文字数 2,614文字

 あれから一夜経った。相変わらず、スマホのアラームがけたたましく鳴っている。僕はそれを止めて、意識を覚醒させる。――二日(ふつか)酔いだ。
 多分、ブラックコーヒーを飲んだら酔いも醒めるだろうと思って、ポットでお湯を沸かすことにした。そして、沸かしたてのお湯でコーヒーを淹れた。
 黒い液体から漂う芳しい匂いは、僕の意識を完全に覚醒させた。矢張り、こういう時は何も入れていないブラックコーヒーがどの精神安定剤よりも効果があるかもしれない。
 コーヒーを飲みながら、僕は件の事件について色々と調べることにした。幸福研究会という新興宗教が関わっていることもあって、どのニュースサイトもオブラートに包んだ記事の書き方をしている。まあ、幸福研究会は「幸福党」という政党を作って参議院でも議席を持っているから――忖度しているのだろう。僕はそういう忖度が嫌いなので、なんだかモヤモヤとしてしまう。
 ニュースサイトを見ているうちに始業時間が近づいてきたので、僕は仕事で使用しているパソコンの電源を入れた。ダイナブックはプライベートで使っているモノなので――仕事は支給品のノートパソコンで行っている。これが、本来あるべきコンプライアンスのカタチなのかもしれない。
 午前10時。朝礼代わりのビデオ会議を終えて、本日の業務をスタートさせた。とはいえ、特にやることもないのだけれど。
 上からの指示を待っている間、僕は相変わらず小説を書いていた。傍から見れば仕事をサボっている風に見えるけど、2台のパソコンを見ながら仕事をしているので別にサボっている訳ではない。ダイナブックからは、radikoを経由してFM802が流れている。テレビを持っていない僕にとっては、FMラジオが貴重な情報源になっている。かつてはテレビを持っていたのだけれど、いつからかテレビを見ることがなくなり、結果的に――リサイクルショップで売ることにした。ちなみに、ゲーム機のモニタはディスカウントショップで買ったチューナーレステレビを使っているので、特に不便は感じていない。
 結局、今日は大した仕事もなく終業時間を迎えてしまった。その間に僕は何をしていたかというと――矢張り、ダイナブックで小説を書いていた。
 それから、僕は「やるべきこと」をやるためにバイクでポートアイランドへと向かった。カワサキグリ―ンのバイクが、僕の愛車だ。自動車免許こそ持っていないが、芦屋へ引っ越すにあたって二輪車免許は取得した。――結果的に、僕は「ニンジャ」という足を手に入れたことになる。
 ポートアイランドは、物々しい雰囲気に包まれていた。殺人事件が発生したから当然だろう。事件現場には、兵庫県警のパトカーが停まっていた。
 僕は、刑事の1人に声をかける。――正直、恥ずかしかった。
「あなたは、刑事さんで間違いないのか」
「そうですけど……。この事件の関係者なんですか?」
「いや、違う。ただ――ある人物から事件の解決を依頼されてしまった」
「依頼『されてしまった』ってことは、何らかの理由で無理矢理探偵役にされてしまったんですか?」
「まあ、そうなるな。――名前を聞かせてくれ」
「私は、兵庫県警捜査一課の浅井仁美(あさいひとみ)と言います」
 浅井仁美と名乗った刑事さんは、僕よりも少し若い見た目をしていた。およそ28歳ぐらいだろうか。スーツも相まって、ショートカットの黒髪が善く似合うと思っていた。それにしても――僕は「仁美」という名前になんとなくシンパシーを感じていた。多分、好きなアーティストの名前と同じだったからというのもあるのだが――なんというか、彼女からは不思議な雰囲気を感じた。
 浅井刑事は、僕を興味津々の目で見つめている。
「――どうかしたのか」
「す、すみません! 何でもありません! あなたのお名前も聞かせてください」
「そうだな。僕の名前は――卯月絢奈だ」
「絢奈ってことは――女性ですか。見た目からして男性だと思っていました」
「胸の膨らみで気付くべきだろう」
「あっ、ホントだ」
 僕は女子力が低いので、男っぽいファッションを好むことが多い。今着ている黒いライダースジャケットも、本来はメンズ用のモノである。そして、何よりも髪型がベリーショートなので――周りから男性だと間違われることが多い。しかし、胸の膨らみは僕の性別を女性だと認識させている。――低い声も相まって、気付く人間の方が少ないのだけれど。
 浅井刑事は話を続けた。
「それで、卯月さんに依頼を持ちかけてきた人間って一体誰なんですか?」
「これは――言うべきモノなのだろうか」
「私たち兵庫県警にも守秘義務がありますからね、言っても大丈夫ですよ」
「そうか。――実は、僕の友人で『週刊現代』の記者を務めている西本沙織という人物から事件の解決を依頼されたんだ」
「なるほど。週刊誌ですか」
「この殺人事件は――バックに新興宗教が絡んでいる。そして、『週刊現代』は――長年その新興宗教を追っていた。その最中に起きた事件だから、講談社も必死になっているんだ」
「新興宗教って――幸福研究会のことですよね?」
「その通りだ。ポートアイランドには、幸福研究会の宗教施設が多数点在しているからな。何より――今回の事件は、『パズズ』という悪魔が絡んでいるという噂だ」
「パズズって、あのパズズですよね? 『エクソシスト』っていう映画に出てきた悪魔」
「そうだ。あの映画でラスボスとして悪魔祓いに立ちはだかった悪魔が――今回の事件の犯人だそうだ」
「でも――そんなこと、あり得るんですかね。被疑者が悪魔とか――前代未聞ですよ」
「僕も半信半疑だったが――友人からの取材メモで、悪魔である可能性が高まってきた」
「その取材メモ、見せてもらえないでしょうか?」
「分かった。まあ――話半分で聞いてくれ」
 僕は、西本沙織から託されたUSBメモリをダイナブックに挿し込んだ。USBメモリの中には、件の殺人事件に関する彼女の取材メモが入っていた。一応、僕も事件の仔細をまとめていたが――矢張りプロファイリング力は現役のゴシップ記者に負けてしまう。ここは彼女の力を借りることにしよう。
「これ――すごいですね」
 ダイナブックの画面に映し出されたのは――100件以上に渡るファイルだった。これが、彼女の取材メモなのだろう。
「これは――最初から見るべきだな」
 こうして、僕は彼女から託された取材メモを1番から順番に閲覧することにした。
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  • Phase 01 女子シングル フリープログラム

