最終話 死者たちの舞い

文字数 2,837文字

 木枯らしが吹き荒れる季節となった。トー横村は相も変わらず賑わいを示す。次から次へと仲間を求めて、親から見放された子たちが集まって来る。香雅里たちを押しつぶすように。
 ある時から、アンは行方が分からなくなった。琴音は寒空と懐の寒さから風俗店に行ってしまった。
 香雅里はひとりきりになった。トー横村には顔見知りも多いが、慣れ親しんだ友柄ではない。群れに溶け込めるはずもなかった。
 寒さも手伝ってトー横に座り込むことはなくなった。昼はデパ―トとか或いは西口の高層ビルのショッピングモールで暖をとり、夜は相変わらずのネカフェか、または格安ビジネスホテルで冷気を凌いだ。貯えが20万円ほどあった。
 パパ活の数は増えたり減ったり。やはり男女関係がないと続かない。悠馬…、好きな人が居る時は絶対に嫌だったが、いまはLINEも途絶えたきりだった。もうオトナがあってもいいか…と、ぼんやり考えている。ただ、れいからは、肉体関係を持つと傲慢になり、次のオンナに興味を示し出し、やがては消えてゆく、そんなオトコが多いと指南されていた。
 香雅里はデパートの休憩室に座り、悠馬とのLINEの画面を追う。習慣のように、LINEにメッセージを打っては消す毎日だった。彼とのLINEは、たったひとつの生きる証し。送信しても既読が付かなかったり、返信をいつまでも待つ自分が嫌だった。
 れいを失った時あたりから始まった下腹部の痛みは、ますます酷くなっていた。

 この日は一番古いパパとのデートの日だった。自棄になっていた香雅里はオトナを1回10万円で了承した。ぽんぽこお腹のタヌキさんは上機嫌で西新宿のホテルラウンジに現れた。
「いやあ、嬉しいね。蘭ちゃん(香雅里の源氏名)。信用して貰って。大人の関係になれば、一層支援が出来るってもんだよ」
 腹出オヤジは額に汗を滲ませている。今は真冬なのに。キモイ。
「じゃ、約束の10万円をペイペイに送ったよ。このホテルに部屋をとってあるから、じゃ、行こうか」
「わたし、中学生ですよ。それでもいいんですね」
「え、そうなの。前に18歳と聞いていたから。まぁ、この際、どうでもいいよ」 
 香雅里はスマホの決済アプリに入金を確認してからオジをあとを付いてゆく。後ろから見ると、後頭部から禿かかっていた。お尻も相撲取りのようにデカい。
 部屋のドアが開かれ、満面の笑顔で香雅里を迎え入れる。ダブルベッドが眼に飛び込んで来た。オヤジはベッドに腰を降ろし、迎え入れようと香雅里の腕を取った。掌も汗ばんでいた。香雅里は反射的に相手の腕を振り払い、
「触るな、くそジジイ、キモイんだよ」
 香雅里は驚いた、その口調に。まるで、れいのようだった。
 香雅里は急いで部屋を出て、確認しておいた非常階段に向った。

 寸での処で獲物に逃げれたぽんぽこオヤジは香雅里の行方を見失い、LINEの嵐がやって来た。
「ふざけるな。このガキが。金返せ!」
 こんな調子の文句が10回ほどやって来た。いざという時に人間性が出るというが、まったくその通りだった。あんなやつと関係を持たなくてよかった。これもまた、れいから学んだことだった。
 香雅里はいつものショッピングアーケードの休憩室に辿り着いた処で、決済アプリを通して 10万円を返金した。これもまた、れいの言い付けだった。決して、悪事は働かないこと。どんなに美味しくてもツケは巡り巡って必ず自らにハネ返ってくるよ、と執拗なぐらいに言われていた。
 相手がストーカーに変貌したり、警察沙汰になれば補導される。嫌でも実家に連絡が行き、また関りが出来てしまう。ロクなことにはならないと言うのだ。
 しかし、すでに遅かった。ホテルのラウンジでパパと出会っていた時にはすでに監視されていた。いわゆるパパ活 G-メンとやらに。18歳でも高校卒でなければ補導の対象になる。婦警は2人連れで香雅里の前に立った。
「あなたはいまそこのホテルでパパ活してた。どうみても未成年よね。補導します」
 今回の補導はトー横での一斉摘発とは違い、未成年による「不純異性交友」との犯罪でのもの。生徒手帳が見つからないで、済むものではなかった。
「ツレの男性にはいま警察官が職務質問しています。詳しくは警察署で聞きます。さぁ、立って。一緒に行きますよ」
 マズイことになった。このままでは正式に補導されて、ガッコウ並びに実家に連絡が行く。もう2度と両親には逢いたくなかった。家出しても捜索願も出さなかった人たち…。
 路上に停車されたパトカー。これに乗ったらもう最後だ。香雅里は婦警の手を振り払い、中央通りをトー横方面に逃げた。脚は早い方だった。運動会ではリレーの選手に選抜された。追手はあるようだったが、何しろ凄い人出だ。人が邪魔して容易には追い付けないだろう。
 香雅里はとにかく走った。今日はパパの背丈に併せて、スニーカーにしておいて正解だった。厚底ではこうは走れない。だけど、下腹の痛みはMAXだった。キリキリと痛み、脂汗が額に浮かぶほどだった。
 トー横に辿り着いた時には、陽もとっぷり暮れていた。香雅里は痛みに耐えきれずにいつもの場所に座り込んだ。こうして座り込むのはふた月ぶりのことだった。あの時は、れいもまだ健在で、すべては順調だったのに。それでもここで若者たちに紛れていれば簡単には捕まらない気がしていた。
 夜半になって、香雅里は痛む下腹を押さえて、例の神社向かう。「巫女」さんが居れば、どうしてこんなに下腹が痛むのかも訊こうと考えていた。
 びっこを引きながらやっとの思いで神社前に辿り着くと、辺りは真っ暗で、人っ子ひとり居なかった。鳥居脇には「巫女」さんの姿も見えない。この痛みではトー横に帰るのも大変だった。少し神社で座らせて貰おう。
 鳥居の前に立った。暗くて何も見えない。その時、ふと秋のはじめに6人で花火をしたことを思い出した。まだ、線香花火がバッグに残っているはずだ。あとライターも。
 香雅里は線香花火に火をつけた。
 するとどうだろう、花火に触発されたかのように、参道の両側の灯火が一斉に点った。香雅里はびっこをひきながらやっとの思いで光輝く参詣の途を歩んでゆく。煌々と眩く照らし出された社(やしろ)につくと、そこには母親が待っていた。
 母は香雅里を抱きしめ、むせび泣いている。
 矢庭に、それまでの母親に起った出来事が脳裏を駆け巡った。そうか、母はもう2年も前に乳癌で亡くなっていたのか。それで、会いに来てくれなかったんだ。

 2人は稲毛の浜辺でそうしたように、花火をかざして、海風に舞い踊った。
 笑い声は暗い波間に何処までも轟いた―


 あくる朝、トー横には冷たい香雅里が横たわっていた。
 死因は、子宮頸がんだった。
 
 どこにでも居るオンナの子の哀しいおはなし。
                               おしまい
      (本作品はフィクションです、登場人物にモデルは居ません)
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み