第2話 トー横村

文字数 2,765文字

 電車で小一時間ほど、京葉線と中央線を乗り継いで、新宿東口を出て100メートル、ゴジラロードを突きあたれば新宿東宝ビル。誰が名付けたか、この界隈をトー横と呼んでいる。かなり広いコンクリートの広場もあって、若い子たちが三々五々、たむろしている。

 多くが地べたに座り込んでいる。季節は寒い時季に向かうがそこは若者たちのこと、寒さはほとんど気にしない。それよりは自由にくつろぐことを重視する。女子だけのグルーブや男子だけ。仲良く混ざり合ったグループもある。みな楽し気だ。
 琴音はしばらく歩いて、顔見知りを見つけたようだ。
「あ、れいちゃん、友達連れて来ちゃった」
 れいと呼ばれた女子はベルベット素材のスウェット上下に厚底靴をはいて、ロングの髪にピンクとマーマレード色のヘアエクステを付けている。化粧も地雷メイクで目立つ。小芝風花似のしっかりとしたイメージで、あとで高校2年生と分かる。
「よかった、琴音ちゃんだ。神様への願い事って案外当たるもんだね。
 悪いけど、お金もってるかな、友達が具合悪いんで、少しネカフェで寝かせてあげたいんだ。
 運よく客がつけばいいんだけど、実はさっきから心配してたんだ…」
 その友達は黒のダウンパーカーを頭からスッポリ被って、ビルの壁際にしゃがみ込んでいた。
「うん、お金はあるけど、彼女、大丈夫なの?」
「生理もあるし、ちょっと風邪気味、ここに居れば誰でもそんな時はあるよ。
 ありがと。ここではお互い様って、ルールでみんなで過ごしてる」
 琴音はお財布から1万円札を出した。
 れいはお金を受け取ると、具合の悪い友達と連れ立って50メートル先の大手ネカフェチェーンの看板を潜って行った。
「あんたらどこから来たの?」
 れいの友人のひとりが尋ねた。彼女も地雷系のファッションで緑色のウィッグを付けていた。れいとは違って普通の目立たない子だった。
「千葉の稲毛海岸。3人とも、同じ中学で」
「あれ、案外都会だね。うちらは群馬だよ。周りには牛や豚の数の方が多い」
 その発言でみなが笑った。この子はアン、高校1年生。名前以上の深い事は訊かないことになってるようだ。身の上話しなどは、訊いても聞かされてもうんざりだ。
 しばらくすると、れいが戻って来た。釣り銭を琴音に返した。その指先には色鮮やかな紫のネイルチップがあしらわれていた。
「いまネカフェで寝てるのがユキ。じゃ、わたしたち6人グループになった訳だ。グループはいっぱいあるけど3~5人が普通だから、数じゃ負けないね」
「わたしたち初めてで、少しここでの生活のこと教えてくんないかな」
 琴音が心配そうな顔付をした。
「ここに座ってるとも、オトコたちが近寄って来て話し掛けて来る。わたしたちはいつも待ってるだけ。心配はいらないよ。わたしらはもう1年になるけど、食うに困ったことはない。
 そうだな…あ、例えばあそこのブラブラしてるオジさん、あれはオンナの子を物色して歩いてるんだよ。お眼鏡に叶えば声を掛けて来る。あんな連中は、朝から晩まで途切れることはない」
 すると、香雅里たちの元に、オトコがノコノコとやって来た。父親くらいの年齢、40代に見えた。
「あれ、新入りがいるね。
 生足で顔を踏んづけてくんないかな。1回1000円でどう?」
 どう見ても、オトコの眼は永野芽郁似の香雅里の方を向いている。香雅里は父親以外のオジさんと話した経験がない。モジモジしていると、れいが援けてくれた。
「そんなこといって、あんたついでにオッパイ触るって評判だよ。オッパイは別料金。それにこの子はまだ慣れてないの。おとといきやがれ!」
 香雅里は驚いた。れいの不躾な物言いに。歳のほどは替わらないのに、あんなに堂々と大人と対峙出来る。
「あんなのがたくさんやってくる。若いから安価に何でも出来ると思ってる。オシッコ飲ませてくれ、とかうんこしてる処が観たい、なんて、変態が多いのもこの界隈。まぁ、ルールを守ってくれれば美味しい仕事だけどね。だから、仲間うちで情報を交換してる。危ない変態じゃなければ、いいお客様なんだけど」
「なになに、足で踏んずけるだけでお金貰えるんだ」
 香雅里たち3人はビックリした
「そういうフェチが居るんだよ。くすぐってくれとか、噛みついてくれとかも居る。あんたらは『立ちんぼ』する年齢じゃないし、こういう美味しい客を狙わないとね。そのつど教えてあげるよ」 

 オトコの方は懲りずに今度は違うグループに接触している。
 昼過ぎから夕方まで5人は同じ場所にたむろしている。女子同士だから会話は多い。ファッションの話し、メイクの話し、流行のスイーツの話し…。不思議と、今日の晩御飯はどうしよう、寝る場所は何処? などとの不安な話しは一切でない。適時、スマホをいじっては、仲間内で通信をする。大体、スマホ代だって払えている訳だし。 
 そのうち、フェラ抜き3千円のお客がやって来て、アンちゃんが1時間ほど出掛けた。場所は近くの公園か百貨店の共用トイレが使われる。オトコにとっては安価に、スリルを満喫して性欲を発散出来る。
 戻った来たアンちゃんが、何度もイソジンでぶくぶくして路上に吐き散らす様を、香雅里たちはそら恐ろしい思いで見つめた。
 その晩は、新規メンバー歓迎パーティーと銘打ってサイゼリヤで晩御飯を食べることになった。スマホで誘って、途中からは体調不良のユキも参加した。女子6人ともなればお喋りだけで楽しい。すぐに座は盛り上がった。こんなに楽しいことは稲毛海岸の中学校生活では考えられないことだ。
 それでも夜遅くなるにつれて、今頃は家で心配しているかも知れない、との負の想いが3人の脳裏をよぎる。時間を気にし出す3人を見て、
 れいが、
「最初はみんなそうだよ。
 でもさぁ、家に居るのが耐えられないからここに来た。今更心配するくらいなら、もっと楽しい家族にしてくださいってことだよね…」
 まったくもって、返す言葉がみつからない。それで心配するのは止した。今夜はオールナイトのカラオケで夜を明かすこととなった。
 え? でも18歳未満は断られちゃうんじゃないの。
 大丈夫。そう言って、れいは、運転免許証を出して見せた。
 生年月日 2004年3月12日生 
 眼を見張る3人に対して、れいは大袈裟に両手で×を作った。
「わたしオバサンじゃないよ。これ偽造だからね」 
 家出というオサムイ現実から離れた3人はノリノリだった。日頃の鬱憤を晴らそうと代わる代わる熱唱した。
 ただ、ユキちゃんは元気がなかった。サイゼリヤでもほとんど食べ物を口にしない。医療機関への受診との考えも浮かぶが、保険証が無かった。全額自費負担と相成る。貯金を持つ3人もなかなかに言い出せないでいる。将来に向けた虎の子が無くなってしまうかもしれない。
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