第26話   第六章 『赤い一族』 その2

文字数 2,424文字

 ・・婚礼の場を『月の宮殿』に決めたのは、王都から離れてシャラが動くためだった。
 『赤い月の酒』を能髄まで浸して、ミタン一行を取り込むため、連日歓待し、更にはシュメリア側の到着も遅らせた・・。


 その『月の宮殿』は、古代の遺跡の上に建設された。
 地下道を掘っている時に偶然、その遺跡が発掘された。が、そこは『魔月の三角地帯』を形作るための重要な一角で、少しでも距離を移すわけにはいかない。
 それで遺跡の石組みを利用して、地下階を作ることになった。

 その築城の労働力として、大勢の異様な風体の者達が集まって来た。
 日中の強い陽射しを避けるためか、皆、全身に赤い土を塗り、腰には赤い布を纏っていた。
 そして一団の誰もが驚くべき芸術的天稟を備え、その見事な技は宮殿の造営に大いに貢献した。
 内外装の彫刻、意匠、造園等、様々な仕事にその才が発揮され、その『赤い一族』の手によって、正にシュラ王が月光の内に幻視したと謂われる『月の宮殿』そのものが、古えの栄華の跡に美しく出現した。

 ・・そして明るい満月の光が、完成したばかりの宮殿を浮かび上がらせていたその夜、一人その美しい塔の館を眺めていたシュラ王の耳に、どこからともなく静かな楽の音が聞こえて来た・・。

 最初は小さな笛の音色に始まり・・一つずつ様々な楽器の音色が加わってゆくと、その楽の音に合わせて、宮殿の窓に、回廊に、池の辺に、庭園のそこここに、一つずつ灯りが点ってゆく。
 それと同時に。庭園の暗がりから、これまた一人ずつ赤い衣を纏った踊り手がしなやかに舞いながら姿を現す。
 さらに綾なす楽の音、次々と点る松明の灯り・・ゆらめく炎のような舞い手達の群舞・・赤土を洗い流して表れたその肌は皆、透き通るように明るく、その驚くほど優美な容姿が燃える炎を受けて、更に美しさが際立つ。
 その見事な筋肉の躍動は今、それまでの土木作業に代わり、楽奏と舞踏に使われている。

 その驚きの演出と、一団の美しさはシュラ王をいたく喜ばせ、即、彼等の技が造り上げた宮殿の侍従団として召し抱えた。

 その後、美の創造者達は、彼等の典雅さに見合う美しい女達も連れて来て宮殿を盛り上げた。
 そして、彼等『赤い一族』は、建設中に密かに設えた地下の遺跡跡の祭壇に、彼らの聖なる火を点した。

 この壮麗な宮殿に常時滞在することが出来ない王は、シャラをその主として据え、管理を任せた。
 着任したシャラは、宮殿の端から端まですべて見て回った。そして、地下に供えられたささやかな燃える火を見るなり、直ぐに熱心に建設に携わった一族のその意図を見抜いた。
 ・・しかしシャラは、その唇の端に不可思議な微笑を浮かべただけで、何も言及することはなかった・・。


 『婚礼の宴』の最中、その小さな火種が異様に勢いを増して燃え上がり、やがて自らの身を焼くごとく祭壇を炎で包んだ。更に炎は舐めるように地階に燃え拡がり、『月の塔』の足許からジワジワと立ち上ってゆく。
 昂揚する火の勢いと共に舞う赤い衣は増殖し、凝縮し、そして全ての火力を一点に封じ込めようとするかのように扉を閉じて行った・・。

 赤い衣達は、その命である燃え盛る炎を消すことなど決して出来ない。
 そんな彼等にとっては神聖な祭壇の覆いに過ぎない宮殿は燃え始め・・やがて、その猛る炎に全てのエネルギーが吸収されたかのように、その力は鎮火して行き・・曾て、シュラ王の前に姿を現した時とは反対に、一人、そしてまた一人と、その赤い衣を翻して何処へともなく消えて行った・・。

 
 美しい『月の宮殿』は燃えてしまったが、シャラはそれほど気にしてはいなかった。その大半の役割はすでに終わっていた。元々、『魔月の三角地帯』の一角として、その場所の力を強めることが主な目的だった。
 そのため、『赤い一族』の持つ特異な能力を使って、何年もの間、『満月の宴』を行って来た。
 それによって、その場を燃え盛る火のように昂揚させた結果、今では非常に強い『魔月』の磁場が出来ている。彼らの祭壇に目をつむり、赤い衣達のその本来の目的を逆に利用したおかげで・・。

(・・しかし、あのささやかな火・・それがまるで油でも注がれたかのように異様にその勢いを増したというのは・・)
 そう思いつつ、シャラは幕屋に眠る少女を見つめた。

 ペルを据えて行う予定だった今後の『魔月の儀式』は、暫く延期した方がいいのかも知れない・・。
 もし、少女の持つその力が本物なら・・今の神殿の状態ではやや不安がある。まだ全ての神官達が『魔月』へと転向しているわけではないからだ。
 一時期、都の主神殿で『魔月』への改宗を謀ったが、失敗した。上層部が何かを嗅ぎつけたらしく、大神官バシュアの秘密の調査が始まったのだ。

 あの火事は、そのバシュア一行を抹殺する良い機会でもあった。しかし、一行は真っ先に逃げ出した。
(・・内部の者以外、誰も知るはずのない・・地下の秘密の通路から・・)

 そういった主神殿側の動きを欺くため、次は地方の神官達に的を絞った。が、これもなまじっか教義に通じていると、却って改宗に手間取った。
 それで今では直接、一般の者達を『魔月』の神官に養成している。
 しかし、その結果、神官の数では不足はないが、レベル的には大きなバラツキが生じ、『魔月の神殿』と称するにはまだ堅牢ではない。
 皮肉なことに、『魔月』の神官に求める資質として一番理想的なのは、あの創造と破壊の力を同時に持つ一族なのだ・・。


 しかし、そういった資質さえより強めるかも知れない〝力〟・・。
 ぺルの持つそれは果たして本物なのか・・或いは、自らの願望がそう思わせるだけなのか。
 もし本物なら、それはこれから長ずるにしたがって増大するのか、或いは・・ただ無垢な少女の時期だけのものなのか。

 
 ・・しばくして熱から醒め、『春の森』の泉の淵で意識を取り戻した時、数日続いたその発熱が、ペルの記憶を盗んでいた・・。
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