第32話 第八章 『少女』 その3
文字数 1,975文字
「・・まさか、こんなところにおられたとは・・その少女は、ほんとにペルさまなのだな」
「間違いありませんよ。特にあの笑い方は・・」
と言って、ダシュンの目もニッと笑った。
「しかし・・そうすると、いつまたシャラが現れるかも知れんということだな」
「そうです・・」
「それなら早いところ、ぺルさまをミタンにお連れしないとまずいな。それに、俺達がここにいるのも・・」
神殿に戻ったシャラは、カン達の起こした騒ぎを当然耳にしただろう。
見習い神官だった三人を捜して、神殿のみならず周辺も捜索しているかも知れない。地下道ですれ違った時にもしシャラが何か感ずいていたら、いつここにやって来るかも知れない。
「ぺルさまを連れて即、逃げましょう。もとはと言えばさらわれたのだし」
「ダシュン、おまえ一人でペルさまを連れて『リデンの森』へ戻れるか。ここからだと、ミタンへ向かうよりいいと思うが・・」
「カン様は・・」
「俺も行く。足はもっとグルグル巻きにして固定しとけば何とかなるが、そんな俺と一緒じゃ足手まといだ。・・しかし、サアラ殿は良い娘だが・・」
「通じているんでしょうか・・シャラに言いくるめられたことを、そのまま信じているような感じでしたが・・」
テンドに協力を仰ぐことにした。万が一ひょんなお喋りから口を滑らせでもしたらと、二人はこの親切な医者にまだ全てを打ち明けてはいなかった。地下道によって『月の神殿』と通じていると云うことは、この森にも神殿の手先がいるとも限らないからだ。
怪我をしてビッコを引いた野ウサギが、家の中から飛び出して来た。
ダシュンはそれを捕まえて抱き上げると、続いて出てきた少女に渡した。
「このまま、放してあげようかしら・・」
ウサギを抱きとめて少女が言った。
「もう大分よくなってますから、大丈夫ですよ。この森には狼はいないんでしょう・・」
「オオカミ・・」
そう言うと少女は、なにか面白い冗談でも聞いた時のように肩を竦めて笑った。
「ふふ・・」
「・・僕の友達に、会ってくれませんか」
「お友だち・・?」
「そのウサギと同じようにケガをしているんです」
「・・ええ、いいわ」
鷹揚な、それでいて優しい口調で少女が答えた。
「ペル・・さま」
「・・ペリ」
「ペリ・・さま・・」
「ふふっ・・」
なぜそんな呼びかけをされるのかと云うように、少女が笑った。
「ふっ・・」
その声を聞いて、なぜかカンも笑った。
「その笑い声・・お変わりありませんね。お元気そうで嬉しゅうごさいます。このようなところでお会い出来るとは思ってもおりませんでした。かなり経ってしまいましたが・・」
「ペルさま、おれです、ダシュンです。覚えてないですか・・」
少女の笑い声が止まった。 もっと慎重にことを運ぶ積もりだったのだが、確かなペルの声を耳にしたせいか二人共、思わず先走っていた。
「・・あなた方はどなたなの・・どうして私のことを〝ペル〟と呼ぶの」
少女の口調がそれまでよりやや慎重さを帯び、話し振りも大人びたものになった。
「私達は、あなたさまの国から、我らが大切な姫君をお捜しに参った者です」
「私の国・・」
「ええ、ミタンです。あなたさまの本当のお名前はペルさまとおっしゃいます。ペリではなくて・・」
「・・一年くらい前にここに連れて来られたそうですが、その時のこと覚えてられますか・・」
ペリは覚えてなかった。或る日、目が覚めるとこの家にいて、サアラにひどい熱で数日間眠っていたのだと聞かされていた。
二人は慎重に、少女がここに来るまでの経緯を、伏せるところは伏せて話して聞かせた。
「・・じゃあ、あなたの目は、その不思議な宮殿の主にやられたのね」
そう言うとペリは、ダシュンが泉から汲んできた冷たい水に浸した布を絞ってカンの目にあてがった。
そっとその目を押さえると、少女の持つ不思議な治癒力が波動となって冷たい布地を通してカンの目にも伝わってきた。・・やがて、その目の滞こうっていた流れが少しずつ溶解していき・・それからジンジンとした感覚と共に一気に流れ始め、重かった目の感覚が和らいで来るのが感じられた。
その様子を見ていたダシュンが言った。
「ペルさま、覚えてますか。おれのこともそうやって介抱して下さったじゃないですか」
ペリは、ダシュンに視線を移した。
「・・それでペルさま、あなたをここに連れて来た神官は、この間もここにやって来ましたよね」
「シャールのこと・・?」
「シャール・・?ええ、そうです・・」
「シャールを知ってるの・・」
少女の様子が、再び慎重になった。
代わりにカンが尋ねた。
「ええ・・以前、ちょっと親しくしておりました。それでシャール殿は、いつかぺルさまをお迎えに来られるのでしょう」
「ええ・・もうすぐって言ってたわ」
