理由によりマコンドーレの事務の子に、
「電車で行くから、クルマはこっちによこさないでいいですよ」
 と電話して、すみれクンのお母さまにも事情を話すと、お母さまは、
「あまり長時間だと、わたしクルマ酔いしちゃうから、よかったわ」
 という感じでむしろよろこんでいて、お母さまは途中下車しての昼食のさいも、
「ここのおそばが、名物みたいなんです」
 とすでに最適な旅順を調べてくれていたのだった。
 もよりの駅からタクシーで五分くらいの場所にあった〈たうえ温泉旅館〉はタクシーの運転手さんがいうには混浴があるとのことだったけれど、一種の商用で訪れているのに混浴の湯をのっけから堪能するのはさすがにG=Mであっても気が引けたので、チェックインしたあとのぼくは、とりあえず男湯のほうで英気を養うことにした。
 温泉を堪能したあと部屋でごろごろしていたら眠ってしまったらしく、ふと目覚めるともう晩飯時だったので、ぼくはあわててすみれクンのお母さまの部屋をノックしたのだが、部屋にも食堂にもいなかったお母さまは「娯楽コーナー」というところでなんか射的みたいなことをして遊んでいて、ぜんぜん玉が命中しなかったお母さまはやがて係の人におもちゃの銃を返すと、
「すいません。寝ちゃってました。ご飯まだでしょ」
「はい」
「じゃあ食堂行きましょう」
「それが、部屋で食べるように、もう予約してあるんです」
 といったのちにつぎのような経緯を説明してきた。
 チェックインのさい、お互いなぜか迷ったがいちおう別々の部屋を取ることにしたぼくたちは、とりあえずいったん各部屋に腰を下ろしてしばし休憩することにしたのだが、部屋の有料式冷蔵庫にあったちびっちゃい瓶の変なコーラを栓抜きでポンッと開けてグビグビ飲み干したぼくは、けっこうからだもシャキッとしてきたので、さっそく、
「よし、温泉に入ってみるか!」
 と替えの下着等を用意したのだけれど、すみれクンのお母さまは長旅で疲れたのだろう逆にまずうとうとしてしまってぼくが湯からあがったころくらいにはっと目覚めたみたいで、それでぼくに、
「いいお湯でしたよ」
 うんぬんときいたお母さまは、
「わたしも入ってみようかしら」
 という気持ちになって館内をうろうろしだしたようなのだが、そのときに従業員の一人が「社長、社長」と呼びかけている人とたまたま遭遇したので、
「あっ、雪子さんのお兄さんかしら」
 と思ったお母さまはおもいきって妹さんのことを単刀直入にたずねてみたらしい。
「いきなりですか。すごいですね」
「ノーパン健康法に『チャンスはいきなりやってくる』というようなことが記されているんです。ですから、今だ! と思って」
 お母さまにいきなりそうたずねられたこの旅館の経営者でもある田上雪子さんのお兄さんは、廊下の横っちょにすこし移動したのちに旅館の一室に長年ひきこもっていた妹さんの存在をおもむろに認めてくれて、そしてお母さまが雪子さんにお会いしたいと陳情すると、
「じつは、いま遠征中なんです、妹は」
 とお兄さんはもじもじしながらひそひそ声でこたえたらしいのだけれど、
「なんかひきこもってるのに遠征なんていうと、嘘ついてるみたいだけど……」
 とさらにもじもじした社長はお母さまが再度お願いすると、
「わかりました。この遠征に詳しい従業員が一人おりますので、まあ従業員といっても親戚のおばちゃんなんですけど、とにかくそのおばちゃんに理由を話して雪子のことを説明させますから」
 と陳情をききいれてくれて、で、今晩そのおばちゃんと会食しながらぼくたちは雪子さんの近況をおききすることができるみたいなのだ。
 すみれクンのお母さまは温泉のほうもいきなり混浴に入ったらしく、
「露天は混浴しかなかったものですから――でも景色も良くて気持ちよかったですよ」
 とつぎはぼくも混浴を選ぶよううながしてきたが、会食の時間をたずねてみると、きょうそのおばちゃんが遅番のシフトだった関係で夜の九時とけっこう遅めの晩御飯になっているみたいで、だからぼくは露天のほうはまだ入っていないからというのを理由に今度は混浴に行ってみることにした。
 もう日が沈んで暗くなっていたからだろうか、露天風呂には一人も先客はいなくて、と思ったら、向こうのほうから変な御高齢の翁がジャブジャブ歩いてきて、ぼくに軽く会釈をして湯から上がっていったのだが、それでもそれ以降は実質貸し切りみたいな感じで広い露天の混浴風呂をぼくは存分に堪能していて、で、そろそろ上がろうかなと迷ったりしていると、すみれクンのお母さまがバスタオルをからだに巻いてこちらに慎重な足取りでちかづいてきた。
「月がきれいですね」
「ああ、そうですねぇ」
 ぼくは誰か客は来ないかと出入り口方面ばかりをチェックしていたので月を見る暇はじつをいうとなかったのだがところで、すみれクンのお母さまは日々取り組んでいる例のノーパン講習を課外授業(?)という名目で今晩もおこないたいらしく、なにか課題をあたえるようセンセにまたぞろせがんできたのだけれど、いつもあのアパートの一室でやらせているさまざまな体勢をよもやこの場で取らせるわけにもいかないし、というのも転んだりつまずいたりでもしたらそれこそたいへんなわけで――だからぼくはしばしかんがえたすえに、センセのひざの上での前座り後座りをそれぞれ五分ほどおこなう、という課題を教え子にあたえたのである。
 後座りの課題を最初におこなったすみれクンのお母さまは前座りに体勢を変えて先生と相対するかたちになると、さすがになかなか目を合わせようとはしなかったが、やがてどちらの課題もクリアし、いよいよ最後のノーパン認定の段階になると、通常はいわゆる目視で確かめているノーパンの有無をこんな薄暗いなかで認定できるわけがないのだから例外的に今回センセは指触確認をもちいて判定を下すことにして、それでセンセは指触確認ははじめてだったのでけっこう手間取ってしまったというか長々と執拗に確認しつづけていることになっていたのだけれど、そんなふうに判定に手間取りつづけていると、そのうち出入り口のほうから子ども連れと思われるパパの声がきこえてきたりなどしたので、ぼくは暫定的にではあるがすみれクンのお母さまがノーパンであることをこのたびも認め、そして湯あたり気味になっていたのか、足もとが若干おぼつかなかったお母さまを、
「だいじょうぶですか」
 と抱えるようにして部屋にもどったのである。
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