第1話

文字数 2,817文字

 かくれんぼう。

 かあ。
「からすだ」
 ひとりがさけびます。
「からすがないた」
 みんな注意をひきつけられて、お空を見上げます。
 つぎのひとりはちがったほうをむいて、
「わっ、おひさまがあんなに」
「わあ、まっかだ」
「きれいなゆうやけ」
 そして、それにみとれて声をなくしていると、またからすが――
 かあ。かあ。
 山あいの西の空を見ると、夏のゆうぐれがゆったりと紫色のしらべをかきなでています。入り相(あい)の陽(ひ)は顔いっぱい赤くして、子どもたちにもうだめですよという信号をおくっているようです。
「もうかえらなくちゃ」
 すなおな子どもたち。
「うん、かえろう」
「かえりましょう」
「ぢゃあ、きょうはおしまいだ」
「おしまいだ」
 楽しい遊びももうおわり。またあした遊べばいいでしょう。みんなそのつもり。
「またあしたもいっしょだぞ」
「うん、あしたまた」
「うん、あした」
 みんな仲がよいともだちです。と、ふいにひとりの子がこう言い出しました。
「ぢゃ、おしまいにかくれんぼうだ。かくれんぼうしながらかえろ」
「そうだ、かくれんぼうだ」
 そうするのがあたりまえのように、みんな賛成します。
「ようし、かくれんぼうだ」
「でも、ちょっとうちまでとおいよ」
 いつもとはちょっとちがう。
「しんぱいいるもんか。そんなの、ひとっぱしりだ」
 でも、気にしないのが子どもたち。元気です。
「そうだ、ひとっぱしりだ」
「ぼくだって、へっちゃらだよ」
「あたしだって」
「でも、このこ、だいぢょうぶ?」
 やさしい子もいるようです。でも、このこって、どんな子?
「だいぢょうぶさ。いっぽんみちだもん」
「そうだ、いっぽんみちだもん。ばかでもかえれる」
「うん、ばかでもかえれる」
「うん、よわむしでも」
「うん、ちびのしたったらずでも」
 だんだん調子に乗ってきて、しまいに、
「にんげんだったらかえれるよ」
「ほんとうのオニでなかったら」
「そう、オニならやまがふるさとだ。オニのおやがむかえにくる」
「やだ。こわいからよしてよ」
 そう言った子は本当に身ぶるいしていました。オニという言葉だけでふるえる子はほかにもいました。こわい気持ちははやく遊びにまぎらわしましょう。
「はやくかくれんぼうしよ」
「かくれんぼして、はよかえろ」
「はよオニからにげよ」
「さあ、かくれんぼうだ」「はよ」「はよ」
 みんなもう待ちきれないように口々にさけびだしました。
 日永だといっても、まだ遊び足りないといった様子のやんちゃたち。でも、もうまもなく、星の子たちがひとりふたり、みたりよたりとお空に集まり出すころです。そろそろ遊びの主役を交代してあげなくてはなりません。真紅(しんく)のお天道様がお山の向こうへしづんでしまったりしたら、夜の世界がおとづれて、なにもかも昼間とさかさまになってしまう。これから遊び場はお空になるのです。そんな時いつまでも外に居残っていたとしたら、くらやみを楽しみに待っていて、昼間はかげにひっそり隠れていた物(もの)の怪(け)たちにいつとりつかまってしまうかわからない。それがどんなおそろしいことか体験はしないけれども、ぞっとするほど気味わるいことはたしかです。
 もちろん、子どもたちもそんなことは百も承知でした。ですから、かくれんぼうをしながらかえろうというのです。
 あぶないことなんかちっともない、ただひとりオニをのぞいて。ですから、みんな賛成です、ただひとりオニだけはづして。
「オニをきめよう」
 オニはもうきまっていました。
 実際にみんながきめるオニは、オニという言葉よりもみんな安心できるのでした。
「きめよう」「きめよう」
「きまってるけど、きめよう」
「オニもなかまにはいれよ。みんなでやるんだ」
「みんなでやってずるっこなしだ」
「ぢゃ、オニはオニだ」
「あたりまえだ。でも、みんなできめるんだ」
「みんなできめることっていいことだもんな」
「うん、いいことだ」「いいことよね」
「ぢゃ、じゃんけんだ」「みんなでじゃんけんだ」「うん、じゃんけんだ」
 じゃん、けん、ぽん。あいこでしょっ。
 みんなカミを出しました。ひとりの子だけイシでした。イシが負けました。オニがきまった。きまっていたとおりにきまりました。
「きまった、きまった、やっぱりおまえだ」
「いつもあなたね。なんてよわいんでしょう」
「たまにはかったらどう」
「オニはオニだもん、しようがないよ」
「そうだ、オニはオニにきまってるんだ」
 オニはいつもオニでした。いくらじゃんけんしてもそうきまっていました。というのは、いつも両手に石やら虫やらをにぎったままじゃんけんをさせられていたからです。年上の子の命令で、おっことしたりしたらいぢめられるのでした。
「もういいかいっていえよ、ちゃんと」
「いくらよわむしオニでも、それがしごとだからな」
「オニさん、しっかりね」
「やあい、オニオニ」
 しかたなしにオニは目隠しをしてしゃがみこみました。そして、自分のせりふを言います。
「もういいかい?」
 これでもう自分からオニになってしまった。
「さあ、オニだ、オニだ、にげろかくれろ」
「わぁー」
 子どもたちは一斉にかけだしました。おもいおもいの速さで、ばらばらに。でも、逃げる方角はみんなおなじでしたが。
「まあだだよ」「まあだだよ」
 はじめは散り散りの声が、やがてまどおになりながら一つ束(たば)になってきこえてきます。
「まあだだよ」
「まあだ・・」
 もういいよ、と言われるまで、オニは動けません。そういうきまりです。とはいえ、オニだってみんなが自分ひとりをおいてきぼりにしようとしているのはわかっていました。いつものことです。だからいつもは、きまりなんかかまっていずに、ともかくも起(た)って、ひとりとぼとぼかえるのでした。でも今は、やっぱり動けなかったのです。いつもの場合と少しちがっていました。ここはもう山の裾野(すその)のうちで、このオニには山のなかも同然でした。山はまったく知らない世界。かえり道は一本道でしたが、初めての山にひとり残されて、きた道がどうだったかふりかえる余裕もないのでした。こんなところでひとりきりになってしまった心細さに、オニはただ身をすくめるばかりです。
「もういいかい?」
 かあ。かあ。(おかあさん)
 とうとう答えるのはからすと自分の心だけになりました。でも、からすはかくれんぼうのなかまぢゃない。普通お空に飛ぶものがかくれんぼうにくわわれるはずがありません。
 オニはひとりぼっちでした。からすがのんきに鳴くほど、ひとりぼっちなのがわかります。オニはもうなにも言わなくなりました。そのうちからすも返事をしなくなりました。
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