第4話 再会

文字数 3,069文字

 願い事を叶えてもらうと言ってもすぐに思いつかない。焦れば焦るほど思いは巡ってしまう。
 さて、香雅里の番になって、何も言い出せないでいると、
「お前さんは、母親に逢いたいんじゃろう?」
 お婆ちゃんが発する言葉にハッとする。そうだ、父親が再婚してからずっと考えていたことだった。でも、新しい家族にハブられて、家出少女になった身では所詮、叶わないことだと心に仕舞って蓋をしてた。

「いずれ逢える、、ふ~む~、
 しかも、どうやら、ずっと一緒におることになりそうじゃ…」

 最後に3人は礼を陳べて立ち去ろうとした時に、改めて老婆は、
「人間の生死(しょうじ)などはほんの些細なこと。何百何千何万年に亘って繰り返されて来た人の連なりに過ぎん。その身が朽ちれば、また新たな実(身)が起る。
 よく肝に命じておくがよい」
 こうして3人の摩訶不思議な「時」が過ぎた。

 トー横の住人はそれぞれが情報交換に交(まじ)わる。ひがないち日、同じ場所に座って居るのにも疲れる。ならば、知らない子とLINE交換に出向く。香雅里たち3人にはすでに100名以上の(トー横村民)リストが出来上がった。
 話しの内容、大体は(美味しいお仕事)について。あとは注ぎこんだお洒落。ドンキ(ドン・キホーテ)や近くの新大久保・コリアンタウンに出向き買い求めた、韓国製のプチプラな化粧品をお披露目する。
 この頃には3人も地雷系メークにネイルチップ、色とりどりのヘアエクステを付けていた。立派なトー横村民となる。デブスなのを心配していた紗季にも写真撮影などで実入りがあった。未だにブタさんの貯金箱は健在だった。ユキもすっかり全快して6人で活動をしている。
 トー横村に立ち寄るオトコ達には「変態」の他に、ナンパ、回春目的のお兄さん・おじサンで溢れる。ただ、一番好まれるのがパパ活だった。パパ活とは、茶飯のみで富裕な男性からお小遣いを頂戴する活動のことを指す。
 だからトー横の女子たちはみなSNSで都合の佳い相手を捜している。だけどそう簡単には上客は見つからない。れいには、最初こそは茶飯だったけど、3回目には肉体関係にならざるを得ないパパが3名いた。茶飯のみで上客を繋ぎ止めるのは難しいようだ。それでも、れいは6人の稼ぎ頭だった。困っている仲間には当たり前のように食事を振舞っていた。
 香雅里にもはじめてパパ活の相手が見つかった。お父さんと同世代のまん丸いオジサンだった。地雷の10センチの厚底を履いているので背は香雅里の方が高い。
 近くのスタバで落ち合ったものの、話すことがない。お話し上手な仲間はすぐにお買い物に誘うらしいが、香雅里にはそんな図々しいことは言い出せなかった。
 困った挙句に、
「映画見ませんか?」
 こんなら喋らなくても済む。それに観たい映画もあった。TOHOシネマズに入ると、香雅里はお金を受け取ってチケットを買いに向かった。そこで、わざと混んでる席を訊いてその一角の通路側のシートを指定した。ここならエッチなことは出来ない。なんなら、逃げ出せば、すぐにホームグラウンドのトー横村と相成る。

 映画の題名は「すずめの戸締り」。
 評判の映画だった。緻密で色鮮やかなアニメの世界に圧倒された。中でも「瀬戸内海海峡大橋」と東京・お茶の水の「聖橋」には感動した。ぜひ実際に行って見たいと思った。瀬戸内海は遠くとも、お茶の水はすぐそこ中央線沿線にある。
 映画を観終わって約束の2時間は過ぎていたので、そこでパパとはお別れした。このパパは館内でも紳士的な態度で通していた。なので、LINEを交換して次回の約束も取り付けた。れいからは変な奴にはLINEを教えないように重々注意されていた。LINEは付き纏いやらのストーカー被害に繋がると言う。なので、繋がる糸が無ければ何も出来ないワケ。
 香雅里はその脚でお茶の水に向った。秋の夕暮れは早いが、まだ時間に余裕があった。「聖橋」は駅の脇にあった。やっぱり映画と同じくスッゴクいい眺めだった。橋の欄干部分に手を載せて、しばし拡がる風景を堪能していた。

