第3話 困った時、頼りになるのは?

文字数 3,011文字

 6人はカラオケで一夜を明かし、寝おびるままにトー横に戻って来た。贅沢は出来ないので、近くのコンビニで朝飯がわりの食材を思い思いに調達する。
 広場には職場に向かうサラリーマンの姿も見受けられた。
 香雅里は地面に座り込み、菓子パンをかじりながら、平日にガッコウに行かないのは初めてだと実感する。
「今頃は私たちが当校してないって、分かるだろうね」
 おにぎりを頬張りながら紗季が言う。
「ごめん。幼馴染のチイちゃんには、月曜日から3人不登校になるって伝えちゃった、不登校扱いにして貰えば卒業出来ると思ってさ…」
 琴音はいつだって先のことを考えている。チイちゃんとは赤いメガネをかけた勉強が出来る女子だ。特に英語は優秀で、スピーチコンクールの千葉県代表にもなった。
「どうせ分かることだから、いいじゃん。親にも連絡が行くし手間が省けていいことだよ。
 なんだか、いま物凄く自由なんだけど、実感が沸かないね」
 ドーナッツを食べ終えた琴音が焦点の定まらない眼を職場に急ぐ人たちに向けた。

「やっぱり、医者に見せなきゃだめだね、きっと」
 これは元気のなかったユキのことだ。解熱剤を飲んで昨日からネカフェ、カラオケと寝転んでいたが一向によくならない。顔色は青白く唇が紫色に替わっている。れいはスマホで誰かと連絡をとっている。ユキの症状をこと細やかに丁寧に伝えていた。れいの冷静な一面が窺えた。
「今のは信用出来る支援者だよ。ユキの治療を依頼した。すぐに車で迎えに来てくれるって、よかった。このままじゃ、ユキ死んじゃうかも」
 れいはユキを膝枕に抱えている。そこらの仲間から毛布を調達して彼女の身体を覆っていた。
「ユキは大切な友達。1年前からアンと3人で過ごして来た。元気になって貰わなくちゃ困る」
 れいの眼差しは真剣そのものだ。
「ここには支援者と名乗る連中がたくさんやって来る。その大半は信用ならない。
 一番のワルは、私たちを援けると謳って、有名になりたい連中。私たちのことを理解しているとほざきながら、いろんなことを訊き出し評論家面(ヅラ)して『トー横キッズの実態』と私たちのことをマスコミに告げ口して売っている。テレビ、新聞、雑誌に。そうやって儲けているのさ。それなのに、私たちには何ひとつ持って来やしない。
 その次はNPO法人のやつら。こいつらも『トー横キッズ』を支援するとの名目でクラファン(クラウドファンディング)してやがる。その実、こっちには一銭も入って来ない。自分たちの食い扶持だけ稼いでいるのさ。
 さらには、自相(児童相談所)のやつら。ポリ公(警察官)とグルになって援けるふりして親元に返そうとしたり、施設に入れようとする。それがあんたの為だよ、とお題目を並べやがる。ふざけんな。勝手にしやがれ。オレたちはそれがイヤだから、こうして苦しくたって頑張ってるんだ。
 こういった連中も、昨日の変態オヤジ共と一緒に出没するから、騙されちゃだめだよ」
 れいは本当に怒っていた。それは病気の親友を必死に励ます(挽歌)のように聞こえた。

