第6話

文字数 2,700文字

「ちゃんとみつけてあげてね」
 小鳥たちは楽しそうな囀(さえづ)りのなかでおとこの子にやさしく声をかけました。
「わあ」
 おんなの子が見えなくなって、おとこの子はおもわずわめきました。
「ふふふ。そんな大声、いっときのことで、どこにもとどきはしないわ。言ったとたんそのそばからきえてしまう。隠れているものには静かな世界のなかで、心の声でよびかけて、心の目でみつけなくちゃ」
 そう言うと、小鳥たちも素早い動きのなかで見えなくなってしまいました。
「さあ、重さもないかたちもない静かな世界へ。ほら、あなたも風になれば。自由な心で火花を発して、かたちなどけしとばし、からだごと風におなりなさい。こころもからだも一緒に、命の息吹(いぶ)きだけになっておしまいなさい」
 最後に、もう見えない姿の小鳥たちはそう声だけ残しました。
「かぜ?」
 おとこの子はひとりつぶやきました。
 すると、そよ風がどこからか吹いてきて、おとこの子のほほをやさしくなでました。
「ひゅう。あなたは風の見習いさん? それぢゃあ、わたしたちの姿が見えますか?」
 ひょう。ぴゅう。
 おとこの子のからだは風にやさしく抱き上げられています。一筋のながれをおよぎただようような感じでした。そばには別のながれで、小さな花やかずかずの花びら、葉っぱ、綿毛、花粉などがおどりを舞うようにただよっていました。その動きは風の動作でした。風の姿がかたちのないままにわかってくるような気がする。しだいに、そこにさっきの小鳥たちの姿が見えてくる――
「あっ」
「まあ、みつかっちゃった」
 茶目っ気あふれる小鳥たちの声がしました。すると、たくさんの小鳥たちがおとこの子のまわりを飛びかいはやしたてます。
「やさしいでしょ。みんな一緒とわかれば、見えてくるのよ」
 そして、
「ほら、ごらんなさい」
 言われるまでもないことでした。おとこの子はおんなの子と出会っていました。
「みつけてくれたのね、風さん」
 おとこの子は喜びで一杯です。
「わたしもみつけることができたわ、ありがとう」
 おんなの子はお礼を言いました。
「きみ、喜んでるの?」
「ええ、うれしい」
「ぼくもうれしい。きみがうれしいって言ってくれるから、もっとうれしい」
「わたしも一緒よ」
「わあ、すてき」
 おとこの子は本当にうれしくてたまりませんでした。
「でも、きみ、いまもお星様みたいにきらきらしてる」
 たしかにおんなの子の姿はさっきとおなじようにきれいな星のまたたきのようにきらきらしています。
「そんなにきらきらしなくても、きみはきれいなのに」
 おんなの子のきらきらしてるのがおとこの子にはなぜか不安でした。
「もっと近くにきて」
「近くも遠くもないのよ。ずっと一緒よ。いつもこのままここに。かわりはないの」
「ううん。きみ、だんだん遠くなっていくよう。お星様には手がとどかないよう」
 おとこの子はなげきうったえました。
「ねえ、おねがい。もっとそばにきて、ぼくと手をつないでよ。本当におねがいだから」
 もし手をつないだら、絶対はなさないつもりです。
「おねがい?」
「うん。一生のおねがいだよ」
「どうしてわたしにおねがいするの?」
 おねがいという言葉におんなの子は少しとまどったようでした。
「きみがきいてくれなきゃ、神様にもおねがいするよ」
「神様、って?」
 おんなの子は、神様という言葉も不思議そうにききかえしました。
「神様におねがいして、ずっときみと一緒にしてもらうんだ」
 おとこの子は必死です。
「わたしいつも一緒よ」
「ううん。きみ、隠れるぢゃないか。ぼく、神様におねがいして、絶対にきみがきえたり隠れたりしないようにしてもらう」
「隠れていてもいつも一緒よ。だからだいぢょうぶ。あなたなら見つけてくれる」
「本当に見つけられるの?」
「いつも一緒だもの。だから、隠れなきゃならないし、見つけることもできる」
「本当に?」
「ええ。わたしもあなたを見つけます。あなたのこと、わすれませんもの」
「きみも?」
 おとこの子はおんなの子の言ったことがとてもうれしくて、どきどきしながら問いかえしました。
「はい。お遊びはおあいこですから」
「おあいこ?」
「ええ。あなたもわたしもご一緒に」
「やっぱり一緒?」
「おたがいに隠れあい、見つけあうの。だから、かくれんぼう」
「だから、かくれんぼう」
「だから隠れたら見つけてね」
 おんなの子はかわいくおねがいしました。でも、隠れることを言われると、おとこの子はどうしても不安になってしまうのでした。
「うん。見つける」
 いったんはそう言ったおとこの子でしたが…
「――ううん、だめ。隠れたらきみがきえる。そんなのやだ。ちょっとでもきみがきえるなんて。ぼくだって、隠れやしないよ。いままでだって隠れたことなかったんだ。隠れることなんかしやしない。絶対するもんか」
 そう叫んだおとこの子の目の前で、いつのまにか舞いおりてきていた小鳥たちが一瞬のこと、はじきとばされるように左右にわかれていなくなりました。おとこの子もびっくりし、そして少しおびえました。後に、小鳥たちの声だけ残りました。
「ちょっとでもですって? いつもずっとと言ってるのに、ちょっとでもってどういうことでしょう」
「それに、隠れたことないなんて」
「かわいそうなわからずやさん。わたしたち、ずっと隠れているっていうのに。初めからずっと。いまもいつも」
「見つけたとおもったときも、隠れてることにかわりない」
「見つけるのは一瞬。でも、その一瞬のいまが大切。とりわけあなたにはね」
「その一瞬を、いまの一瞬を大切に。いつもということはいまそのものなのだから」
「さあ、よくごらんなさい。いまを見失うまいとおもうなら。けれども、いまだって、見えているようにおもって、本当はやっぱり隠れてるのよ」
 そう耳にきいた時、じっと目をこらして見つめていたおんなの子の姿が一瞬きえたのでした。でも、すぐあらわれました。またきえて、またすぐあらわれ……さっきとおなじように、星のまたたきみたいに、あふれかえる光のなかで。いえ、いま突然そうなったのではありません。さっきから、いえ、初めから、おんなの子はずっとそのように見えていたのでした。それにいま初めて気がついただけです。おとこの子はおんなの子の様子を見て、隠れることと見つかることがおなじ意味だということにはっとしました。
 それでもまだ、「かくれないで」というおもいがつよく残ります。
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