 とその時、
「あれ、香雅里じゃない?」
 驚いて振り向くと、中学の同級生の安西悠馬が立っていた。
 彼も欄干に両手を載せた。
「やっぱり香雅里だ。
 ここはいい眺めだよな。今に電車が3路線見える。運がよければ上下線で6本の車両が同時に見られるそうだよ」 
 安西悠馬はクラスで1番背が高くて、バスケ部のキャプテンで、勉強も出来た。クラス女子の憧れの的だった。
 香雅里は驚いていた。こんな処で出会うなんて、一体どうして。
「香雅里は不登校だと先生が言ってた。
 僕は母さんがそこの病院に入院してるんで毎日見舞いに来る。京葉線と中央線の乗り継ぎに1キロ近くも歩くのには嫌になるな…」
「悠馬君、なんで不登校なのか、訊かないの?」
「聞いて欲しいのかい?」
 香雅里はどぎまぎした。何も言えないでいると、
「理由なんてきちんと言えないから不登校になるんだよ。それに香雅里の家のことは僕にはよく分かる。幼馴染だもんな。
 そうだ、香雅里のお母さんを病院で観たと、前にうちの母親が言っていた。一緒に病院に行ってみるかい? ひょっとすると、お母さんに逢えるかもしれない」
 香雅里はただ、頷いていた。
 目的地の病院は聖橋を渡ってほど近くにあった。とても大きな総合病院だった。
「悠馬君のお母さんはなんの病気なの?」
「胆のう炎という病気。内視鏡手術でワルさをしていた胆石を切除したから、もう大丈夫だよ」
 香雅里と悠馬は中央ホールのエレベーターで5階へと向かう。
「香雅里の変わりように、母さん驚くと思うよ」
 香雅里は慌てて、オレンジと緑のヘアエクステを外した。そしてロン毛をひとつにまとめて頭上にもってゆきヘアピンで留めた。黒の地雷系のミニワンピと厚底は如何ともし難い。
「それって付けてるだけなんだ、ビックリした。染めてるのかと思った」
 悠馬は素っ頓狂な声をあげた。
「でも、化粧をして(見栄え)がよくなったかな」
 中学生では、これが目いっぱいの褒め詞なのだよ。
 悠馬はエレベーターを下りてすぐの6人病棟に香雅里を案内する。3つのベッドは無人だった。悠馬の母親は一番奥の窓際のベッドに横たわっていた。
「母さん、今日は幼馴染を連れて来たよ。偶然「聖橋」の上で出会った。ほら、2丁目の吉岡さん、吉岡香雅里さん」
「ああ、これはビックリ、すっかり美人さんになって。香雅里ちゃんは小さい頃から可愛かったからねぇ」
 悠馬の母親は身体を起してベッドに座り込む。相対して、悠馬と香雅里は丸椅子に座る。
 香雅里はすっかり恥ずかしくなり、もじもじし出す。まだ幼さの残る中学生の女の子だ。
「あんたも苦労が多いね。お母さんが替わってしまって。義理の弟まで出来て。きっと面白くないこともたくさんあるでしょ」
 悠馬は不登校になったとは言わなかった。
「いえ、、なんとか、、」
 香雅里はミニワンピの裾を引っ張って両脚をなんとか隠そうとしていた。
「そうそう、あなたの本当のお母さんに待合室で出遇ったのよ。いまは茨城県の実家におられるそうで、ただ白血病を患って、この病院で放射線治療を受けてるとおっしゃってたわ。実家で療養ながらご両親と暮らしているみたい」

 香雅里はちっちゃい頃、一度だけ茨城の母の実家を訪ねたことがある。メロン農家ですぐ目の前が太平洋の海原だったのを覚えている。
「逢いに行ったら、とても喜ぶと思うわ」
 香雅里は、海原を吹きわたる風音とせわしなく打ち付ける波音を聴いた。
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