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文字数 2,575文字

 厨房には、誰もいなかった。なんだか不気味である。無機質に鳴り響く冷蔵庫のモーター音が、僕を不快にさせる。無数に並んだ冷蔵庫の中から、適当なモノのドアを開いた。――矢張り、冷蔵庫の中には食材しか入っていない。いくつか冷蔵庫を開けたり閉めたりしたが、それでも「アレ」は見当たらなかった。そんな、ミステリ小説みたいに隠している訳ではないのか。ならば――次の隠し場所を探すべきか。そう思ったときだった。1台だけ、冷凍庫の電源ランプが切れていた。一体――どういうことだ?
 僕は、その冷凍庫の後ろを見た。――電源コードが、ナイフのようなもので切断されていた。そして、ドアの鍵はかかっていた。他の冷蔵庫や冷凍庫は鍵がかかっていないのに、なぜこの冷凍庫だけ厳重に鍵をかけているのだろうか。僕は、冷凍庫の鍵を開けてもらうために――コック長を探すことにした。
 コック長は、宴会場に設置された捜査本部の中にいた。僕は、彼に対して話をした。
「君がコック長か」
「はい。確かに、私はこのホテルのコック長ですが、刑事でもない人間が何の用でしょうか?」
「――僕は、訳ありで事件の捜査を手伝っている者だ。冷凍庫の鍵は持っていないか?」
「持っていますが……一体どうされたんでしょうか?」
「実は、1つだけ鍵のかかった冷凍庫が見つかったんです。それで――コック長から鍵を貰いたいと思って声をかけたんです」
「そうでしたか。――これ、冷蔵庫と冷凍庫のマスターキーです。多分、これで鍵が開くと思いますよ」
「ありがとうございます」
 僕は、コック長からマスターキーを受け取った。後は――厨房へと戻るだけだ。
 厨房に戻って、僕は件の壊れた冷凍庫の前に立った。なんとなく、心臓の鼓動が高鳴る。
 鍵穴に、マスターキーを差し込む。ガチャリという音がした。――解錠されたのだ。そして、僕は重い扉を開いた。
 冷凍庫の中には――矢張り、高階秀樹だったモノが入っていた。もちろん、行方知れずの首の部分である。しかし、どうして首をこんな所に隠す必要があったのだろうか。僕はそれが疑問だった。
 疑問を抱えつつ、僕は浅井刑事と守時警部を厨房へと呼んだ。
「絢奈さん、一体どうしたんでしょうか?」
「浅井刑事、守時警部、見てほしいモノがある」
「見てほしいモノ?」
「多分、ショッキングなモノかもしれないけど――これが現実だ」
 僕は、改めて壊れた冷凍庫のドアを開けた。
「こ、これは……」
「卯月くん、これは一体……」
 2人は呆然としている。僕だって――呆然(ぼうぜん)としたいぐらいだ。
「これは、紛れもなく高階秀樹の『首』だ。宴会場には首無しの遺体が遺棄されていたが――首から上は、壊れた冷凍庫の中に入っていたんだ」
「でも、どうしてこんな所に?」
「他の冷蔵庫や冷凍庫は電源が入っていて、中には食材が入っていた。しかし――1台だけ壊れた冷凍庫があったんだ。当然、壊れているので――中身は空っぽのはずだ。被疑者は、意図的に冷凍庫を壊して――高階秀樹の首を保管したのだろう」
「でも、遺体が発見されたのは宴会中ですよね?」
「よく考えてみろ。宴会中ということは――既に調理は終わっていることになる」
「確かに、調理が終わった段階なら、厨房には誰もいないな。被疑者は、そこを狙って高階秀樹を殺害したのか。――卯月くん、そうなのか?」
「多分、そうだ。高階秀樹の殺害現場は――多分、この調理室だろう」
 僕は、殺害の手順を推測した上で――2人に説明した。
「まず、被疑者は高階秀樹を何らかのカタチで厨房へと呼び出した。そして、鈍器で彼を殴打した。当然、彼は意識を失っている。意識を失った所で、首を包丁で切断したんだ。切断した遺体のうち、首は冷凍庫の中に入れて、胴体は――ビュッフェで使うワゴンに乗せたんだ」
 僕の考えに対して、守時警部が反論する。
「そうは言うけど――卯月くん、事件が発生した時点で調理は全て終わっていたはずだ」
 僕は――すかさず守時警部の反論に答えた。
「調理が終わったとは言うが、1つだけ調理済みの料理がワゴンの上に乗っていた。それは――デザートだ」
「確かに、デザートを乗せたワゴンなら――遺体も一緒に運搬できますね」
「そして――首無し死体の発見場所は、デザートが置かれるべき場所の近くだ」
「あっ、確かに! 遺体は、デザートのワゴンの下に置かれていました」
「仁美さん、それは本当なのか」
「守時警部、本当です。――遺体には、僅かにクリームが付着していました。恐らく、ケーキに使用されているクリームで間違いないでしょう」
「これで――首無し死体のトリックは分かったな。あとは――犯人の絞り込みだ。しかし、被疑者は全員何らかのカタチで不在証明を持っている。果たして、誰が本当の犯人なのだろうか」
「絢奈さん、お手上げですか?」
「――いや、僕は諦めない。どっかのバスケ部じゃないけど、『諦めたらそこで試合終了』だからな」
「試合終了か……」
「守時警部、どうされたんでしょうか?」
「そういえば、最近――ビクトリア神戸の選手で宗教に関するスキャンダルを持っていた選手がいたのを思い出したんだ」
「それって、誰でしょうか?」
「名前は――金子篤志(かねこあつし)だ」
「金子篤志って、今年のリーグ得点王の金子篤志選手ですよね? 彼と幸福研究会に何の関係があるんでしょうか?」
「金子篤志には、姉がいる。そして、姉は――『幸福研究会被害者の会』のメンバーとして活動していた。名前は――金子敦美だ」
「金子敦美って、金子篤志の姉だったのか。僕、彼女と接触したことがある」
「それは本当か!」
「本当だ。――まさか、サッカー選手の姉とは思わなかったけど」
「これは――彼女に対する事情聴取が必要ですね。早速、聴取しますか?」
 しかし、物事がそんなに上手く行くとは思えない。
「守時警部! 浅井刑事! 大変です! 金子敦美が――事情聴取から逃亡しました!」
「逃亡先はどこなんだ!」
「ほ、ホテルの屋上です!」
「――分かった。僕が彼女を説得させる」
「それって、どういうことなんでしょうか?」
「多分、彼女は僕と話したがっているんだと思う」
「卯月くん、どういう理由なんだ」
「守時警部、浅井刑事、ごめん。これは――僕と彼女でしかじっくり話せないと思う」
「そうか。――仕方がないな」
 ――早く彼女を止めないと、拙い気がした。
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  • Phase 02 悪魔が来たりて人殺す

