第4話

文字数 3,252文字

 その時になって初めて、おとこの子は自分がいつのまにか山の高いところへのぼってきてしまっていることに気がついたのでした。地面はかたむいているし、まわりは樹ばかり。なぜ今まで気がつかなかったのでしょう。そういえば今までずっとなにを見ていたかというとなにも見ていなかったのかもしれません。ただ相手の子のきれいな声をきくだけで十分な気持ちになって、なにも目にしなくて平気だったようです。そう、相手の子と一緒だという気持ちになるだけで、美しいものは存分に目にしていたもおなじだったからです。
 初めこそ隠れ場所を探そうとしたおとこの子でしたが、まもなく相手の子を見つけてやりたいという気が起こりました。はやく相手の子の姿を見たい、しかも相手の子が気づかないうちにこっそりと。それに、おとこの子はいつもオニだったけれども、みんなのいぢわるの犠牲にされていたため、ちゃんと誰かを見つけた試(ため)しがなかったので、なおさらこの機会に見つけてみたいとおもったのでした。人間、あるいはオニにしても、身についた習慣からなかなか自由になれるものではないようです。
 もちろん、それは声を目当て(耳当て?)にさがせばいいとおもいました。ところが、よく耳をすませ、声の方向をめざしてゆくと、また別の方向から声がきこえてくるようなのです。山には木霊(こだま)というのがあるというけど、それとはちがうようです。おなじ声が反響してきこえるのではありません。だって、相手の子は数をかぞえているのですから、そんなことはすぐわかります。
「おかしいよ。きみ、ずるくない? かぞえながらあちこち歩いてるの?」
「いいえ」
「うそ。きみの声、あっちからもこっちからもきこえるよ」
 でも、かんがえたら、そんなにはやくあっちへもこっちへも動けるわけないって気もする。それに、こんなきれいな子がうそをついたりするだろうか。
「だって、ここってどこもおなじですもの」
 おとこの子はなぜか安心しました。相手の子に言われると、どういうことなのか意味はつかめなくてもなんとなくわかったような気になるのが不思議。
「わかった。ぢゃあ、もういちどかぞえなおして」
 相手の子はまたひとつからかぞえなおしはじめました。
 おとこの子はそのあいだに相手の子を今度こそ見つけようと、もう一度声をたよりに歩きだしましたが、やっぱりおなじおもいにとらえられました。
「やっぱりきみ、歩いてるんだろ。目かくしとって歩くなんて、……」
「ずるいや」と言おうとしてすぐその言葉をのみこんだのは、おとこの子だって、隠れるほうがオニを探すなんてずるいことしてると気がついたから。
「いいえ。わたし……」
「ううん、いいんだ。ごめん。そのままつづけて」
 おとこの子のほうからあやまったのは、こんなやさしい子を責めてきずつけたらかわいそうだし、なによりやっぱりふたりなかよく楽しく遊びつづけたいからでした。それからもうひとつ、おとこの子にある知恵がうかんだからです。その子と出会いたいなら、なにも自分で探さなくても、相手の子のオニに自分を見つけてもらったほうがずっと早いにちがいないと。なにしろ自分はオニを何度もやっているといっても、誰も見つけたことのない、かぞえることは得意でも探すことにかけてはまるで能がないだめなオニだったからです。
 おとこの子はもう隠れないでいいとおもいました。それよりはやく見つけてほしい。でも、一応は隠れるふりをしなくちゃ。だって、相手の子はオニで、おとこの子は隠れる役なんですから。そうでないと、さっきの小鳥たちみたいに、ちゃんとかくれて、って注意される。
 その言葉をおもいだすと、おとこの子はまたまじめにもちゃんと隠れなくちゃという気になってしまうのでした。
 その時おとこの子は、こうして隠れ場所を探している自分がなにかしらとってもみっともない格好をしているような気がしてきました。相手のオニの子や小鳥たちがその声だけでもう十分に美しくかろやかと想像される姿なのとくらべると、たしかに自分はとてもつりあわないみじめな格好をしている。その情けなさは、実際に身を隠さずにいられないほどではないか。おとこの子は、遊びではなく本気にこのからだを隠してしまいたいとおもいました。とてつもなくはづかしい気持ちが起こったのでした。その気持ちがおとこの子をにわかに駆けさせました。
 どこでもいいからはやくかくれたい。
 それはどこかにひっそりとうづくまって、自分の目から自分のからだを隠してしまいたいということでした。
 おとこの子はふと近くにある樹で一番おおきそうな樹の根方にうろを見つけて、そこに隠れに行こうとしました。
 斜面を駆けおりるのはなれないことなのに、実際走ってみると、おもいのほか軽快におりられました。自分のからだがこんなにかろやかに感じられるのはびっくりするほどです。なにか山の子になったような気さえしました。そうおもうと、たちまちうれしくなってきます。それではと、ほかの樹に向かっても駆けてみました。走れば走るほど、おもしろさが増しました。身のかろやかさがこれまで以上に感じられる。もうみっともないからだなんてどこにもないような感じです。樹々の間を縫うように走ることもできました。走るというより飛ぶよう。もうみじめな肉体から解放されて風の精になったようにも感じ、これならどこにでも隠れられる、樹の上の葉のしげみにだって身をひそめることができるとおもいました。いつも弱気だったおとこの子はこの時初めてからだ一杯自信にみなぎるという感じをおぼえました。
 もうぼくはみっともなくも弱くもない。なにもできないぐづでもない。そうだ、ぼくは本当はトリやカゼのなかまなんだ。
 そうおもった、ちょうどその時でした、
不意にオニの子の声が
「もういいかい?」
ときいてきたのでした。
 おとこの子ははっとしました。ちょっといい気になったのをはづかしくおもいました。そういうのをテングになるというのだ。かくれんぼうをしている最中に、別のことに梦中になっていたことをわるく感じました。
 すると、おとこの子は自分をふりかえってびっくりしました。自分が本当にテングに、いえ、テングの出来損ない、それも年老いてからだの縮んだチビテングに――口のまわりは白いヒゲが生え、腫(は)れ上がったようにおおきい鼻は目ざわりで、皮膚はしわしわ、背中が曲がって縮かまったようにからだがかわっている。テングだから翼はあるのかもしれませんが、あってももうぼろぼろでしょう。足も弱って、全身よぼよぼしたように重く感じられました。一息つくのにも肩全体で力をいれてしなければならないようです。寿命ももうながくないかもしれません。こんな楽しい遊びがはじまった今という時に、人生が最期(さいご)になろうとしているなんて、あまりにも情けなく、かなしくなりました。
「もういいかい?」
 もう一度オニの子がその素晴らしく美しい声でたづねてきました。おとこの子はわれにかえりました。そうだ、かくれなきゃ。そうおもった時、子どものままの自分にかえったのを知りました。おとこの子はさすがにちょっと安心しました。
 かくれなきゃ。ちゃんとかくれて、はやくみつけてもらわなくちゃ。さあ、はやく。
 でも、かくれんぼうだから、「まあだだよ」って言えば、またかぞえなおしてくれます。とにかくまず返事をしなくてはいけません。
 そして、おとこの子は叫びました。
「もういいよ」
 なんとおとこの子はとんだ言いまちがいをしてしまいました。自分でもびっくりしてしまって、そしてあわてました。
 おとこの子はその時、古くてとっても太い根がいくつも地上に張り出しているものすごくおおきな樹のそばにいました。そんなところであわてて駆けだそうとしはじめたら、いやでもつまづかずにいないはずです。そして、案の定――

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