美紗都

文字数 1,437文字

 考え事が一気にどっかへ行った。
 女の人に声をかけられることにも驚いたが、それ以上に、名前を呼ばれたことに驚いた。

 この辺で自分を知っている人なんて、大学の知り合いくらいしかいないのに、女の人となると、さらに謎だった。
 
 前を見るまで一秒もなかったはずだったが、五秒分くらいの思考が回った。

 顔を見ると、合点がいった。
 高校二年生の時に仲良くなった美紗都(みさと)だった。
 高校生の時はたまにふざけるくらいで、普段は静かにしている方だったけど、わりといろんな人と話すタイプだった。その中で、美紗都だけはなぜかよくしゃべるようになった。明るくて愛嬌もよく、クラスでもモテるタイプだった。なぜ自分と仲良くしてくれたかはわからないけど、よく話していた。でも、三年になってクラスを離れてからは、そこまで話さなくなった。

 「美紗都(みさと)?」

 分かってはいたが、あえて聞き返した。

 「よかったー、やっぱりはるか君だよね。こんなところで何しているの?」

 うぅ、答えづらい。試合開始早々、いきなりのボディブローを打たれた感じだ。向こうはそんなつもりないだろうけど、大学を中退して、プラプラしているなんて言えやしない。

 「ちょっと散歩してた。美紗都の方こそ何してるん」

 「大学の帰りだよ。いつもこの公園を通って帰るようにしてる」

 「へぇ~、めちゃめちゃいい通学路じゃん。この公園いいよな」

 「ね、いいよね。てか、ご飯でもしようよ。今から暇?」

 急に突っ込んできやがった。かわすようにはしていたけど、こうなると逃げ出せる気がしない。
 
 特に断る理由もなかったから、「まぁ暇だけど」という返事を返した。

 「ナイス!」と言われて、そのまま駅の方に向かった。

 
 もうロープ際まで詰められた。打ち返せ打ち返せ。

 歩いている間、とりあえず質問をしまくった。
 どこの大学に行っているのか、何の勉強をしているのか、最近何しているのか、と色々質問を投げた。とりあえず自分に話が来ないように頑張った。

 ファミレスの前を通ったとき、「ここでいい?」と聞かれて、「どこでも」と答えたら、そのままそこに入ることになった。

 
 「はるか君はどこの大学行っているの?」

 カンカンカン。KOのゴングが鳴り響く。
 
 注文をし終えたところでついにこの質問がきた。


 ――そりゃ無理だよな。

 「上智だった。退学した」

 「へぇー、退学したんだ。なんでなの?」
 
 意外と平然とした態度で返されたから少しびっくりした。
 
 「大学が嫌になったというか、嫌いになったというか」

 「一緒じゃんそれ」

 くすくすと笑いながら言ってきた。
 あぁ、こういうやつだったわ、と高校時代を思い出した。
 
 別に他人に言えないことでもないしなと、聞かれたら答えようと思った。
 でも、面白くなくなったのか、最初は今何しているのか聞いてきたけど、それ以降大学について聞いてこなかった。

 ご飯を食べているときは、最初に話したのいつだっけとか、なんで仲良くなったんだっけとか、あの時結構話していたよねー、と思い出話をした。

 
 店を出て、ほんと二年ぶりくらいだよね、なんて会話をしながら駅に向かう。
 同年代と話したのいつぶりだろ。思ったより楽しかったなと思い、心の中で感謝した。

 駅について、「んじゃ」と言った後に美紗都が「あっ」と言った。

 「またご飯でもしようよ、どうせ暇でしょ?」
 
 気遣いの一つすらない言葉が飛んできた。

 「あぁ、暇ですよ」

 こいつ、いつか絶対仕返してやろうと思った。
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