第29話 第七章 『春の森』 その3
文字数 2,215文字
ところがその脱走の夜、神官の一団に見つかってしまった三人は、コウを逃がすためカンとダシュンが囮となって攪乱した。
そこへ数人の兵が駆け付けた。武器を持つ相手から身をかわし、カンは瞬時に急所を蹴り上げるとその武器を奪った。二人は何とか逃げ果せると思ったが・・その先に待ち構えていた何十人と云う一団との挟み撃ちに合ってしまった。
「ダシュン、後ろだ!」
互いの背を盾にする。カンの視力はその日になってまた一段と落ち、更に夜間ではボンヤリとしか対象を識別出来ない。それでもここは何とか包囲を破って、逃げるしかない。
次々に奪った剣を振り回し、感覚だけを頼りに奮闘した。
果たして森での修業が効を奏したのか、カンの剣は冴えた。
「カン様、左・・!」
大声を上げながらダシュンも懸命になって助太刀した。
凄まじい技を繰り出すカンの剣に、すでに多くの兵が倒れていた。しかし、カンの視界もまた一太刀ごとに更に闇に覆われる。
相手が相当の使い手だと知り、神官兵は加勢を求めて合図を送った。
「ウッ・・」
盲目の夜叉のように激闘を続けるカンの足に激痛が走った。
ワザと倒れていた兵の一人が、隙を見てその手の鈍器を思いっきり投げ付けたのだ。
ダシュンがその兵を思いっきり打ち付けた。
「カン様、こっちへ・・!」
更に加勢が増えては大変だ。ダシュンは負傷したカンを助けて、近くの洞窟の中に逃げ込んだ。足に激痛を感じながらもカンも急いだ。
途中で枝分かれした路を適当に選んで更に進んだその時、突然、二人共、足の下が消えたような妙な浮遊感を覚えたと思うと・・そのまま落下した。
「ダシュン・・どこだ・・!」
大量の藁の上で、起き上がったカンが呼んだ。
「ここです・・」
どこかでくぐもったような声が聞こえた。
「藁の中・・滑り落ちて・・」
「滑り落ちた・・」
声のする辺りを探ったカンは、そのまま大量の藁と一緒に藁小屋の下まで滑り落ちた。
「ダシュン、出口がありそうだぞ・・!」
空気が冷たい。
その声に同じように滑り落ちて来たダシュンが辺りを探ると、壁の窪みの奥に出入口があり、そこから狭い通路が続いていた。それから、負傷したカンの足首を裂いた服でグルグル巻きにして固定させると・・二人はそこに踏み出した。
「・・空気が流れてくる方向だ・・」
その先は、狭い鍾乳洞のような洞に続いていた。
「一体どこまで続いてるんでしょう・・もう随分来てますけど」
「そうだな・・分からん・・」
時折、何処か上部の亀裂から微かに月灯りが差す以外、ほぼ真っ暗な中を進んでいた。
「・・考えてみれば、もうかなりの間、立ち回りは演じていなかったな・・」
「いや、凄かったですよ・・目も見えないのに・・」
「ダシュン・・おれと一緒では足手まといだろう。先に行ってもいいぞ・・」
「こんな状態で置いてけませんよ。大丈夫、今頃はコウがミタンに向かってますから・・」
実際、カンはかなり弱っていた。止血していた刀傷からは血が滲んでいた。
追っ手が来る気配はないが、万一に備えて岩場の陰で休むことにした。
身体は疲れているが、神経は解れない。それでも暗いせいだろうか・・いつしか微睡んでいた。
しばらくして、ダシュンはふと目を開けた。岩場からソッと窺うと、洞窟の先の方から一つの松明がやって来る。・・やがて暗闇をその光が映し出す中、頭からスッポリと白い衣を纏った人影が現れた。
思わずゾッとして全身総毛立った。突然現れたその姿に、『月の宮殿』で見た白い影を思い出したのだ・・。
その白い姿は何か気配を察したのか立ち止まり、スッと佇んだまま静かに辺りを伺っている。が、暫くして再び・・神殿の方向へと向かって行った。
(・・普通の・・人間か・・)
凍りついていた身体に暖かい血流が戻って来るのを感じて、ダシュンはホッと息をついた。
「どうしたのだ・・」
その時、目を覚ましたカンが小声で囁いた。
ゾクゾクとした寒気と足の痛みのせいか、脈絡のない夢を見ていた。
ダシュンは、今しがた目撃したものについて話した。
「シャラか・・いや、神官の一人かも知れんな・・。しかしそうすると、やはりこの道はどこかに抜けられるのだな・・」
二人は立ち上がると、先を急ぐことにした。
それからどのくらい時間が経ったのだろうか・・。
「・・もうすぐ地上に出る・・」
カンが言った。
「え、そうですか・・?」
しばらくして前方がやや薄明るくなって来た。・・更に行くと、洞の出口近くらしい広々とした鍾乳洞に出た。上の方から光が差し込み、鳥の囀りが聞こえる。
ダシュンの目には、その陽射しが眩しく感じられた。
・・洞を出て辺りを見回すと、新鮮な空気の中、心洗われるような美しい若葉の木々の中にいた。そこから暫く行ったところに、泉が湧いている。その水で喉を潤し顔を洗った。衣には血の跡がこびり付いていたが、やっと少し余裕を感じた。
神殿に潜入して以来、何かずっと暗闇の中を徘徊していたような気がする。こんな美しい緑を目にしたのは、『リデンの森』を発って以来だ・・。ここはリデンの森よりも若い。
『リデンの森』が美しく萌える夏、そして豊穣の秋の森だとすると、ここの緑は・・柔らかな若葉の萌える春の森・・そう、ではここがあの『春の森』なのか。・・ウルドの山々の北に位置するという。
