第5話

文字数 3,602文字

「きゃっ」
 おとこの子は自分のからだがくるりと一回転したようにおもいました。でも、それからさらにどうなったかわかりません。ただ同時におんなの子の悲鳴をきいたのでした。
 その声は、まちがいなくオニの子のものでした。そう感じるのと一緒に、おとこの子は目の前についにおんなの子の姿を見つけたのでした。
 おんなの子は目をおさえていました。悲鳴をあげてびっくりする時は、ふつう頭か両耳をおおうものだけれども。――それはもちろん、その子がオニの子だからにちがいありません。
 なんてきれい。
 本当にきれいっていうのは、このおんなの子のことなんだ。
 目の前はかがやきで一杯でした。おんなの子がもう目隠しをとってきれいな顔をあらわしたので、なおさらでした。おとこの子はもうまばたきもできないまま、おんなの子のこれ以上考えられない美しさに魅入られてしまいました。耳がいつも開いたまま総(すべ)ての音を受け入れるように、おとこの子の目もまぶたなどもとからないかのように開きっきりで、それは光を迎えいれる扉になったのでした。いえ、からだ全体が目そのものになって全身で美しいかがやきにひたったのです。けれども、おんなの子の美しさはとてもやさしく、光はうるおいに満ちているので、おとこの子はちっともつかれをおぼえないし、目がかわくということもないのです。きれいとか美しいとかよくしらず、想像がつかなかったおとこの子も、こうして本当にきれいなおんなの子に出会って、美しさが幸せと一緒なことを知り、うっとりと気持ちよくなる感動に身をまかせました。
「まあ、ここに隠れにいらっしゃったの?」
 おとこの子は初めて対面しておんなの子の声をぢかにきくうれしさに胸が一杯。
「いいえ。そうぢゃないわね。わかった。あなたはかりゅうどさんなのね」
 かりゅうど? かりゅうどって、かわのふくきててっぽうもった、こわそうなおぢさん? えーっ、ぼくがあ?
「かりゅうどだからいつもオニ」
 その時おんなの子はうふっとわらいました。秘密を知ってるわらい。オニの秘密。でも、オニはそんなこと気づきません。
 オニは狩人のことを考え、ぼくがどうしてとおもう。狩人もオニに当てられて、わけがわからない。わかっているのは、それを言ったおんなの子がとても素敵できれいでかわいいということ。意味なんかわからなくても、おんなの子のことだけおもっていれば十分。
「かりゅうどさんはいつも見つけるほうですから。かりゅうどさんがきたら、みんな隠れるのはあたりまえね。そしていつもかくれんぼうがはじまります」
 どうせおとこの子は理解できっこありません。理解よりも興味が先です。おんなの子の言うこと一つひとつがまあたらしくて不思議で……だからその不思議にちょっと首をかしげる(意味を考えるわけぢゃなくて、おんなの子のくれる不思議を大事にするために不思議だから不思議らしくうけとめて)――首をかしげると、一緒に目もかたむくのでちょっと焦点がずれたりなんかして、すると見えるものも……たしかにスキができたのです、そのスキに大好きなおんなの子の姿が……。
「ほら、あんまりねらうと的がはづれるわ」
 おんなの子の素敵なわらい声がきこえたようでした。
 スキスキスキスキおんなの子に対してスキつくしのおとこの子。でもスキすぎて目の焦点がはずれてはステキなおんなの子に対してテ抜かりです、そんなスキ、おんなの子のほうだって目くらましします。
 あれ、どうしたの? どこ? 隠れたの? えーっ、またオニ?
