第5話

文字数 3,851文字


      その十五  (5)

 先の更迭のことであさ美お姉さんに相談してみると、お姉さんは、
「そうねぇ、書面で伝えればいいと思うな、お姉さんは。隊長、いろんなところでクビになってるから、すぐ気持ちきりかえてまたどこかへ行っちゃうわよ」
 とアドバイスしてくれたのだけれど、こども電話相談室のパーソナリティーだったころはテレビ局でよく隊長と顔を合わせていたらしいあさ美お姉さんに遠回しに生写真のこともうかがってみると、お姉さんはいつもの歯切れの良さはなかったけれども、しぶしぶご自身の生写真を売っていたこと等を事実と認めていて、それでもお姉さんは話の流れを変えるかのようにたまきくんが何よりもいちばん好きといっていた小柄系女子の生写真ももっているというか紹介できるというかナニできるというようなこともチラつかせてきたので、ついついぼくもそのお話に乗っかりそうになったのだけれど、きょうは明日の出向のための準備という名目でメロコトン屋敷での作業を免除してもらっているのだから、あさ美お姉さんといつも落ち合う料亭で飲んで、それが山城さんの耳に達したら(山城さんも〈高まつ〉の上客なので、遅かれ早かれ和貴子さんか佐分利さんか中村さん経由で知るところとなる)、さすがに山城さんも、
「ひどいじゃないですかぁ。ゼツリンフィーバーマンの突撃、夜食回のとき代わってくださいよね」
 うんぬんと怒るだろうと思ったので、小柄な女子の写真をみせてもらうのはまた後日ということにしていただいた。
 それに三原監督からメールも届いていたのだ。三原さんからのメールはぼくがつぐみさんと天ぷらうどんを食べていたときくらいに送られてきていたらしく、ぼくはあさ美お姉さんに電話する直前に、
「あ」
 とそれを知ったのだが、
「会って話したいことがあります」
 という三原さんに、
「ぼくのアパートで一杯やりながら話すのはどうですか?」
 というメールをあさ美お姉さんとの電話相談を終えたあとに送ると、監督はすぐ、
「いいですね。18時にうかがいます」
 というメールを返信してきて、ちなみに三原さんとは、どちらかの部屋でコンビニの弁当やスーパーのお惣菜なんかをつまみに缶チューハイをグビグビやりながら話すことのほうが多いのだ。
 冷蔵庫にはたいしたものがなかったので、ぼくはもよりのスーパーかコンビニでなにかつまみになるようなものを買ってこようと思ったのだけれど、この船倉荘の二階の住人で(ぼくは一階の角部屋)、コンピューター関係の仕事をしている五十前後の通称スーマリさんが、忙しい生活をされている方々のために移動販売もしている〈出不精屋〉のキッチンカーが来るのを入居者が勝手に設置したベンチに腰掛けて待っていたので、ぼくもそのとなりにすわってしばし世間話をしたのちに、のりタル弁当二つとジャンボシューマイ6Pパックを買うことにした。
「大家さん、ボクのとなりの部屋の住民、最近バタバタやってるんですけど、どうしたんですかね?」
「高橋さんちは引っ越すんですよ。子ども四人目できたから、さすがに手狭になったんでしょう」
「今度入居する人は決まってるんですか?」
「まだ決まってないみたいですよ」
「静かな人だったらいいなぁ。窓口の人にいっといてもらえませんか」
 ぼくはスーマリさんに、
「わかりました。伝えておきますよ」
 とてきとうにいってまた自室にもどったのだが、この船倉荘の住民にはぼくのことを先のスーマリ氏のように大家さん大家さんと呼ぶ人が何人かいて――まあこれは実父が大家であることからそう勘違いしているか、あるいは比較的のらくらしていることが多いので、こちらの存在をおもんぱかって、そのように呼んでいるのだろう。
 三原さんはメールで伝えてきたとおり午後六時きっかりにアパートをたずねてきて、監督は何種類かの乾き物と缶チューハイの6缶パックと割るならハイサワーのグレープフルーツのデカいやつを持参してきてくれたが、三原さんはそのほかにも、誰かからもらったらしい食品系の引換券もぼくに、
「これ、あげますよ」
 と何枚か手渡してきて、監督は仕事絡みでいろいろな交流があるのか、ときどきこういうタダ券みたいなものをくれることがある。
 あたためたジャンボシューマイ6Pパックをまずコタツテーブルに置き、またすぐ台所にもどってのりタル弁当をレンジに入れると、缶チューハイをグビグビッとやったのちにシューマイを頬張っていた三原さんはあたためたのりタル二つを持ってふたたびコタツテーブルがある六畳間にもどろうとしたぼくと入れ替わるように台所に来て自分でグレープフルーツ割りをウチにある甲類焼酎でつくっていたが、氷をカラカラさせながらゴクゴクそのグレフル割りを飲み、むずかしい顔をしてまた缶チューハイのほうをグビリと飲んだ三原さんは、
