第9話 事 件

文字数 2,371文字

「犯人はこの前のスケボーの連中のひとりだよ。湘南〇ギャングとか言ってたでしょ。わたしたち正面から見てたから分かった。パーカーのフードで顔を覆ってたけど、あの人相には見覚えがある」
 アンとユキがまくしたてている。琴音と紗季はただ茫然自失して下を向いていた。そのすぐ先にはまだ洗い流せていない血だまりが残されている。

 事件の概要はこうだ―
 いつものように変態オヤジが仕事を持って来て、れいがその応対にあたっていた。そしたら、黒のスウェット上下でパーカーフードを目深に被ったオトコがひとり、ふらふらとれいの背後に近づき、持っていた刃物で背中を刺した。それも3度も。そして、れいがその場に倒れると、足早に西武新宿駅方面に逃げた。4人はその現場にいた目撃者だった。
 すぐにあんが救急車を呼んだ。それから現場は戦場と化した。救急救命士と警察官、報道関係者、それに野次馬が集まって大混乱となった。
 4人は警察から事情聴取を受けたが、誰もれいの本名も、もちろん住所も知らなかった。れいの持ち物からも何も見つからない。ただトー横の事情に明るい報道関係者が、たぶん〇組辺りから情報を訊き出して来ていた。
 テレビではこう報道された。
 
 今日午後3時過ぎに新宿歌舞伎町の東宝シネマ前の広場で、高崎市〇×在住の雨宮玲奈さん17歳が何者かにより刃物で刺され、西新宿の〇大附属病院に緊急搬送されたものの、出血性ショックで死亡が確認されました。全身黒ずくめ、身長180センチ前後で細め、20~30歳くらいの犯人は西武新宿線の方角に徒歩で逃走、警察は行方を追っています。

 雨宮玲奈―
 5人はこの名前に今までの「れい」とは違う人物の命の響きを感じていた。深夜になっても、トー横村はメディアの取材クルーと、現場見たさの若者でごった返していた。れいが倒れたそばのビル脇には、トー横の仲間たちからの献花や飲料食糧などのお供え物が堆く積まれていた。
 逐次スマホで確認するが、犯人が捕まったとの報道はまだない。どうやら湘南〇ギャングにはアリバイがあったらしい。警察からは他に心当たりはないかと質問攻めにあったものの、お客はたくさん居たとしか答えようがなかった。パパ活相手のことは分からない。スマホから割り出して貰うしかなかった。
 群(むれ)はリーダーを失った。その衝撃は大きかった。高校生のアンはどこかトロいし、ユキは病弱だ。とてもれいの替わりは務まらない。互いの間にすきま風が入り込み、すこし距離をおいて座る始末と相成った。
 香雅里はれいの遺体がどう処分されたのか、気になっていた。誰も動かないので、自分で交番に訊きに行った。高崎の実家に引き取られたと聞かされた。それはそれで良かったのだ。どこにも行き先が見つからずに荼毘にふされるのはあまりに理不尽だ。
 
 ふつか後、西新宿の路上で犯人が逮捕された。防犯カメラの映像が犯人特定の決め手となった。ただ、そのオトコに5人は見覚えがまるで無かった。犯人は、トー横の連中は社会の「ささくれ」だ。殺してもいいヤツだ、と嘯いていた。つまりこの界隈の住人なら、誰でもよかったということになる。
 たまたま、れいが狙われた。この事実は5人を震撼させた。次は自分の番かもしれない。いつ模倣犯が出るかもしれない。事態はトー横村全体の問題となった。警察は警備を強化するとはいうものの、立ちんぼ、生脱ぎ、売り子、パパ活での仕事中までは監視してくれない。
 もはや自分の身は自分で護るしかないのだった。やはりトー横村の人口は減った。安易な好奇心だけでプチ家出し、トー横に身を寄せていた連中は、危ない橋を渡るよりは実家に帰った方が安全なのだった。
 5人にも変化が生れた。
 まずは病弱なユキが抜け、つぎに心配性の紗季が実家に戻った。中身が少し増えたピンクのブタさん貯金箱も家の机の上に戻ることになった。
 群はとうとう半数の3人となる。しかも、れいが居ないので、路上での客が減ったこともあるし、アブナイお客にはしり込みするようになった。香雅里はパパ活のみで、琴音は下着の生脱ぎ、アンは「立ちんぼ」で生計をたてる。
 さらに追い打ちをかける事件が起こった。琴音が性暴力にあった。生脱ぎ中に刃物で脅され無理やりやられたのだ。琴音は半泣きで帰って来た。陰部は傷つき、アフターピルも必要だった。おまけに性病やAIDSなどの感染症も心配だし。
 香雅里はいつぞやの神社に向った。
 天気予報通りに、その晩は冷え込み、東京にも初雪が舞い散る。
 通称「巫女」さんと呼ばれている日川姫さんに援けを請う。佳かったその場に居てくれた。初めましよりも2月(ふたつき)以上が経過していた。
「仲間が強姦されて、アフターピルが必要なんです。それと性病や感染症も怖くて…」
 日川姫さんは冷静だった。
「24時間以内ならこれを飲ませなさい。それから痛む患部にはこの軟膏を塗る。抗生物質が入っておる。それから性病や感染症は3週間経たなくては症状が出ない。症状が出るようなら、また来るように言いなさい。症状についてはスマホで検索すること」
 やはり「巫女」さんは頼りになる。香雅里は何度も何度も頭を下げた。そして、もうひとつ訊いてみたいことを口にした。
「わたし、この前、ひょんなことから大事な人と別れてしまって、、
 淋しくて切なくて、とてもとてもお母さんに逢いたいです。この前、日川さんは、いずれ逢える、とおっしゃっていました。あのう、どうしたら逢えるんでしょうか?」
「横の神社をご覧なさい、見覚えがあるじゃろう」
 香雅里は言われる前に社を見た。そして、驚いた。あれ、悠馬君と行った品川の神社そっくりだ。
「あの折、アンタは縁結びの神、ニギハヤヒに母親に逢いたいと再び拝んだ。
 御柱(みはしら)はしかりと心得ておるぞよ」

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