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  • Phase 03 非実在被疑者

  • 7
  • 8
  • 9
  • Phase 04 3人の被疑者

  • 10
  • 11
  • Phase 05 悲しみの果てに僕が見つけたモノ

  • 12
  • 13
  • 14
  • Final Phase 僕が生きている理由(ワケ)

  • Epilogue

登場人物紹介

卯月絢奈(うづきあやな)

主人公。売れない小説家見習い。女性だが一人称は「僕」。

メンヘラ気質でありすぐネガティブに物事を考えてしまう。

友達は少ないが西本沙織とは仲が良い。

西本沙織(にしもとさおり)

講談社で働くゴシップ記者。担当は『週刊現代』。

絢奈に対してある事件の解決を依頼したことにより物語が始まる。


文芸第三出版部への異動を希望している。

浅井仁美(あさいひとみ)

兵庫県警捜査一課の刑事。

絢奈とは事件現場で知り合う。


曰く「卯月さんは昔の友人に似ている」とのことだが……?

福城泰輔(ふくしろたいすけ)


幸福研究会の信者。何者かに刺殺される。

金子敦美(かねこあつみ)


「幸福研究会被害者の会」のメンバー。

紫村克彦(しむらかつひこ)


「幸福研究会被害者の会」のメンバー。

羽島慶太(はしまけいた)


フリージャーナリスト。幸福研究会の動向を追っているようだが……?

守時博章(もりときひろあき)


兵庫県警捜査一課の警部。仁美の上司。

大山流法(おおやまりゅうほう)


幸福研究会の教祖。

店長(てんちょう)


???

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