 やがて高齢の女性がやって来た。身なりはどう見ても普通じゃない。まだ秋なのに衣服をたぶん10枚以上着こんでいた。その衣類もお世辞にも綺麗とは言い難かった。皺くちゃの手が、ユキの額に載った。
「スゴイ熱じゃ。こりゃいかん、唇も紫になっちょる。酸素飽和度が低い証拠じゃ。
 ちょっと待て」
 老婆はユキの額に手を翳したまま、瞑目した。
 すると。どうだろう、ユキが眼を覚ました。
「あ、お婆ちゃん、来てくれたんだ。ありがと」
 ユキは少し微笑んでリラックスしたように、また瞳を閉じた。
「さて、少し収まったから、これで知り合いの医者の元へ運ぼうかの」
 白髪交じりのロン毛のお婆ちゃんは、通りに停めてある軽自動車にユキを運ぶように命じた。驚いたことにアンはユキをお姫様抱っこした。さすがにふくよかな肉体は力を発揮したようだ。
 れいは遠ざかるお婆ちゃんとアンを見つめながら、大きな溜息をついた。
 すかさず、琴音が、
「いまの人だあれ?」
「あの人のことをトー横村の住人は『巫女』さんと呼んでいる。近くの神社の脇に居て、普段は霊感占い師をしている。よく当たるって評判だよ。それにあの人は、アタイらの古い先輩だって噂もある。今度一度占ってもらうといいよ。私たちからは金をとらない」
 
 この日は撮影の依頼が舞い込んだ。例の「変態」連中のひとりからだった。カラオケで、女子のアソコを撮影したいとの申し出。れいは4人一緒で、夕食付きならばと撮影に応じた。
 4人はまた昨日のカラオケに向った。れいに言わせると、撮影は普通にある依頼だそうだ。顔出しはしない約束で、撮りたい所だけを露出する。撮影のあとに、必ず撮影記憶媒体を確認する。本当に顔は写っていないかどうか。また、隠しカメラの有無もチェックする。
 香雅里ほか初めての3人はチョー恥ずかしかった。
「はじめだけだよ。それに夕ご飯食べられて、ひとり5千円貰える。チョーラッキー。だけどひとりでは絶対にダメだよ。必ずやられる(性被害)」
 無事にたらふく食べて、お小遣いも貰った3人は例のお婆さんの処に行くことにした。れいはオトコの人と約束があるらしかった。これは売春を意味する。
 3人はスマホマップにチェックして貰った神社へと向かう。トー横からジクザクの途を100メートルほど進む。すると5階建てのビルとビルの間に挟まれた空間に赤い鳥居が見えた。3人にとってのお詣りは「稲毛浅間神社」の初詣以来だった。小学生の時から3人で毎年通った。大変な人出で賑わう大きな神社だった。

 ただここの神社は、ちっちゃな薄茶色の祠がふたつだけの簡素なものだった。名前も記されていない。祠を包むように樹木が野放図にはびこっていた。例のお婆さんは、鳥居の脇にひとつ机を置いて座っていた。白い布に覆われたテーブルには、「各種占い」との文字が。
「あのう、ユキちゃんは大丈夫でしたか?」
 香雅里が気後れして、ちっちゃな声で尋ねた。
「肺炎の一歩手前だったそうな。抗生物質を注射されて、今は町医者の病室で寝ている。若いから死にはせんよ。
 あんたらお詣りに来たんかな?」
「ここの神さんのひと柱は饒速日命(ニギハヤヒ)で、ワシの名は日川姫(ヒカワヒメ)じゃ。お詣りしたら、そのあとで、ひとりにひとつずつ願いを叶えて進ぜよう。但し、直ぐに現金とか美人に変えるのはムリじゃよ(笑)。
 アンタたちは今生(こんじょう)で家族縁に恵まれなかった。しかし、恵まれたはよいが困ったことも付き纏ってくるぞよ。大体、誰もが歳をとる。両親は己(おのれ)がジジババになった折に誰に面倒をみて貰うんじゃろうな。大抵は子供たちに頼む。そのために子供を可愛がるように出来とる。
 だが、アンタたちは邪険にされた。歳をとって手助けが欲しいと言われても、いまさら寄り付きはせんだろう。ハハ、誰が最後に得をするんじゃろうな、はて?」
 そんな考え方もあるんだ。3人は改めて驚かされた。
 両親に嫌われ、イジメられた子供たちを勝手に不幸者(ふしあわせもの)だと決め込んでいた。でも、遥か将来を見渡せば、やがて立場が逆転するものだ。社会問題となっている面倒な老人介護を公然と拒否出来る有資格者となる訳だ。今が不幸な分、将来、楽が出来るってなことだ。
 これは面白い考え方だ。びっくりした。
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