「あっ、これ、レモンの缶チューハイか……」
 とつぶやくと、今度はのりタル弁当の海苔のうえに乗っている白身魚のフライをちょっとずらしてごはんをむしゃむしゃやりだしていて、ぼくは缶チューハイを半分くらいグィーッと飲んだのちにまず漬物をおしとやかにかじって、で、それでギアが入ったみたいにフライを半分以上いきなり食べちゃって、ある程度空きスペースを確保してからご飯のほうを海苔がバーッと一気に剥がれないように箸で切れ目をしっかりつけたのちに味わったのだけれど、またとつぜん立ち上がって冷蔵庫からつぐみさんお手製の例の浅漬けをみつけて瓶ごともってきた三原さんは、それをあまっていた割り箸でのりタル弁当のフタのほうに適量移して食べだしていて、
「これ、うまいなぁ」
 と浅漬けをもぐつきながらまたまた立ち上がった監督は再度台所に移動すると、今度は二人分のグレフル割りをつくってもどってきた。
「船倉さん、能瀬慶子って知ってますか?」
「知ってますよ」
「新キャン連は『ラブ・ウィンクス』を祭り上げる計画を立てていたのではなかったのです。能瀬慶子を祭り上げる計画を企てているのですよ」
 三原さんは新キャン連の誰かから直接この情報を得たわけではないようだったので、きっと試食おじさんあたりにまたぞろそそのかされたのだろうけれど、しかし三原監督が能瀬慶子のほうに着目する対象を完全に移してしまうと、ラブ・ウィンクスの新メンバー候補だった田上雪子さんの存在が価値のないものになってしまって監督の撮影チームを○○村に誘導できなくなってしまう恐れがあるので、ともかくぼくは景気づけにジャンボシューマイをジャンボなのに屈強な男のようにひと口で豪快に頬張り、もちろんジャンシューをそんなふうに食べちゃったら喉につまり気味になるので、レモンの缶チューハイとグレフル割りでその難を逃れ、するとそんな微妙なチャンポン飲みをしてあたまが錯乱したのか、あるいは割るならハイサワーのグレフルには追い詰められた人間に英知をあたえる何かが含まれているのか、ぼくはつぎのようなガセネタを三原監督におもわず吹き込んでしまったのである。
「三原さん、じつはね、田上雪子ちゃんは能瀬慶子の影武者だったんですよ」
「ええええええええええ!」
「われわれはとうにその情報はつかんでいるんです。そして新キャン連は、ここだけの話ですけど、ぜったいここだけの話ですよ」
「うんうん」
「能瀬慶子の影武者だった、そんな田上雪子を祭り上げようとしているんです。能瀬慶子ではなく、影武者のほうを『わあーかわいい』とかなんだとかいってチヤホヤして、キャンディー隊のお三方にヤキモチを焼かせる計画なんです。いままでキャンディー隊に賛美を送ってた奴らがね、能瀬慶子の影武者なんかをおだててたらさぁ、ランちゃんもスーちゃんもミキちゃんも、さすがにィ、さすがにこれにはねぇ、嫉妬してまたあのデビル衣装、コロ収からひっぱりだしてきますよ」
「たしかに……」
 ご存知の方もおられるかもしれないが、三原監督は数年前にこの界隈で一種の都市伝説のように噂されていた通称〝試食おじさん〟に密着したドキュメンタリー映画を撮って高い評価を受けた。
 試食おじさんはこの映画により界隈で名士のような存在になり、じっさい試食おじさんが試食した食品はいまでもかならず完売してしまうのだが、監督の話をうかがってみると、あんがい試食おじさんは真面目というか律儀な面もあるみたいで、おじさんはほうぼうでいただいたお食事券や引換券をまめに監督のところへ届けに来てくれるらしいし、ほうぼうで受ける接待のさいも、森中市長のように能書きを延々と垂れることもなく、なにか三原監督に有益な逸話はないかと、ひたすら聞き手にまわっているという。
 最近三原さんは試食おじさんから〈うなぎ食堂〉にまつわる裏情報を提供されたらしく、監督は影武者話が一段落すると、
「どう思います?」
 とぼくに意見をもとめてきたが、監督もこの噂には新キャン連にたいしてのようには入れあげていないみたいだったし、ぼくも瓶がらみの話はお察しの通り大将にもつぐみさんにもきいて知っていたので、お化けだとか妖怪だとかはまったく信じていないけれど、
「その雅子ちゃんちのお父さんは、瓶恐怖症になっちゃって、会社の女子社員がファンタとか飲んでても超ビビッてるんですよ。いまどきファンタのビンなんて売ってないのにペットボトルも見間違えちゃうくらい毎日ビクビクしまくりなんです」
 とたしょう盛ったりしながら、ある程度肯定的に応対していた。
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