あの闇の地下道は、こんな初々しい若葉の森に続いていたのか・・。
そこへ数人の兵が駆け付けた。武器を持つ相手から身をかわし、カンは瞬時に急所を蹴り上げるとその武器を奪った。二人は何とか逃げ果せると思ったが・・その先に待ち構えていた何十人と云う一団との挟み撃ちに合ってしまった。
「ダシュン、後ろだ!」
互いの背を盾にする。カンの視力はその日になってまた一段と落ち、更に夜間ではボンヤリとしか対象を識別出来ない。それでもここは何とか包囲を破って、逃げるしかない。
次々に奪った剣を振り回し、感覚だけを頼りに奮闘した。
果たして森での修業が効を奏したのか、カンの剣は冴えた。
「カン様、左・・!」
大声を上げながらダシュンも懸命になって助太刀した。
凄まじい技を繰り出すカンの剣に、すでに多くの兵が倒れていた。しかし、カンの視界もまた一太刀ごとに更に闇に覆われる。
相手が相当の使い手だと知り、神官兵は加勢を求めて合図を送った。
「ウッ・・」
盲目の夜叉のように激闘を続けるカンの足に激痛が走った。
ワザと倒れていた兵の一人が、隙を見てその手の鈍器を思いっきり投げ付けたのだ。
ダシュンがその兵を思いっきり打ち付けた。
「カン様、こっちへ・・!」
更に加勢が増えては大変だ。ダシュンは負傷したカンを助けて、近くの洞窟の中に逃げ込んだ。足に激痛を感じながらもカンも急いだ。
途中で枝分かれした路を適当に選んで更に進んだその時、突然、二人共、足の下が消えたような妙な浮遊感を覚えたと思うと・・そのまま落下した。
「ダシュン・・どこだ・・!」
大量の藁の上で、起き上がったカンが呼んだ。
「ここです・・」
どこかでくぐもったような声が聞こえた。
「藁の中・・滑り落ちて・・」
「滑り落ちた・・」
声のする辺りを探ったカンは、そのまま大量の藁と一緒に藁小屋の下まで滑り落ちた。
「ダシュン、出口がありそうだぞ・・!」
空気が冷たい。
その声に同じように滑り落ちて来たダシュンが辺りを探ると、壁の窪みの奥に出入口があり、そこから狭い通路が続いていた。それから、負傷したカンの足首を裂いた服でグルグル巻きにして固定させると・・二人はそこに踏み出した。
「・・空気が流れてくる方向だ・・」
その先は、狭い鍾乳洞のような洞に続いていた。
「一体どこまで続いてるんでしょう・・もう随分来てますけど」
「そうだな・・分からん・・」
時折、何処か上部の亀裂から微かに月灯りが差す以外、ほぼ真っ暗な中を進んでいた。
「・・考えてみれば、もうかなりの間、立ち回りは演じていなかったな・・」
「いや、凄かったですよ・・目も見えないのに・・」
「ダシュン・・おれと一緒では足手まといだろう。先に行ってもいいぞ・・」
「こんな状態で置いてけませんよ。大丈夫、今頃はコウがミタンに向かってますから・・」
実際、カンはかなり弱っていた。止血していた刀傷からは血が滲んでいた。
追っ手が来る気配はないが、万一に備えて岩場の陰で休むことにした。
身体は疲れているが、神経は解れない。それでも暗いせいだろうか・・いつしか微睡んでいた。
しばらくして、ダシュンはふと目を開けた。岩場からソッと窺うと、洞窟の先の方から一つの松明がやって来る。・・やがて暗闇をその光が映し出す中、頭からスッポリと白い衣を纏った人影が現れた。
思わずゾッとして全身総毛立った。突然現れたその姿に、『月の宮殿』で見た白い影を思い出したのだ・・。
その白い姿は何か気配を察したのか立ち止まり、スッと佇んだまま静かに辺りを伺っている。が、暫くして再び・・神殿の方向へと向かって行った。
(・・普通の・・人間か・・)
凍りついていた身体に暖かい血流が戻って来るのを感じて、ダシュンはホッと息をついた。
「どうしたのだ・・」
その時、目を覚ましたカンが小声で囁いた。
ゾクゾクとした寒気と足の痛みのせいか、脈絡のない夢を見ていた。
ダシュンは、今しがた目撃したものについて話した。
「シャラか・・いや、神官の一人かも知れんな・・。しかしそうすると、やはりこの道はどこかに抜けられるのだな・・」
二人は立ち上がると、先を急ぐことにした。
それからどのくらい時間が経ったのだろうか・・。
「・・もうすぐ地上に出る・・」
カンが言った。
「え、そうですか・・?」
しばらくして前方がやや薄明るくなって来た。・・更に行くと、洞の出口近くらしい広々とした鍾乳洞に出た。上の方から光が差し込み、鳥の囀りが聞こえる。
ダシュンの目には、その陽射しが眩しく感じられた。
・・洞を出て辺りを見回すと、新鮮な空気の中、心洗われるような美しい若葉の木々の中にいた。そこから暫く行ったところに、泉が湧いている。その水で喉を潤し顔を洗った。衣には血の跡がこびり付いていたが、やっと少し余裕を感じた。
神殿に潜入して以来、何かずっと暗闇の中を徘徊していたような気がする。こんな美しい緑を目にしたのは、『リデンの森』を発って以来だ・・。ここはリデンの森よりも若い。
『リデンの森』が美しく萌える夏、そして豊穣の秋の森だとすると、ここの緑は・・柔らかな若葉の萌える春の森・・そう、ではここがあの『春の森』なのか。・・ウルドの山々の北に位置するという。
あの闇の地下道は、こんな初々しい若葉の森に続いていたのか・・。