第5話 村の客人たち

文字数 2,631文字

 トー横村には深夜3時でも昼間と同じような人だかりが出来ている。歌舞伎町シネシティ広場はビルの灯りやら街路灯でまさに真昼間(まっぴるま)の体を成す。

 そんなトー横村にあって、スカウトマンは切っても切れない関係にある。20歳前後の若者から50代のオヤジまで、多種多様に存在する。その名の通りに女子を仕事(夜職)へと誘う。
 未成年者は風営法により接待を含む飲食業やモロ風俗の仕事には付けない。バレれば雇った側も逮捕されてしまう。2年以下の懲役もしくは200万円以下の罰金となる。未成年女子は補導される。親に通告され、児童相談所で監督される。
 でもでも、法律とは破るためにある。客の性欲は若年層へと向かう。風俗に染まったアバずれより、素人、無垢な子を常に求めている。そして供給元がトー横村には数多居る。客の要求は中学生、小学生にまで下がっている。
 そのため、日に何人ものスカウトがやってくる。れいはコヤツらを冷徹に扱う。罰則は雇い主と雇用者(女子)だけに向かい、仲介業者(スカウト)は上手く逃げてしまうからだ。信用できないヤツはダメ、はれいの口癖となっている。
 信用出来るスカウトとは絶対に情報が漏れない漏らさない連中を指す。ピーエム(警察官)に叩かれて、すぐにチンコロするヤツは絶対に許せないのだ。
 ただ、金に困った時に頼りになる存在であることは間違いない。上客を握っていて紹介してくれれば1日が凌げるのだ。
 通称、しーちゃんは30前後の見た目はよくないが、裏の情報に長けていて、その場しのぎには持って来いのスカウトだった。新宿界隈のお金持ちオヤジの情報を持っていて、困っている時は金に繋げてくれる。
 デブスの紗季に新大久保のマンションに住む70歳のスケベジジイを紹介してくれた。コイツは中学生を所望している。紗季は難なく5万円をゲット出来てご満悦だった。そのうちの1万円をピンクのブタさん貯金箱に入れた。
 中学生を証明するのは学生手帳。名前と住所を隠した学生手帳でもオーケーだった。写真で中学生と判別出来るからだ。
 胸の大きな琴音はオッパブに執拗に誘われていた。居住する寮も完備されていると言う。路上で過ごすよりも遥かに居心地がよい。それに安定した収入が見込める。賄い飯も付いているそうな。琴音はいっ時、真剣に悩んでいた。大久保公園での立ちんぼ稼業は気ままでいいけど、やっぱりあてにはならないし危険でもあった。
「でもさー、みんなと別れなくちゃならないんでしょ。独りでやってゆくのはムリだよ」
 トー横村には何と言っても、気の許せる大勢の仲間たちがいる。

 このしーちゃんは、重要な薬も扱っていた。
 ピル、アフターピル、妊娠検査薬、コロナ抗原検査キット、性病の時の各種抗生剤などなど、保険証を持たない村民には、いざという時に頼りになる。3人のパパを持つれいもピル、アフターピルで厄介になっていた。
 また、身分証の各種偽造も扱っていた。れいの持っていた免許証もそのひとつ。未成年には成人である写真付き身分証が何より大切なのだ。1枚10000円で作ってくれる。ただ保険証はダメ。すぐに偽物とバレてしまう。警察沙汰になりかねない。
 パパ活専門の香雅里もパパ活と間違えてスカウトさんにたびたび出会った。カフェで出会ったものの、幾ら待って1銭も出て来ない。最初こそ戸惑ったものだ。しばらくして風俗への勧誘話しが出て来てスカウトと分かる。
 お金にならないのでそうそうに引き返そうとするが、結構執拗だ。ひとり風俗に人材紹介すれば数万円になる。彼らも必死なのだ。ただ、トー横村の住人だと話すとアッサリと勧誘は終わった。住所不定の未成年者はリスクが大き過ぎるからだ。

  ―

 深夜、スケボーとキックボードを持つ、5人の若い男性の集団が現れた。トー横の広場で大歓声を上げて技を競っている。トー横女子の歓心を買おうという輩。時々現れる。トー横村には男子も居るが、みな女子に混ざって大人しいものだ。

 5人はパフォーマンスに疲れると、今度は広場の真ん中でバーベキューを始めた。地下火で持ち寄った木材に火を点けた。辺りには煙と焼き肉の匂いが漂う。
「おーい、肉やるから来いや!」
 ひとりが怒鳴りはじめた。
「来ないとみんな喰っちゃうぞ!」
 そう言って肉片を見せびらかせている。
 それでも誰も行かないと、今度は焼きあがった肉を持って各グループを廻り始めた。香雅里たち6人の処にもやって来た。
「ほら、やるぞ! 喰えよ」
 すると、れいが、
「オレたちは乞食じゃないんだよ、このバカが、ケツの青い小僧のくせに。  
 この界隈にはきちんとしたルールがあるんだよ」
「なんだ、てめえは、オレたちは湘南〇ギャングだよ。なんか文句あんのか」
 威勢のいい言葉が飛んで来た。5人はみなこちらに集まって来る。れいはすかさず、スマホを繋いだ。それが意味する処を香雅里たちも過去の経験から知っていた。
 数分で3人のプロレスラーのようなガタイに、人相のよろしくない組員が出て来た。それぞれ、木刀やら角材を握っている。
「おい、坊やたち、〇組に恥かかせんじゃねえよ。こんな夜更けに出て来やがって。さっさと片付けてお家(うち)にお帰りなさい!」
 余裕の笑みを浮かべている。
「ほら、突っ立ったってないで、焚火のあとも綺麗に掃除して帰ってね。じゃないと、ピーエムさんの仕事に成っちまうわな。この界隈には礼儀ってもんがあんのよ」
 若者たちは〇組の名前を聞いて態度を一変させた。これは全国指定暴力団の頭(アタマ)だ。
「焚き火のあとは舐めてでも綺麗に掃除しろや」
 若者グループのひとりがマジ木刀で頭を殴られ血を流している。ひとりは跪いて、手拭いでコンクリートをこすっている。
「燃えカスも持って帰ってね。ほらほら早くしろ!」
 そうこうしているうちに、騒ぎを聞きつけた警察官も現れた。組員が一部始終を話して聞かせている。
「そこの血を流している坊やは、その車輪のついた板切れですっころんで頭を打った、そうだよなぁ」
 若者はすっかり縮こまって頷いている。
 警察官は若者たちに職務質問をはじめた。
 こうしてトー横界隈の平和は護られている。
 〇組員は帰りがけに、れいに挨拶を送った。優しそうな笑顔だった。
「わたし、毎月1万円ずつショバ代支払ってるんだ。いち人前に稼げるようになったら、界隈の平和のためにヤツらの援けを借りる。時には、力の強い者が頂点に立つんだよ」
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