第10話

文字数 2,556文字


      その二十  (10)

 四つん這いや名付けようもないポーズを取りつつメロコトン博士にマッサージをおこなったさい、すみれクンは博士になにゆえお嬢さんはパンティーをはいておられないのですかなうんぬんときかれたので、恥ずかしがりやさん改善講習のカリキュラムやわたくし船倉たまきの熱血的な指導法等を事細かく説明したらしいのだが、
「ああ、やっぱりあの青年か」
 と一度だけちょこっと顔を合わせたことがあるぼくをおぼえていた博士は、
「この手順書をかれにあずけて、かれに転売してきてもらいなさい」
 とすみれクンを諭していて、
「わたしのこと、十四五の小娘だと思ってるみたいです。古本屋さんとかリサイクルショップとかでモノを売ったことあるけど、保護者の許可なんか要らないですよね、二十二歳なら」
 とすみれクンはたしょうこれについては不服そうだったけれど、こんなとんでもないことを美智枝さんからだけでなくメロコトンの爺様からもおっつけられたぼくは、たしょうどころか怒りで全身から湯気が立ち昇りそうになっていて、だから、
「今夜は元家政婦さんが宿直の当番なんで、わたし、あの家政婦さんにお料理習うんです。今朝約束して食材ももってきてくれることになってるんですよ」
 というすみれクンと十七時過ぎに、
「またね」
 とわかれると、すぐさまあさ美お姉さんに電話して、このあいだチラつかせてきた例のナニの一件で便宜を図ってもらうようお願いすることにした。
「じゃあK駅の西口で待ち合わせましょう」
「わかりました」
 ところが、あさ美お姉さんはナニの一件で例のナニをナニしてくれるどころか、Kの森テレビのそばにある〈芳寿司〉という店の座敷を予約してぼくと腰を据えて飲む所存に完全になっていて、まあこれは先ほどお電話で沸騰しそうな気持ちを伝えたさい、
「とにかく今夜はおもいっきりハマグリが食べたいんですよ」
「どんなハマグリが食べたいの?」
「ものすごい、うまいやつ。絶品の、食べたら、とろけそうなやつ」
 と隠語をもちいてしまったことにより生じた誤解であろうから、わたくし船倉たまきも自身の交渉の非を認めて、
「今晩はあさ美お姉さんに負けないくらい飲みますよ♪」
 と気持ちをきりかえていたのだけれど、ハマグリの握りやいろいろな刺し身を肴にお互いビールやハイボールを五六杯飲んでやがて日本酒に移行すると、あさ美お姉さんは、
「ねえ、たまきくん、その茶封筒なんなの」
 と熱燗の徳利の熱さを指先でカチカチ確認しつつきいてきて、ぼくが、
「あっ、すみません」
 とお酌してくれようとしているお姉さんに猪口を出しながら、これは城が買えるくらいの値打ちがあるんですうんぬんと先ほどすみれクンから託された例の報酬の話をすると、お姉さんもキャキャッと笑って、
「懐かしいわね、松坂慶子のバニーガール。すごく似合ってるけど」
 とぼくが差し出した茶封筒のなかを、
「億の値打ちがあるんだから気をつけなくちゃね」
 などといいながら物色していた。
「ねえ、たまきくん、これはなに?」
「それは転売する場所に行くための手順書ですよ。ところどころ意味不明にして暗号っぽくみせていやがるんですね。ただてきとうにめちゃくちゃに書いたんでしょうけど、あのインチキ博士めが」
「でもこれ、暗号でカムフラージュしてあるけど、意味はだいたいわかるわよ、お姉さんは」
 あさ美お姉さんは、この手順書はおもに「のりピー語」と「パピパピ語」をもちいて暗号化されていると断言していて、のりピー語はむかし酒井法子が「マンモスおいピー」とか「よろぴくやっピー」などといっていたのをかすかにおぼえているので、とりあえず部分的にはぼくにも解読できなくもなかったのだけれど、しかしもう一つのパピパピ語なるものはこれまでいっさいきいたこともなかったので、あさ美お姉さんにまたぞろたまき少年は質問をぶつけていて、
「えっ、たまきくん、知らないの、パピパピ語」
「ぜんぜん知らないです」
「だって、ピーピーねえねがいつも使ってたじゃない」
「ピピピ、ピーピーねえねって、誰ですか?」
「ほらっ、わたし『こども電話相談室』のパーソナリティーやってたでしょ。その曜日はそのあとピーピーねえねの番組だったじゃない」
「ピピ! じゃあなんでおれ、知らないんだろ――ああ『お笑いマンガ道場』観てたのかな、そのときのおれは……」
 あさ美お姉さんが説明するところによると、ピーピーねえねは一世を風靡したあの大屋政子さんのキャラクターをパクッた感じのタレントで、大屋政子さんはご存知の通り、なにかにつけ「おとうちゃんおとうちゃん」といっておとうちゃんにたいする盲信ぶりを世に知らしめていたわけだけれど、こちらのピーピーねえねのほうは、たとえば貴金属をジャラジャラ身につけていて、それについて共演者に質問されると、かならず「これはね、パピパピに買ってもらったの」と大屋政子さんの「おとうちゃん」のそれのようにパピパピをもちあげていて、ちなみにあさ美お姉さんをもってしてもそのパピパピ氏がピーピーねえねの旦那なのか実父なのかまではわかっていなかったが、とにかくそのパピパピ氏が会得したどこかの星だか世界だかの宇宙語だかなんだかがいわゆる「パピパピ語」らしいのだ。
 ピーピーねえねは自身の番組のなかで、パピパピ氏より習ったそのパピパピ語を駆使してスタジオに乱入してきた変な宇宙人みたいな奴らと対話していて、だからスタジオに番組を観に来ていたお客さんなども毎回その変な宇宙人みたいな奴らの人質になっていたけれどもピーピーねえねがその都度その都度根気よくパピパピ語で奴らを説得して番組の最後にはかならず無事たすけだされていたようなのだが、このあとさらに酒が入ると、お店の方にコピー用紙とボールペンをお借りして、手順書の暗号部分を要所要所吹き出しながらお姉さんは訳してくれて、しかし転売先に直通で行けるステーション(?)みたいなところだけは、のりピー語よりの暗号だったからか、どうにもうまく訳せなくて、
「うーん、お姉さんワカンナイ」
 とそのコピー用紙をぼくに手渡してきたあさ美お姉さんは、ボールペンを、
「ありがとう」
 とお店の人にお返しするがてら、さらに酒と肴を追加していた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み