第15話   第四章 『婚礼の夜』 その1

文字数 2,179文字


 『月の宮殿』したシュメリア側の一行は、都の主神殿を預かる大神官バシュアとその配下の神官がほとんどだった。

 婚礼は、主神『月の神』の庇護を賜る地上の系譜・・『月の王朝』に加わるという儀式を意味する。そのため婚礼の儀は全て神官達が取り仕切り、王族が臨む慣例もない。

「これは殿下、奥方様。わざわざお出で頂くとは・・」

 大神官バシュアはミタンの皇太子夫妻に、最高位の聖職者にしては親しげな面持ちでそう言った。
 
 そして・・新郎である十才のデュラ王子は、また思わず目を見張るほどの美しい少年だった。その亡き母后にそっくりだと云う専らの噂だったが、后を失ったシュラ王が、募った厭世感から狂気とも思える生活に傾いたという噂もあながち嘘でもないようだ。


「ペルさま・・今夜はお眠りになれませんか」
 ペルの枕許で乳母のレタが言った。
 いつものように早めに床に着いていたが、確かに目が冴えていた。

「ペルさま、デュラさまは何てお美しいんでしょう・・正直ビックリしましたわ」
「・・レタ、私一人で大丈夫よ。もう眠るわ」
 ペルはいつものように、宴会の末席に乳母を送るためにそう言った。
 いつもよりおとなし気で、妙にその幼ささえどこかに消えたようだった。


 そして、いよいよ迎えた『婚礼の儀』の夕べ、宮殿の至るところに篝火が炊かれ、満月の夜に更なる夢幻の設えが現されていた。

 美しい白い衣に身を包んだペルは、驚くほど凛とした面差しを備え、つい昨日までのあどけない王女とは思えないほどだ。

 『婚礼の儀』そのものは、厳かだが短いもので、神官達が静かに唱和する中、大神官バシュアの清めの儀式から始まり・・祝詞を唱え、新郎新婦が契りの神酒を交わしてしめやかに婚儀は終了した。
 その間、スッポリと白いベールを頭から被り、同じ婚礼の衣を纏ってその前に控える二人は、デュラの面差しと華奢な体つきもあってか、まるで美しい少女が二人並んでいるようで、一見どちらが新郎新婦なのか区別がつかない。

 その後、婚礼の酒宴に移ると、カンとダシュンの話から万一の場合に備え警戒していたミタン一行も、婚儀自体は無事済んだこともあってやや安堵したのかいつものように酒がすすんだ。
 ・・そしてめでたい祝宴ゆえか、今夜の美酒はまたやけに酔いが回るのが早い・・などと思っている内に、赤い衣の一団が手を番えて祝いの舞踏を舞い始め、館の内外で一斉に踊りの輪が拡がった。
 それにはミタン側ばかりか、居並ぶ神官達さえ驚きに目を見張っている。

 酒席に侍る赤い衣達も皆、揺らめくように身体を揺らし、唱和が始まる。
 そのうち一団は踊りながら廻り階段を上り始め、更には外へと踊りつつ出て行き、また踊りつつ入って来る。
 ・・やがて途切れることのない踊りの列が館中を巡って増殖し、壁も床も階段も内外の至るところが舐めるようにその赤色で染まって行く・・。  

 赤い衣の踊り手がこんなにいる筈はないのだが・・皆、圧倒され声も出ない。
 そんな群舞の熱気ゆえか、何やら空気が異様に熱い。篝火さえ勢いを増し、ホールを取り囲む夫々の通路の辺りが異様に明るい。
 そこもまた、赤い衣で溢れているのかと眺めると、それにしては些か変だ・・。
 熱気と酒の酔いでボーっとした頭を振ってよく見ると・・それは赤い衣ではなく、輝くような火が勢いよく燃えているのだ・・!

 その炎が今、一行のいるホールを包囲し、取り囲む放射線状の廊下から一斉に押し寄せて来ようとしていた・・!

「火事だ・・!!」
 
 その声に、神官達は直ぐさま一斉に大神官を取り囲んだ。

「猊下・・こちらへ!」
 
 ミタンの賓客達も放って、何と火炎渦巻くそんな廊下の一つへと向かって行く。
 動転して気でも触れたか・・!

「ミタンの御一行も、お早く・・!」

 そんな声が聞こえたが、気がつけばいつの間にかホールの中には、そのミタンの御一行様だけが取り残されていた。
 まだ周りで踊り続けている大勢の赤い衣・・と思われたものは、まるで手品のように全てが燃える赤い炎に変わっていた。

「殿下・・!」
「奥方様、姫さま!」
「こちらへ!」
「うわ・・開かない!!」
「ここもダメだ!」
「・・開かない!!」
「うわ、ここも閉まっている・・!」
 
 外へ続く出入り口は全て錠が下りたように閉め切られ、びくともしない。

「閉じ込められた・・!」
「何と・・!」
 
 一行の間に恐怖が走った。
 その恐怖に感覚が狂ったのか、燃え盛る炎にさえ寒気を覚えたくらいだ。
 が、直ぐにその熱が熱く、更に熱くその身に迫り、勢いを増した炎がまさに煙突のような塔の内部に一気に迫って・・直ぐにも一行ごと全てを呑み込もうとした、その時・・!

「ドンッ!」

 表の入口で大きな音が何度か響き、突然、開いた。
 その大扉の向こうから、流れるような空気が吹き込んで来た。

「殿下・・!皆さま・・!」
「お早く・・!!」

 一斉に蹴破られた入口の向こうに大勢の兵士達の姿があり、弾みで転がっている者もいる。
 皆一斉に、直ぐに外に飛び出た直後、放射状の廊下からホールに殺到した真っ赤な炎の塊が・・急激な勢いで筒状の壁を駆け上り、瞬時に精緻なレリーフの装飾に彩られた壮麗な宮殿は紅蓮の炎と化して炎上していた・・。 

「殿下!奥方様!」
「ハルか・・!」
「ご無事で・・!」
「ペルさまは・・!?」
「カンの姿も見えん!」
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