第17話   第四章 『婚礼の夜』 その3

文字数 1,784文字

「これは明らかにシュメリア側の陰謀です。我々一行を婚礼の席で抹殺しようとしたのですよ・・」
「我々を置いて逃げ出しましたからね・・」

 このまま下れば王都メリスに向かう。もしシュメリア王宮政府がこの件に関わっていたのなら、そのこと自体が危険を伴う。
 しかし、一行には負傷者が大勢いる。帰国するにしても、ミタンの公邸で暫く準備を整える必要があった。
 

 ・・そしてメリスの近くまで来た時、一行を思わぬことが待ち受けていた。
 舟着き場には王府の重鎮達がうち揃い、手篤い出迎えを受けたのだ。
 そしてシュラ王からの親書を手渡し、今回の不祥事について釈明し、平身低頭して謝罪した。

 今回のことは全て『月の宮殿』の主シャラが、王位転覆を狙って起こした謀反だということだった。・・「婚礼の儀」に乗じミタン一行を謀殺することで両国の間に亀裂を生じさせ、現王位政権に対する内外の信用を失墜させることが目的だった。 
 
 シャラの周辺で何やら怪しい動きがある事は当局も暫く前から掴んでいて、その監視を強化したばかりだった。しかしまさか、今回のような暴挙に出るとはやおら思ってもみなかったため、大切な賓客一行の命を脅かすことになってしまった。
 更にシャラがペル姫を誘拐したことは掴んでおり、現在、国を挙げて謀反人一味の行方を捜索中だという。


 その後、一行は暫しの間、ミタンの公邸でゆっくりと過ごした。
 ・・そして数日して、日が沈むのを待って支度を整えると、王宮に向かった。

 そんな彼等をシュラ王自らが出迎えた。両国の婚礼の席で、一方の当事者が謀反を起こしたのだ。それは当然のことではあった。
 しかし、〝狂王〟とも揶揄されるシュラ王については、皆、さんざん聞いていた。
 が、驚いたことに・・数々の奇怪な噂に彩られた狂王シュラは、優雅な物腰と柔らかな声音・・一国の王にしてはやや危険とも思えるような美しい瞳を持った人物であった。

「・・我が王子の妃になられる愛らしいペルさまを、この宮にお迎えすることを、この私も心待ちにしておりました・・しかし、我が王子もまた行方が知れず・・今回のシャラの謀反に対しての憤りは言葉には尽くせませぬが・・私のこれまでの日々が、そういった謀反を抱かせるような隙を生んでしまったのでは・・と、今更ながら深く悔やんでおります・・」

 王の真摯な態度と言葉に、一行は不思議に気持ちが落ち着いて来るのを感じていた。
 篝火を遠ざけた御簾の陰にゆったりと座り、しっとりとした風情を見せて王は続ける。

「・・ただ、どうぞご安心なさって下さい。シャラがぺル姫の身に害を及ぼすことは決してございません・・」

 そう言って、もしシャラがぺルに危害を加えるような事があれば、シャラ自身の命も同時に消えることになると謂う・・『月の血族』にまつわる不思議な因果について語った。
 それは確かに、その血族の末端ではあるミタン皇太子夫妻にとっては納得のいくもので、とにかくぺルの身の安全さえ保障されれば・・と云った寛容な気持ちにもなった。

「・・今から思えば・・すべての符合が一致いたします。今回、あの遠く離れた宮殿で「婚礼の儀」を執り行うことを強く主張したのはシャラでございました・・。私も、あの宮殿を非常に好んでおりましたので、ミタンの方々にもぜひその御滞在を楽しまれて頂きたいと思いましたことから、このような陰謀に嵌まってしまいました」   
「・・陛下、陛下の従兄であるシャラ殿とは、どのような人物なのでございましょうか・・」
 
 心地よい夕闇の中を漂うような王の声音に誘われ、ミタン側の一人が訊ねた。

「・・シャラが初めて私の前に姿を現しましたのは・・我が妃の葬儀の直後でございました。葬儀には、それまで会った事のない親族が各地から大勢やって参りまして、シャラもそのうちの一人でございました・・」
「その時、陛下はどのような印象を抱かれたのでございましょうか・・シャラ殿に」
「正直・・各段、強い印象はございませんでした。むしろ影のような・・と申しますか、後にあれほど強い影響を受けるようになるとは思ってもおりませんでした・・」
「・・シャラ殿から、強い影響を受けられたのでございますか・・?」

「強い影響と申しますか・・私は従兄の言うことには何でも耳を傾けました。丁重だが、有無を言わせぬ力に満ちておりました・・」 
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