「もうすぐ・・?いつ頃・・」
「次に月が満ちる前に・・」
「間違いありませんよ。特にあの笑い方は・・」
と言って、ダシュンの目もニッと笑った。
「しかし・・そうすると、いつまたシャラが現れるかも知れんということだな」
「そうです・・」
「それなら早いところ、ぺルさまをミタンにお連れしないとまずいな。それに、俺達がここにいるのも・・」
神殿に戻ったシャラは、カン達の起こした騒ぎを当然耳にしただろう。
見習い神官だった三人を捜して、神殿のみならず周辺も捜索しているかも知れない。地下道ですれ違った時にもしシャラが何か感ずいていたら、いつここにやって来るかも知れない。
「ぺルさまを連れて即、逃げましょう。もとはと言えばさらわれたのだし」
「ダシュン、おまえ一人でペルさまを連れて『リデンの森』へ戻れるか。ここからだと、ミタンへ向かうよりいいと思うが・・」
「カン様は・・」
「俺も行く。足はもっとグルグル巻きにして固定しとけば何とかなるが、そんな俺と一緒じゃ足手まといだ。・・しかし、サアラ殿は良い娘だが・・」
「通じているんでしょうか・・シャラに言いくるめられたことを、そのまま信じているような感じでしたが・・」
テンドに協力を仰ぐことにした。万が一ひょんなお喋りから口を滑らせでもしたらと、二人はこの親切な医者にまだ全てを打ち明けてはいなかった。地下道によって『月の神殿』と通じていると云うことは、この森にも神殿の手先がいるとも限らないからだ。
怪我をしてビッコを引いた野ウサギが、家の中から飛び出して来た。
ダシュンはそれを捕まえて抱き上げると、続いて出てきた少女に渡した。
「このまま、放してあげようかしら・・」
ウサギを抱きとめて少女が言った。
「もう大分よくなってますから、大丈夫ですよ。この森には狼はいないんでしょう・・」
「オオカミ・・」
そう言うと少女は、なにか面白い冗談でも聞いた時のように肩を竦めて笑った。
「ふふ・・」
「・・僕の友達に、会ってくれませんか」
「お友だち・・?」
「そのウサギと同じようにケガをしているんです」
「・・ええ、いいわ」
鷹揚な、それでいて優しい口調で少女が答えた。
「ペル・・さま」
「・・ペリ」
「ペリ・・さま・・」
「ふふっ・・」
なぜそんな呼びかけをされるのかと云うように、少女が笑った。
「ふっ・・」
その声を聞いて、なぜかカンも笑った。
「その笑い声・・お変わりありませんね。お元気そうで嬉しゅうごさいます。このようなところでお会い出来るとは思ってもおりませんでした。かなり経ってしまいましたが・・」
「ペルさま、おれです、ダシュンです。覚えてないですか・・」
少女の笑い声が止まった。 もっと慎重にことを運ぶ積もりだったのだが、確かなペルの声を耳にしたせいか二人共、思わず先走っていた。
「・・あなた方はどなたなの・・どうして私のことを〝ペル〟と呼ぶの」
少女の口調がそれまでよりやや慎重さを帯び、話し振りも大人びたものになった。
「私達は、あなたさまの国から、我らが大切な姫君をお捜しに参った者です」
「私の国・・」
「ええ、ミタンです。あなたさまの本当のお名前はペルさまとおっしゃいます。ペリではなくて・・」
「・・一年くらい前にここに連れて来られたそうですが、その時のこと覚えてられますか・・」
ペリは覚えてなかった。或る日、目が覚めるとこの家にいて、サアラにひどい熱で数日間眠っていたのだと聞かされていた。
二人は慎重に、少女がここに来るまでの経緯を、伏せるところは伏せて話して聞かせた。
「・・じゃあ、あなたの目は、その不思議な宮殿の主にやられたのね」
そう言うとペリは、ダシュンが泉から汲んできた冷たい水に浸した布を絞ってカンの目にあてがった。
そっとその目を押さえると、少女の持つ不思議な治癒力が波動となって冷たい布地を通してカンの目にも伝わってきた。・・やがて、その目の滞こうっていた流れが少しずつ溶解していき・・それからジンジンとした感覚と共に一気に流れ始め、重かった目の感覚が和らいで来るのが感じられた。
その様子を見ていたダシュンが言った。
「ペルさま、覚えてますか。おれのこともそうやって介抱して下さったじゃないですか」
ペリは、ダシュンに視線を移した。
「・・それでペルさま、あなたをここに連れて来た神官は、この間もここにやって来ましたよね」
「シャールのこと・・?」
「シャール・・?ええ、そうです・・」
「シャールを知ってるの・・」
少女の様子が、再び慎重になった。
代わりにカンが尋ねた。
「ええ・・以前、ちょっと親しくしておりました。それでシャール殿は、いつかぺルさまをお迎えに来られるのでしょう」
「ええ・・もうすぐって言ってたわ」
「もうすぐ・・?いつ頃・・」
「次に月が満ちる前に・・」