朝の道

文字数 1,698文字

 
 外に出ると、太陽がおはようと叫んでいるかのような快晴だった。
 
 目に差し込んでくる光を瞼で覆いつつ、今日も一日が始まったのだと自覚する。
 太陽はいいよな、存在しているだけで。なんなら、生命に恵みを与えているなんてすごいよ、ほんと。人間なんて、お金がなかったら生きていけやしない。
 
 あぁ、ダメだ。またこんなことを考えている。
 考えないと決めたのに。

 思考を遮ろうと、周りに目を移す。
 スーツを着た少し気だるそうに歩く男の人、ランドセルを背負って友達三人と楽しそうに話しながら学校へ行く小学生、優しい目で犬を見ながら散歩をしているおじいさん。
 
 周りを見ていると、情報が勝手に入ってくるから楽だ。暇さえあれば悪い考えをしてしまう頭を常に情報で満たしておきたい。考えないようにしたい。たまに、こんなところにうんこあるのかよ、なんて思ったりすることもあるけど、そんな思考はとても平和で気持ちがいい。
 でも駅まで歩いている途中でほんとうにうんこが落ちてあったのにはちょっと嫌な気持ちになった。

 電車まで時間があったので、駅前にあるコンビニに寄ることにした。
 
 「いらっしゃいませー」

 ドアが開くと同時に、店員が片手間の作業かのような口調で言った。
 コンビニに来ると、なぜかこの世界はずっと動いていたんだなと感じる。商品のドリンクが並んだ冷蔵庫から500mlの水を一本を取ってレジに行く。

 「こちら一点で98円でございます」
 
 ——可愛い。ぱっちりとした二重にちょっと幼さの残った声。妹感抜群だ。若くて可愛いのに、なんでこんな朝からコンビニで働いているんだろう。インスタとかに上げれば、バズるだろうに。いや、そりゃ人それぞれ悩みがあるか。
 見ず知らずの店員なのに、気にしなくてもいいようなことを考えてしまった。
 
 タッチパネルのバーコード決済のボタンを押して、バーコードを読み取ってもらう。

 「ありがとうございましたー」

 
 あーー可愛いかったー。朝からあんな可愛い女の子見られるとテンション上がる。
 あの子も頑張っているんだし、自分も頑張らないと。
 
 俺って単純だなーー。

 
 そのまま電車に乗って、三駅先のバイト先へ向かう。
 
 駅から出て、商店街を五分ほど歩くと、軒先のテントにこーちゃん亭と書いたお弁当屋さんがある。そこがバイト先である。
 退学後にバイトをしないといけないな、と思って探していたときに求人サイトで見つけたのがこのお弁当屋さんである。お金は少なくてもいいから、こぢんまりとした落ち着いた店で働きたいと思っていたのでちょうどよかった。
 少し重い手動のドアを開けて中に入る。
 
 「おはよーございます」
 
 「おはようさん」
 
 厨房から山田さんがやさしく答えてくれた。もう七十歳を超えているのに元気だなと毎回思う。
 バイト先の挨拶は朝でも夜でも「おはようございます」というのは疑問に思っているけど、なぜなのかはいまだにわかっていない。
 
 奥のロッカーに荷物をおいて、トイレで着替える。
 
 「今日は天気がいいねー」
 
 トイレから出ると、腰に手を当てながらゆっくりとしたおばあちゃん特有の話し方で話しかけてきた。
 
 「ですねー、気持ちいいっすよね、こういう日」
 
 「もうおばあちゃんにもなると、それだけで幸せだよ」
 
 「そんな悲しいこと言わないでくださいよー、もっといいことありますって」
 
 山田さんは時折寂しいことを言う。でもとてもやさしい。
 面接をしたときも、なんで退学したのかとか、なぜ今バイトをするのとか聞いてこなかったし、今の若者は悩んでいていいねと言うだけで、採用していくれた。
 こーちゃん亭は老夫婦で営んでいるけど、バイトは自分ともう一人子供がいる女性の方しかいないらしい。そんな中でなぜ自分を雇ってくれたかいまだにわからない。
 それから一か月くらいここで働いているけど、いつも何気ない会話ばかりしてくれるから心が和む。
 
 「今日、親父さんいないんですか」
 
 「あぁ、今買い出しに行っているよ」

 返答を聞くなり、時間が九時になったのを確認して、ドアの前にかけてある札を営業中にした。

 
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