 おとこの子はたいへんとまどいました。でも、おんなの子はちょっと隠れただけで呼びかけたら返事はしてくれると信じきっていたので、今度は自分から言葉をかけようとおもうのでした。おんなの子はいぢわるなんか決してする子ぢゃない。
「ねえ、またかくれんぼうがはじまったの? ぼくはオニ?」
 その呼びかけにおんなの子も返事をくれました。
「そうよ。――いいえ」
 おんなの子が「いいえ」と言った時、おんなの子の姿があらわれました。だけど、おんなの子の声はまるで木霊のような響きをもってまた「そうよ」ときこえてきます。すると、おんなの子の姿はきえるのでした。でもまた「いいえ」と響きかえします。おんなの子の姿が再びあらわれてきます。
「そうよ」
「いいえ」
「そうよ」
「いいえ」
「そうよ」
「いいえ」
 おんなの子の姿、きえて、あらわれて、きえて、あらわれて……まるで星のまたたき。かがやきはもちろんどんな星の光よりきれい。おんなの子のきれいな顔はそのままだけれど、美しいかがやきは、いろんな光をくりだしながら、おんなの子のまわりをめぐり、めぐり、それがおんなの子の姿をきえたりあらわれたりするように見えさせているのかもしれない。みえたり…きえたり…みえたり…きえたり……おとこの子はいつしか自分もおなじようにまばたきをくりかえしていることに気がついて、途中で意識的にまばたきを止めてみました。でも、それはおんなの子がきえたりあらわれたりすることとちっとも関係がないことでした。
 みえたり…きえたり…みえたり…きえたり…、そうしてだんだんみえているほうになれてくる。やっぱりみえているほうが素敵だから。そのほうがずっといいから。でもちょっと遠くなった感じ。そして高いところにいるよう。見上げていると、お祈りをするような気持ちになる。なんといってもきれい。
「そうよ。オニさん。あなたはおいかける。わたしを見つけるために。わたしは隠れましょう。あなたに見つけられるために。さあ、見つけて」
 おんなの子はまたきえました、後ろのまぶしい光のきらめきだけ残して。
 ――ようし、見つけるぞ。
 おんなの子の呼びかけに一度はそうおもったおとこの子でしたが、今度はおんなの子がしばらくきえたままになったので、ものすごく不安になってしまいました。それに、さっきまでおんなの子が見えていたところも、かがやきはかわらないのでずっとおなじところのようにおもっていたけれども、だんだんと高い位置に上がっている感じで、実は少しづつはるか遠くのほうへはなれていっているのではないかという気もしてきました。それでもし再びおんなの子の姿があらわれても、もう今度こそ本当のお星様みたいに天高く上ってしまって、絶対行き来できないかなたの世界に遠ざかってしまうんぢゃないかという心配が心を締めつけてきます。よびかけなくちゃ――おとこの子はおんなの子とはなれないためにはそれしかないとおもうのでした。
「ねえ、待って。おねがい。ぼく、ほんとにオニ?」
 そうきいてしまってから、もしまた「そうよ」って答えられたら本当におだぶつになっちゃうことに気がついて、おとこの子はぎくりとしました。いいえ、それよりもっと怖いのは、おんなの子の返事がかえってこないこと。おとこの子は、ぞっとしながらおんなの子の返事を待たなければならなくなりました。
「いいえ」
 その最初の一言をきいて、おとこの子はどんなに胸をなでおろしたことでしょう。そして、おんなの子の姿がまたあらわれているのを知った時、それはなによりの喜びでした。その喜びは絶対失いたくないとおもいました。
「本当は隠れるほうがオニ」
 姿をあらわしたおんなの子が奇妙なことを言いました。
「え? ……きみがオニ?」
 どういうことかわからないけれども、今のおとこの子にはおんなの子とお話ができるだけでも幸せです。
「ええ、そうよ」
「ちがう。きみがオニのはずない」
 こんなにきれいでかわいい子がどうしてオニなのだろうか。
「いいえ。わたしはオニ。でも、あなたもオニさん」
「ぼくもオニ?」
「あなたもわたしも」
「きみもぼくも? ああ、きみと一緒なら」
 おんなの子も自分も一緒なのは、たとえオニだと言われても、おとこの子にはうれしい気がします。
「だから、かくれんぼう」
 おんなの子が続けて言います。
「だから、かくれんぼう?」
 おとこの子がくりかえしました。
「かくれんぼうはオニさんどうしのお遊びなの。みんな、本当はオニさんなの。オニさんのみんなが一緒になってできるお遊びがかくれんぼうなの」
「それがかくれんぼう?」
 こうしておんなの子となかよく話をしていると、かくれんぼうも本当に楽しい遊びのようにおもわれてきます。
「さあ、かくれんぼうはもうはじまっていますよ」
 あたまの上のほうからやさしいきれいな声がしました。ふっと見上げると、何羽もの小鳥たちが飛びかっています。小鳥たちの顔を見ると、どれもきれいなやさしい顔でした。どこかで見たことのある顔にも見えました。
「あっ」
 おとこの子ははっとしました。おんなの子の姿は見えなくなっています。
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