  • 1
  • 2
  • 3
  • Phase 02 悪魔が来たりて人殺す

  • 4
  • 5
  • 6
  • Phase 03 非実在被疑者

  • 7
  • 8
  • 9
  • Phase 04 3人の被疑者

  • 10
  • 11
  • Phase 05 悲しみの果てに僕が見つけたモノ

  • 12
  • 13
  • 14
  • Final Phase 僕が生きている理由(ワケ)

  • Epilogue

登場人物紹介

卯月絢奈(うづきあやな)

主人公。売れない小説家見習い。女性だが一人称は「僕」。

メンヘラ気質でありすぐネガティブに物事を考えてしまう。

友達は少ないが西本沙織とは仲が良い。

西本沙織(にしもとさおり)

講談社で働くゴシップ記者。担当は『週刊現代』。

絢奈に対してある事件の解決を依頼したことにより物語が始まる。


文芸第三出版部への異動を希望している。

浅井仁美(あさいひとみ)

兵庫県警捜査一課の刑事。

絢奈とは事件現場で知り合う。


曰く「卯月さんは昔の友人に似ている」とのことだが……?

福城泰輔(ふくしろたいすけ)


幸福研究会の信者。何者かに刺殺される。

金子敦美(かねこあつみ)


「幸福研究会被害者の会」のメンバー。

紫村克彦(しむらかつひこ)


「幸福研究会被害者の会」のメンバー。

羽島慶太(はしまけいた)


フリージャーナリスト。幸福研究会の動向を追っているようだが……?

守時博章(もりときひろあき)


兵庫県警捜査一課の警部。仁美の上司。

大山流法(おおやまりゅうほう)


幸福研究会の教祖。

店長(てんちょう)


???

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